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『きらきら、きら』(コトダマ版)⑧


 のどかな日常にもサスペンスは眠っている。不意に嫌な事が起きたり、その反対もあったりする。だけど今日みたいな暖かい陽気では何も起こって欲しくないものだ。


 こんな時でもケーブルテレビの収録はある。いつもの弁天山公園でオープニングを披露する。今のところの唯一のオリジナル曲「いくぜっ! まるっと鈴なりスズカ大行進!」が会場に流れると、私達は颯爽と登場する。


「さぁ、今日も行くよっ!」


 ヒミコさんが会場に語りかける。ちなみにマイクを持つとヒミコさんは喋り方を変える。立ち位置はいつもどおり。だけど少し違うのは、鹿ママを繋いでいる紐が私の体についていることだ。


 私には体を回転させたり、腰をひねる振り付けが少ないけど、踊ることを許可されたのだ。登場した時、いつものお客さんたちが待ち構えていた。だけど私の姿をみて一瞬、戸惑ったようだ。


 さすがにダンススタジオと会場は勝手が違う。人が見ている分、頭が真っ白になりかけた。だけど、ヒミコさんが一瞬だけ私に振り返ってウインクしてくれる。そうか。ヒミコさんが前にいるスタジオの時を思い出そう。そしたら少し意識がハッキリした。


 さらに横を向いたら、舞台袖で同じように腕組みしてじっと私を見つめてくれる長峰さんの姿があった。社長は余計だけど、まぁ気にしない。なんだか踊れそうな気がする。私は体の覚えているままに動かした。


 するとどうだろう、体が自然に動く。私、なんだか凄いよ。相変わらず前の二人の光の放ち具合がきらきらと凄いけど。でも、いいんだ。なんとなく一員となってるし。


 すこしだけ「鈴なりディアーV」が変化した姿。アイドルらしくなったすが――うぐっ!


「あーっ、また鹿ママが逃げたぞ!」


 わわわわっ、体ごと持っていかれる~っ! 私はくの字に体が曲がり、少しだけ引きづられた。盛大な音を立てて、いつものように倒れてしまった……


 顔をステージで打ち付けつつも、ダンボールがあったお陰でダメージは少ない。こんな時でもやっぱり表情は笑顔だった。っていうか表情が変化したら怖いしね。だけど悔しいっ! 私は足をジタバタさせた。


「やっぱりいつものベルルだった~!」


 お客さんの声が聞こえる。ねぇ、また倒れてて良い? 舞台袖を見ると、腕組みしてじっと私を見つめる長峰さんと大爆笑する社長の姿が見えた。また顔に衝撃が走る。鹿ママ、かじってるでしょ絶対。


 あんなことがあったのに私たちは収録が終わった後、お客さんの前に出なければならなかった。ライブの告知をするためだ。いつのまにかミニ握手会のようになっていた。


 ヒミコさんの前には長蛇の列ができていた。紗江子の前にもそれなりの列ができている。この一ヶ月での成果が現れている気がした。ちなみに私の前にも人はいる。


 こんな私なのにありがたいなと思うけど、並んでいるのが、酔っ払いのオッサン、いたずらをするクソガキ、犬、とか……まともな奴はいないのか! と思ったけど、話をすることはNGなので、体を動かすことでなんとか対応した。ってうか対応と言っても酔っ払いのオッサンとクソガキへのチョップぐらいだけど……これってアイドルなの?



「だから言ったろ、鹿せんは大切だって!」


 いつものたこ焼き屋で社長は勝ち誇ったように私に言う。


「うるさいなぁ、だいだい鹿ママを舞台に上げること自体が間違いじゃないの?」

「お前は勘違いしているぞ」

「へ?」


 割り箸を私向けて社長は高らかに宣言した。


「鹿ママがあくまでも主役だ。鹿ママを出さないんだったら、お前も出番なしなんだよ」

「聞きたくない、そんな真実!」

「明日から鹿ママ様と呼ぶんだ」

「嫌だ、呼ばない!」

「……反抗期か。鹿ママもさぞかし困るだろうな」

「人事みたいに言うな、この反抗期の元凶が!」


 コイツはまたとび蹴りを食らわせたい衝動に駆られたわ。

 私が黒い感情に覆われていた時、背後から声がかかった。


「はい、お待ちどうさま」

「あれ? 柳君、こんなメニュー頼んでないよ」


 たこ焼き屋を営む奥戸三兄弟の末っ子柳君。高校でもトップクラスのイケメンで、魅惑の眼鏡クールとかいう名前が密かに女子の間では行き渡っている。


「サービスだよ、いつもご贔屓にしてくれている御礼」

「ありがとう!」

「いや、金は俺が出しているんだが」


 無粋な社長は無視することにした。お礼を言ったものの柳君は動こうとしない。


「どうしたの?」

「いや、”馬鹿兄貴”こと真と千尋ちゃんがいつも陽ちゃんの相手をしているから、たまには出てこないと思って……じゃあ行くね」


 よく分からないけど、柳君はお店に帰っていった。

 柳君がいなくなった後、社長は咳払いをして皆の注目を集めた。


「来週がいよいよライブだ。気を引き締めて行こう。ちなみに場所は鈴鹿ボイルドエッグ。オリジナル曲を三曲。カバーを二曲の予定だ」

「あのオリジナル曲の二曲はまだもらっていないのですが……」

「それだけどな。この前もらって来た。メールでもらっていたのだけれど直接言いたいことがあって行ってきて、今日修正版が届いた」


 すると紗江子は驚いた表情を見せた。


「じゃあ、とび蹴りされたから、休んだわけじゃなかったんですね」

「その精神的ショックもある」


 すると全員が私を見た。途端にいたたまれない気持ちになる。


「こ、こっち見ないでよ……」


 こうして初ライブまで一週間を切ったのでした。


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