9/8 23:06
今回のコメント
・恒例のやつ
今日はくりーむしちゅ~っ!
カレー気分じゃなかったから、ガッカリじゃないよ!
あと、ゴーやチャンプル、キムチ風味。
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僕はしゃがんだまま、しばらく動けなかった。地面に落ちた日記を何を思うでもなく見つめる。なぜこんな事になってしまったのだろう。単なる誤解だと思うのだけど。
今から追いかければなんとかなる、そう思うけど身体が動かなかった。それだけショックなのだったと分かる。手を見つめると小刻みに震えていた。ノートに雨粒が落ちる。最悪だ。
「あ~あ、折角の日記帳を落としちゃって~」
ノートに僕とは別の手が伸びる。正面からの声に一瞬期待して顔を上げた。
「あっははは。草っち、泣いてやんの」
日記を拾ってくれたのは、平光先生だった。
僕の視界はぼやけているけど、平光先生だとわかったのは、赤を基調にした着物だったからだ。いつの間にか僕は泣いていたのだ。情けない。先輩に冷たくされただけで泣いてしまうとは。すぐに手で目を拭った。平光先生は拾った僕の日記をぱらぱらと捲りながら、僕に話しかける。
「ひどい子達だね。草っちが仲直りしようと思ったのにぃ~、誤解したまま去っていくなんてぇ~」
「先生、なぜ知って……」
平光先生は少し俯きながら眼鏡の隙間から、僕を覗く。
「だって、土下座してたユーミンに何度も『もういい』って言いかけてたでしょ?」
見てたのか。なんだか僕は恥ずかしくなって、視線を外してしまう。ちなみにユーミンとは滝川先輩のことである。
「亜也っぺはね~、アレで純粋真っ直ぐちゃんだからね~。すぐ誤解しちゃう」
「先生……だったらなんで止めてくれなかったんですか!」
「え~。だって面倒くさいんだもん」
「教師の発言ですか!」
僕はさっきまでの悲しさがどこかへ飛んでいってしまった。「その意気、その意気」と言って日記を読みながら、平光先生はからからと笑う。
「それに」
一言。言い終わると先生は、にやりと口を僅かに開いた。
「試験中に答えを教える先生なんていないっしょ」
言い表せない気味の悪さが僕を貫いた。眼鏡越しの平光先生の視線が、獲物を狩る動物のようだったのだ。思わず一歩下がってしまったが、平光先生はすぐににっこりとした笑顔に戻った。さらに口を尖らせて文句を言う。
「それにしても、草っち。男の子が簡単に泣いちゃだめだよ~」
「うっ……」
「皆様ご執心の美国進はそんなことでは……」
すると日記から目を離し、先生は一瞬上を向く。僕もつられて上を向いたけど、空には雲がいくつかあるだけで他は何もない秋晴れの天気だ。僕が視線を戻すと、先生はけらけらと笑っていた。
「あぁ、泣いてた泣いてた。アイツ、すぐ泣くんだよ~。ホント、草っちに似て……あっ。これは言っちゃいけないのか」
何十年も前から学園にいるという先生。見た目は二十代後半にしか見えないのだけれど、高校の歴史を知っている生き証人だった。高月先輩や滝川先輩から教えてもらえないのなら、先生に聞くしかない。
「そんなに似てたんですか? 以前、高月先輩にも日記の書き方が似てると言われましたが……」
「ふうん。亜也っぺがね。」
先生は口元に手をあてて、考える仕草をする。眼鏡越しの細めた瞳が僕を射抜く。
「で、ぶっちゃけ美国進に嫉妬してるの?」
「え?」僕は返事ができないまま言葉に詰まってしまった。顔を傾けながら、先生は僕に近づいた。
「図星リアンハスキーかね?」
シベリアンが図星リアンって無理あるだろ。と思いつつも言い返すことができなかった。先生は僕の顔をずっと見つめてくる。しかし、だんだん先生の頬が膨らみ、耐え切れなくなったのか、また大笑いを始める。袖を振ってじたばたする先生に僕は次第に腹が立ってきた。
「笑いすぎでしょ、先生」
「だって、よく考えたら変だもん! あははは、草っちが美国進に~って! それなんの天に唾?」
はいはい。どうせ美国進に嫉妬して自滅しましたよ。僕は歯を食いしばって横を向いた。平光先輩は笑うのを止めて、声のトーンを落として僕に告げる。
「草っちが日記部にいてもいなくても今日は中間テストだからね」
俯いていたせいでさがった眼鏡を人差し指で上げると、僕に日記を差し出した。
「はい。草っちの日記面白かったよ。ホント小学生の日記だね~」
僕は何も言えずに日記を受け取る。今日が中間テスト。急に現実に戻された気がした。
「じゃ~ね~」と背を向ける先生。僕は焦りを感じて、平光先生に話しかける。
「教えてくださいよ。日記部の部活動って一体……高月先輩と滝川先輩はな――」
「教えられませ~ん。言ったでしょ? 試験中に答えを教える教師はいないって」
平光先生は僕の言葉を遮るように、話をかぶせる。先生は振り返らずに話を継いだ。
「それに草っちはまだ部外者だからね。厳密にはユーミンも部外者だけど。でも、草っちがあるいは……ううん。まだ先の話だね。まずは亜也っぺの番だから」
手を振りながら「ばいば~い」と去っていく先生を僕は見送った。そして僕は一人になった。