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8/30 7:31

今回のコメント


や、やばい。時間が無い!

もう少し早く起きるべきだった!(今頃遅い)



*************************************


「んじゃあ、小テスト開始~!」


 平光先生が宣言すると、ハードカバーの日記は光を放つ。

 僕は目を瞑り、腕で光を遮った。目を閉じても伝わってくる光は数秒続き、やがて輝きは収まっていった。

 目をゆっくりと開けて辺りをうかがう。目の前には高月先輩、隣には滝川先輩。よし、何も変わっていないな……周りの風景以外は。


 セミが鳴いている。まだ九月の初旬だから不思議じゃない。でも、さっきまで部室だった場所が山の中に変わっているのは変だろう。

 色んな針葉樹林が映えてますよ。うわ~幹の部部には殆ど葉がないや。みんな太陽を求めて先のほうに生えてるんだね。勉強になるね……なるかいっ!

 とにかくだ。今は状況確認をするべきだ。意味がわからないし、驚いてばっかりの人生なんてゴメンだ。


「滝川先輩これは一体どういうことですか?」

「部活動だよ」

 「でも、平光先生は小テストって」

「あれは気にするな。亜也だけに言ってるだけだから」


 滝川先輩が眉間にしわを寄せて、口許をひきつらせている。僕からでも余裕が無いのがうかがえた。

 高月先輩は僕と滝川先輩に構わず、辺りを探索している。現状に戸惑うことなく慣れた行動のようだ。僕は再び滝川先輩に質問する。


「ここ部室ですよね?」

「さっきまでは。でも今は昭和二十八年の山中だがな」

「……本気言ってます?」


 僕の言葉に滝川先輩が無言で頷く。つられて僕も無言で首を振った。

 あるはずがない。さっきまで部室だった場所が山中に変わるなんて、そんなこと……。

 あった。思い出したくもない記憶が蘇る。

 夏休み、日記部のイベントでのプール。プールだった場所が海に変わり、プールだった場所にサメがたむろし、プールだった場所が底なしになった。あの時と同じだ!

 僕は過去の体験と合致した事実に驚くと共に絶望的な気持になった。これは現実だ。


「夕実、ちょっと来て」


 高月先輩が滝川先輩を手招きする。二人は一本の樹木の幹に注目しているようだ。


「何かで削った跡がある」

「やっぱりこれは縄張りと考えて間違いなさそうだな」

「やっぱり八月二十五日の日記だから……」


 二人から少し離れて、僕はなす術もなく立っていた。まるでアルバイト初日で次やることがわからずオロオロする新人の気分だ。

 実際、入部して一時間も経っていないのだけれど。とにかく、ここは僕なりに状況を理解するしかない。まずは周りを見渡して状況把握だ。樹木に集まってる二人から視線を外し、僕は後ろを振り向いた。

 ――おお、神様。

 と心の中で呟いてしまうほど、最悪な状況が僕に訪れようとしていた。

 数メートル先に毛むくじゃらの動物がいた。それは人形だと、とても可愛く表現され、子供にも人気がある。だけど実際には人より大きいし、人を襲うこともある肉食動物だ。

 やはりみなさんご存知のクマだ。四つんばいで歩いている姿だけで、僕より大きいだろう。背中に虫が這うように悪寒が走りぬけ、足が震えてきた。僕の喉は一気にカラカラになる。上手く声がでない。


「せせせせせ、先輩」


 声は届かず、二人は無視した。クマはつぶらな瞳でこちらを観察している。僕は震える足を無理やり動かし、ゆっくりと後退した。僕に合わせてクマは前進を始める。これは完全にロックオンされてるっ! 心臓の鼓動は早くなり、口元の震えを止められない。やがて数歩下がると、滝川先輩にぶつかった。先輩は面倒くさそうに応えた。


「なんだよ。ぶつかって来る――」

「クマ―――――ッ!」


 僕は力の限りの声を上げる。すると今まででなかった声が加減を忘れ、音量最大で辺りに響き渡った。


「ええっ!?」

「どうした?」


 僕の声に反応したのは先輩二人だけではなかった。一定の距離を保っていたクマが驚いたのか、低くお腹に響くような咆哮を上げ、立ち上がった。僕はただ見上げて、ゆっくりと先輩二人へと振り向く。

 瞳を大きく開けて驚く滝川先輩と口を一文字にして睨みつける高月先輩の姿が目に入った。瞬間的に僕は叫んでいた。


「クマ――――ッ!」

「見たらわかる!」

「だって、クマ――――ッ!」

「うるさいっ! とにかく逃げろ!」


 走りだす滝川先輩。まったく反応できない僕。壊れた人形みたいに「クマ―――ッ!」としか言えなくなってしまう。立ち上がったクマはゆっくりもとの体勢に戻ると、僕達を見定めて歩みだした。こ、殺されるっ! 僕は腰が抜けそうになった。


「行くよ」


 短く耳に残るやや低めの声。次に僕の腕を誰かが掴む。この感覚は、イベントの日のプール以来。つかまれた腕は導くように引っ張られた。僕は瞬間的に走り出していた。細くて白い指が僕の腕を掴んでいた。長く黒い髪の毛がふわりと舞う。


「大丈夫だから」


 魔法の言葉が僕を正気に戻らせる。僕を導いてくれた人、それは高月先輩だった。




今回はここまで。

それでは会社に行ってきま~す!

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