『きらきら、きら』(コトダマ版)⑨
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私はいつものように放課後、ダンスレッスンのためにいつものスタジオにいる。普段は週二回程度の練習が、ライブ前なので連日あるのだ。
とはいえ、他の二人は新曲を歌うために社長と一緒に別の場所へ行っているのだ。だから、今は私と……長峰さんしかいない。
私が音楽に合わせて振り付けを確認する中、じっとこっちを見ている。今は私だけが彼の視線を独り占めしていた……とか思うと照れるな。
昨日の弁天山公園のステージで分かったことが色々あった。まずは視界がハッキリしないので、感覚で踊らなくてはいけないこと。これはヒミコさんに教わったやり方で対応できると思ってた。
だけど視界の問題はどうにもならない。練習では手足が簡単に見えるので振りを確認しやすいのだ。ここは決断しなければいけない。長峰さんがいるのに……
私はスタジオ隅においてあった、ダンボールの被り物を手に取る。四角い頭に、ファンシーな女の子の顔が書かれてある。その名もベルル。今日から練習時からベルルになるっ! 私はゆっくりとベルルを被った。
「若葉ちゃん、頑張れ」
長峰さんの声が聞こえたけど、恥ずかしかったので聞こえない振りをした。
いざ被って踊ってみると色々改良点が出てきた。ハッキリ言って粗末な作りなので、頭がくるくる回るのだ。中で固定できるように紐でしばるとかの改良が必要になる。私がテープやハサミを頼むと長峰さんは買出しに行ってくれた。
なんだかんだ言って私はベルルに向き合おうとしていた。自分でもこの変化に驚いているけど、ヒミコさんの気持ちを知ってちょっとでも頑張ろうって思えたんだ。長峰さんがもってきた工作用具でベルル(頭)に改良を加える。中に紐を通してアゴ紐で固定する方法を取った。
「確かにこれだと視界がぶれ難いな」
「今までのような失敗はしたくないですからね~」
長峰さんは私が作業をしている姿をじっと見つめてる。手伝わなくていいと言ったのは私だけど、なんか緊張する。だんだん耐え切れなくなった私は照れ笑いした。
「長峰さん、私に構わず、好きなことしてていいですよ」
「好きなことか……もうしてるよ」
長峰さんの答えに私の動きが止まる。ゆっくりとした動作で眼鏡を上げた。顔を上げると瞳を細めて長峰さんの口元は笑顔だった。
「大切な女の子の成長を見守ることだよ」
大きな胸の鼓動が一回。頭を揺さぶるほどだった。意識が吹っ飛びそうだった。どどど、どうしよう、なんて答えたら良いの? 胸の鼓動が鳴り止まない。きっと私顔真っ赤だ。バレてないよね。でもちょっとバレてもいいかなって思うけど。
「ヒミコ、高見、そして若葉。皆大切な女の子だよ。私はマネージャーだからね」
「あっ……あ~そうか、ですよね!」
言わなくて良かった~。へんな形で告白するところだった。……でも。ちょっとぐらいなら伝えてもいいよね。私は紐をぎゅっと握った。勇気出せ。私、勇気出せ。
「私も長峰さんの大切に思ってますよ」
言ってしまった。口に出した言葉はもう戻らないよね。私は俯きながらも長峰さんを盗み見た。喜んでいるのか、怒ったか、どっちだろうと期待してたけど……その表情は無表情に近かった。数秒後、長峰さんは笑顔になって答えてくれた。
「ありがとう。ベルルにそう言われると嬉しいね」
交わされた気がする。けど、無表情よりましか。こんなやり取りだけで上手くいくはずないもんね。……だけど、きっと私は自分の家に帰ったら部屋の中で布団被って「恥ずかしい!」叫ぶに違いない。
「ところで、若葉。頭を固定するのは良いけど、鹿ママに蹴られた時はどうするんだ? この前は固定しなかったから回転しただけ済んだけど、大丈夫なのか」
「確かにそうですね。鹿ママの位置も計算して蹴られないようにしないと」
「鹿せんも上手く活用しないとな……」
ここまで言ったところで私達は黙ってしまった。どちらかが言えば済む問題なのだろうけど、言えずにいた。と、なると自然に年上が提案する形になるわけで……
「若葉。いいか、良く聞いてくれ。ライブ現場を再現するために今から、まずは鹿せんをもって振り付けをすること」
私は黙って頷いた。きっと長峰さんも同じことを考えている。でも、実現するのだろうか?
「さすがに鹿ママをここに連れてくるわけには行かないので……」
まさか嘘でしょ? ……かなり期待をしてしまう。長峰さんは眼鏡を上げる振りして、手で顔を隠した。
「……私が鹿ママの役を引き受ける」
かくして私の腰に巻かれた紐をたどると長峰さんが立っていた。
「本当にいいんですか?」
「ああ。これも練習のうちだ。やってくれ」
私は新生ベルルを被ってダンスを踊りだした。視界は相変わらずだけど、ある程度固定されているお陰で踊りやすい。腰紐がたまに引っ張られる感覚がして、紐をたどると長峰さんが四つんばいになって紐を引っ張っていた。
長峰さんがここまでしてくれている! しかも顔を背けて恥ずかしがりながらも懸命に鹿ママを演じてくれている! 私は答えなくちゃいけない。鹿せんをひらひらさせると、腰紐が緩くなって体が動かしやすくなった。
長峰さん、ありがとう! 今、私達は一体になっているような感覚だよ。共同作業……なんだか幸せ。
曲が終わり最後の決めポーズを取った時、レッスン上の扉が開いた。
「ボイストレーニング終わりま……」
紗江子の声が途切れた。続いてヒミコさんの声がレッスン上に響く。
「あれ~。お二人でもう特訓……鹿特訓ですか~」
私は動くことができない。きっと長峰さんも同じ気持ちだろう。私は被り物をして決めポーズ。長峰さんは鹿せんに釣られて四つんばいのポーズ。弁解のしようがなかった。
そして一番来て欲しくない人の声が聞こえた。
「おい、若葉、ちゃんと練習を……なにやってるんだお前達……鹿飼いプレイ?」
「違うっ!」
私と長峰さんは同時にツッコんだ。
直後、私達はお互いを見つめてしまった。秒数にすればほんの少しだったと思うけど、見つめた瞳が離れがたく、なんとなく後を引く感じだった。
とはいえ、私は被り物をしたままだったけど。だからきっと私にしか分からなかったと思う。そして誰にも悟られたくないので、私は被り物をつけたまましゃがんだ。
「今片付けます」
私はヒモを片付け始めた。
「いや、そのまま練習だ。そして今日は俺の勝利記念日とする」
社長は私と長峰さんは見渡して、うんうんと頷いた。
「ちょっと、私は社長の言うとおりにしたんじゃなくて自分の意思で――」
「そうかそうか、自分の意思で被り物を……自分からねぇ」
しまった。まんまと乗せられた。社長は文句をいう私の頭を抑えると、長峰さんに声をかけた。
「長峰もよかったな」
「……なにがだ?」
「ふふん、照れちゃって。お前もやっぱり根はマネージャーだな――」
「すまん。今日はこれで失礼する」
いつもなら余裕を持って受け流すはずなのに、今日に限っては社長の話を遮ってスタジオを出て行った。長峰さんが機嫌を損ねた? ドアを見つめる社長に抗議した。
「ほら、長峰さんも怒っちゃったじゃない!」
「……そうだな。あともう少しな気がするんだけどな」
「もう長峰さんが帰ったから、私も帰ります」
「待てい。お前は練習だろうが。ほら、俺が鹿ママ役やってやるぞ」
「お断り……アンタなんかに任せた――わわわっ!」
しまった。腰紐つけたまんまだった! 社長は片足を上げ飛び上がる。反動で私は腰から引っ張られ軽くくの字の曲がった。
「荒ぶる鹿ママの舞!」
「鹿ママは踊りません!」
私は腰紐を握って引っ張った。すると社長は空中からバランスを崩し、尻餅をついた。
「や、やるじゃねえか……」
「いや、その……勢いです」
「鹿ママ怒った! ヒヒーン!」
「馬じゃねえよ、鹿だろ!」
その夜私と社長のケンカのような練習は続いた。