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『きらきら、きら』(コトダマ版)⑫

12


 しばらくして、レッスン場の外から賑やかな声が聞こえてきた。私はベルルを被ったまま隅に座ったまま動けない。声がどんどん近づいてくる。早くしないと。明るく振舞わないと。


「おーす、今日も二人でイチャイチャ特訓して……あれ? 一人?」

「やっぱり恥かしくて~帰っちゃったんですかね~」

「一人で被り物と鹿せん持って特訓ですか、まるっきり変態ですね」


 私はなんとか、鹿せん持っておどけたボーズをして待ち構えることができた。お陰で何も悟られなかったと思う。私はお帰りなさいと言う変わりにお辞儀をした。


 眉間に皺を寄せた紗江子が私に近づいてくる。ば、ばれた?


「どうしたんですか? ……なるほど。パントマイムの特訓も兼ねてるわけですね」


 私は大げさに頷いた。すると紗江子は「お~」と感心している。


「長峰さんはやっぱり恥かしくて帰っちゃったの~」


 ヒミコさんの言うことに私はまたもや大げさに頷いた。二人が小さく拍手をして私を見ている。誤魔化すことには成功したみたい。少しほっとしたところで、誰かに手首を捕まれる感覚がした。


「ちょっと来い」


 横を見ると怖い顔をした社長がいて、私を引っ張っていた。ヒミコさんと紗江子を置いて社長と私はレッスン場の外に出た。


「ばーか」


 外に出て開口一番、社長は言った。私は言い返せないまま俯く。


「何があったかちゃんと話せ。誤魔化せると思うなよ」


 社長は近づいて顎ヒモを引っ張った。私は抵抗しようとしたけど、その元気もなかった。両手で被り物が外されて、私の素顔は外に晒された。


 こっちを見てポケットからハンカチを取り出して、私に突き出す。ハンカチからは暖かい光が零れ落ちていた。


「泣くな。お前のせいじゃない」


 ハンカチを受け取った次の瞬間、私は社長の腕にしがみついた。最初は声を我慢しながら少しずつ感情をこぼした。


「お前は本当に馬鹿。こんな時ぐらい我慢なんてするな」


 私を包み込むように社長の手が髪を優しくぽんと叩いた。暖かいきらきらした光が私を包む。とても優しくて心に解けていく。我慢していた気持ちが一気に噴出して、私は声を上げて泣いてしまった。


 他人の前でココまで泣いてしまったのは初めてかもしれない。小さな子供みたいに泣いた。大粒の涙が零れ落ちた。


 しばらく泣いた後、私はぽつりぽつりといきさつを話すことにした。社長は茶化すことなく何度も頷いて聞いてくれた。


「なるほどな。原因は俺ってワケだな。申し訳ない」


 社長がまともに頭を下げたところを初めて見た。同時にもう見たくないないと思った。「ヒミコは全部を説明する事はできないよ。だってアイツも事件に関係あるんだから」

 頭をかいて「うーん」と言った後、社長は真実を教えてくれた。



 最初はヒミコさんが教えてくれた内容と同じ。


 長峰さんが自ら発掘した女性アイドルのマネージャーをしていた。そしてそのアイドルと恋にい落ちた。いや、正確には落ちていたのだった。長峰さんと女性アイドルは幼馴染だったという。女性アイドルは長峰さんに好意を持っていて、プラトニックながらも付き合い始めた。

 だけどこの時まだ彼女はアイドルではなかった。その後、長峰さんと同じ世界で働きたくてアイドルのオーディションに参加してみごと合格した。


 それがアイドルグループANGだった。元々華のあった彼女は瞬く間に、グループのトップに上りつめようとした。


 そんな時、彼女のスキャンダルが発覚する。長峰さんとの交際報道だ。雑誌掲載直前で気づいた事務所側は写真を買い取り、長峰さんと彼女を呼んで別れるように言った。


 事務所に呼び出される寸前まで、彼女は芸能界を引退して長峰さんと一緒になると約束してた。長峰さんは何度も説得したけど彼女の意思は固かった。最後に長峰さんも決断し、二人で事務所へ向う。


 だけど、事務所の人たちを前にした途端、彼女は長峰さんを罵りだし、彼に騙されたと嘘を言ったのだという。自己保身丸出しの言葉に長峰さんは深く傷付いた。彼からすればアイドル生活と自分を秤にかけて、踏み台にされた気持ちだった。彼女は現在、ANGでエースとして活躍している。


 この一件で長峰さんは前の事務所をクビになった。


 そしてスクープ記事と引き換えに当時ANGのトップクラスに存在し、腰を悪くして休養するか悩んでいたヒミコさんを強引に引退させた。引退公演を大々的に記事にすることで身代わりにしたというのが真相だった。



 長峰さんは安易に引き裂かれたわけじゃなく、裏切りにあって人に対して不信感を抱いているのだった。


 よく事情の知らない私は安易に長峰さん心へ土足で踏み込んだのかもしれなかった。


「もともとあの二人のリハビリのためにこの『鈴なりプロジェクト』を発足させたんだ。だから、元をたどれば俺の責任だ。本当すまん」

「それはちょっと違うよ~」


 社長と二人で話しこんでいたせいでヒミコさんと紗江子が立っていることに気がつかなかった。紗江子は事実を知ってショックを受けたのか少し離れた場所で口元に手を当てて黙っている。ヒミコさんは私たちの前まで近づいてきた。


「社長はね、はじき出された私たちを忘れてなかった。自分で会社を立ち上げて拾ってくれたの。『今度俺がアイドルを始めるから。色々な事情に翻弄されない本当のアイドルを一緒に作ろう』って言ってくれたの。事件から数年は経ってたけど、忘れていない人がいてビックリしたと同時に嬉しかった。きっとそれは長峰さんも同じだと思う」


 もう一度やり直そうと集まってきた人たち。紗江子のような夢を追いかけて集まった人。私のみたいに成り行きでここにいる人。皆色々な事情で集まっていた。


 それだけでも十分奇跡なんだろうけど、私は何とかして一つになりたかった。とはいえ、自分にできることは何もなかった。


「私、明日謝ります。皆さん、ご迷惑をかけてすいませんでした」


 するとヒミコさんが私の肩に手を置いた。


「事情を知らなかったんだからしかたないよ。私こそ大事なところを黙っててごめんね」

「いや社長として情報管理ができていなくてすまん」


 すると「ちょっと待ってください」と紗江子も近づいてきた。


「何も知らなかった私にも謝らせてください。無関心でごめんなさい」


 皆で謝って変なの。脱力系の笑いが起きた後、あらためて社長が咳払いをした。


「でも、十七歳の女の子を置いていくのは、大人の男のすることじゃないな。とりあえず明日話をするよ」


 この一言で長峰さんのことは、とりあえず社長に一任することになった。


 次の日、私は一日何も手につかなかった。正直レッスン場に行くのもためらわれる。夕暮れのオレンジ色の駅前を抜けてスタジオに行くのが楽しみだったのに。今日はその色でさえも私を慰めてくれることはなかった。


 意味もなく寄り道をしたりしてみたけど、結局到着してしまった。建屋に入り、緊張しながらレッスン場のドアを開けると社長とヒミコさん、紗江子はすでに集まっていた。


 私を見た途端、皆が表情を険しくする。きっと良くないことが起こったことは容易に察することができた。あとは程度の問題になる。


 だけど、状況は最悪だった。長峰さんは事務所を辞めると社長に連絡してきたのと言う話だった。いい大人が十七歳の私に傷ついて辞めるなんておかしいと皆は慰めてくれたけど、きっとそれだけまだ引きずっていたんだと思う。


『でも、大人気なくなるぐらい本気だったんだ』


 長峰さんはあの時そう言った。私は長峰さんが取り乱したこともショックだったけど、昔の恋を今も引っ張っていることも同時にショックだった。


 だけど事務所を辞めると言った現在、私からは何も言う事はできない。せめて一言謝りたいと社長に電話番号や住所も聞いたんだけど、すでに引き払った後だったらしい。


「きっと前から悩んでいたんだね……」


 ヒミコさんはいつもの口調を忘れて、重い言葉遣いになっていた。好きな人に裏切られるってやっぱり悲しいことなんだな……まだ私には分からない。だけど好きな人がいなくなる寂しさは分かった。それは今起こっている現実だからだった。


 私は俯くしかなかった。何も力が入らない。気持ちがこんなにも抜け落ちることってあるんだね。


 悲しくて泣きそうになった時、社長は手を一回叩いた。


「まだ希望は残されている」


 皆が顔をあげ、社長に注目する。


「電話には出ないが、携帯電話は解約していないようだ。だから今週末の初ライブにはせめて来て欲しいとメールした」

「じゃあ、その時に引き止めれば……」


 私の言葉に社長は首を振った。


「簡単にはいかないと思う。だが、これで長峰と最後だとしても、彼に最高のパフォーマンスを魅せるんだ」

「そうだね~、私たちにはそれしかできないから」

「私達はアイドルですから」

「そうだ。やるしかないんだ」


 ちょっと皆で盛り上がらないで。私は叫びたかった。でももう口を挟む雰囲気ではなかった。


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