9/10 2:46
今回のコメント
・いや~、いいお風呂でした。(ホントに本当に要らない情報)
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僕は日記帳を持って家を走り出していた。外はすでに飴色を過ぎ、街頭さえぼちぼち点灯する時間。信じられないぐらいの速さで走った。徒歩で通える高校で良かったと感謝した。
何にこだわっていたんだ僕は。つまらないプライドや臆病風に吹かれて、辛いことから避けて。あの紙が本当なら僕は銀行強盗の件から何も変わっていなかった。『君、私に人殺しをさせたかったの?』自分の思いつきの我ままで、高月先輩の不安な気持を無視した。今だってあんなに不安で紙が溢れるぐらいに不安だったんじゃないか! 高月先輩だって女の子なんだ。
そして、最後に残された言葉は助けを求める声だった。
美国進にできて僕にできないこと。それは今、高月先輩を助けることだ。
構内に入ると部活帰りの生徒に逆行し、校舎へと飛び込む。新校舎を抜け、渡り廊下を走り、旧校舎の階段を駆け上がる。薄暗い四階をあの大仰な扉に向けて突き進む。
そういえばやったことないな。僕は滝川先輩のごとく、扉へとび蹴りを食らわせた。大きな音を立てて扉は開き、僕は部室へ転がり込んだ。
「もうっ、遅いんだから~」
片膝ついて起き上がろうとする僕の前には平光先生が立っていた。朝と同じ、赤系統の着物にメガネを光らせて、僕を見下ろす。すぐに起き上がり、平光先生の肩を掴んで引き寄せた。
「遅刻してすいません! ちょっと野犬に囲まれていました! 参加させてください!」
顔を近づける僕に先生は一切怯むことなく、おでこをつき合わせてきた。
「回答時間は少ないよ。それでもいい?」
「構いません」
「もう、逃げられないよ。今が最後のチャンスだよ」
「何のチャンスですか? 高月先輩を助けるチャンスですか!」
すると平光先輩は口許を歪ませて、質問を続けようとした。
「美国――」
「んなことはどうでもいいんですよ! 僕しかもう高月先輩達を救うことはできないんだ!」
僕の声が教室中に響く。平光先生が「うるさ~い、耳がキンキンする」と言って顔を反らした。僕は平光先生から手を離すと、土下座した。
「覚悟なんてとっくにできてます。あの文字を見た瞬間から。だからお願いします!」
頭上から平光先生のため息が聞こえた。
「ふう~。わかった、わかった。もう、若いとすぐ勢いで迫ってくるんだから」
僕がお礼を言おうと顔を上げた瞬間、周りが光りだした。思わず目を瞑り、顔を背けた。
光がなくなって、まず感じたのは焦げている臭い。それに熱さ。最後にガラスが割れる音とばちばちと何かがはじける音がする。ゆっくりと目を開けると、辺りは火の海だった。大きな柱が数メートル先に倒れていた。上を見れば煙がどんどん下へとおりてくる。僕は思わず屈んでしまう。どうやらここは火事の現場らしい。
「もしかして草弥か?」
背後から聞こえる声に振り返ると滝川先輩の姿があった。僕が駆け寄ると先輩は満面の笑みで腹パンをした。「ぐえっ」と声を出してしまう。カッコ悪い。助けに来たのに。
「来るのが遅いんだよ」
滝川先輩の頬や手はすすで汚れていた。それだけで事態の深刻さが伝わった。だが、滝川先輩は意外に元気そうなので安心した。僕は辺りを見回して高月先輩の姿を探す。
「柱の向こうに亜也はいる。柱が倒れてきたからってアイツ、私を突き飛ばしたんだ」
滝川先輩は倒れている柱を指した。柱の向こう側は煙でよく見えない。灰色と赤で構成された眺めだった。
「最悪だ。よりにもよって七十六期生、不幸の大魔王こと野須虎男の日記から出題されるとは」
滝川先輩は独り言のように呟く。野須虎男の不幸エピソードの中でもA級の日記。校舎の火事に巻き込まれた話らしい。しかも、今の新校舎が建て替えられることになったきっかけ。それがこの輪転高校の火災だった。
「説明している暇はない、早く行ってやってくれ頼む!」
「言われなくても行きますよ。もう逃げません」
散々説明しておいて滝川先輩は僕を急かした。僕は助走をつけると一気に柱を超えて煙の中へ飛び込んだ。
煙が僕を包む。僕は腕を口許に当てて、屈んだまま小走りで進む。数メートル煙をぬけると、防煙壁のお陰か小さな煙が届いていないスペースができていた。僕が煙のない場所目がけて進むと、人影があらわれた。長い髪が特徴的な女性、高月先輩の姿だった。
次の更新は1~2時間後。




