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『きらきら、きら』(コトダマ版)⑦


 春も深まってくると、葉の色も勢いがまし、まわりの景色が緑に覆われてくる。成長の勢いそのままに。私もダンスが少し楽しくなって、少しウキウキした気分だった。初めて向上した気持ちだったから。伸び盛っているのかな? もう花が散った後じゃないことを祈る。


「さぁ~、今日も、練習張り切っていこうか~」


 今日も社長がいないので、さすがにとび蹴りショックとは別の用事で不在だということは分かった。というわけで、ヒミコさんが今日も教えてくれることになった。


 昨日と同じように流れで練習をしてた。失敗を気にせず、大まかな流れで踊ると正直楽しい。まず怒られない。社長と口論にならない。社長と……って社長はどうでもいいや。なにより長峰さんを感じて踊れることが楽しい。


 青いフレームの眼鏡が今日も似合っていた。瞳を細めて私達を見ていてくれる。いつも背広だよね。なんだか背広って凛々しさが増す。ピリッとした緊張感にあの柔和な微笑みがミスマッチのようで、溶け合っていた。熱々のトーストにアイスが乗っているような感じだよね。そして食べたらすごく甘いの。


「若葉ちゃ~ん、少しは私を見てダンスしてね~」


 ヒミコさんにはスッカリばれていた。長峰さんを見ると口元に手を当てて苦笑しているように見えた。やっぱりずっと見てたの、分かっていたのかな? 恥ずかしい……


「はい、俯かないでね~」


 私の前で踊っているヒミコさんにばれている。


「ヒミコさん、何で分かるんですか!」

「あの~前に大きな鏡があるんですけど~」


 そっか、気づかなかった。


「もう~、長峰さんの存在は気づいたのに、鏡の存在を忘れれないで~」


 たしかに。私、さっきから鏡越しに長峰さんをみていたんだった。

 いつから長峰さんを気になったのだろうか……



 『鈴なりディアーV』が発足したのは今年の一月からだった。秋口に街中で友達と騒いでいたところを話しかけてきたのが長峰さんと社長だった。初めは怪しいだけで相手にしなかった。


 だけど、長峰さんが私にまた会えるかも知れないと、ずっと街で私を探していたということを友達からの話で知った。私はこっそり街へ観察に行った。どうせナンパのついでや他の子にも声をかけているのだろうと思っていた。


 だけど、長峰さんは誰にも声をかけることなく街中で誰かを探してた。腕を組んで少し眉間に皺を寄せながら、真剣に人の流れを見つめていた。


 ――嘘だよね。私の中で気持ちが高ぶるのを感じた。本当に私を探しているのだろうか?


 たった一度会った街で、そんな馬鹿な。私、容姿は普通だし、他の子と比べて特別なところもない。探されていること自体信じられなかった。


 違う。絶対に間違いだ。何度も否定した。


『だったら彼の前を歩いてみればいいじゃん』


 心の中でもう一人の私がささやく。……できないよ。それに怖い。もし、無視されたら……私が惨めでしょ。でも、もし、私を探してくれているのなら、行くしかないよね。あの人にも悪いし、ハッキリ断ってあげないと。私は震える足を押さえながら歩みを始めた。


 一歩また一歩と長峰さんに近づく。まだこっちに気づいていないようだ。直接行くのは止めて前だけ通ろう。そして長峰さんに少しずつ接近して行った。あと十歩で前を通過する。彼はまったく見当違いの方向を見ている。


 やっぱり、私の思い違いか。だけど心臓だけは相変わらず大きな音を立てて、人の雑踏をかき消すほどだ。あと五歩、三歩、二歩、……一歩。とうとう目の前を通り過ぎる。


 だけど、彼は私に気づかなかった。なぜだか悲しくなって俯きかけた……


「――見つけた」


 低くてよく通る声。彼は私の腕をつかんで引き寄せてくれた。反動で腕にしがみついてしまう。腕は見た以上に筋肉質だった。


 顔を上げると、眼鏡越しのやさしい瞳が私を見つめていた。皺を寄せていた眉は解けて八の字になる。どうしていいか分からないような困った表情だ。


「どうして泣いているの?」


 誰のせいなの! って言いたかったけど無理だった。言ったらなんだか悔しいし、もっと泣いてしまいそうだったから。


 長峰さんは背広のポケットからハンカチを取り出して、私の目元を拭ってくれた。


「元気な君をスカウトしに来たのに」

「ごめんなさい」


 謝る私の背丈に合わせて少ししゃがんでくれた。目線が同じ位置まで降りてくる。


「私は長峰といいます。覚えてますか?」


 言う順番が逆でしょ? と思いつつ、私はうなづいていた。こんな私を探してくれてたんだ。


 結局そのまま勢いで『鈴なりディアーV』に入っちゃったわけだけどね……だから、きっと出会った時から長峰さんの視線が気になっていた。あの視線にドキドキするように私の中でセットされていた。



「それじゃあ、後は自分で確認してね~」


 数ヶ月前の話だけど、私にとっては昔の話。また長峰さんのことを考えながらレッスンが終わっていた。


 とはいえ、ちゃんとヒミコさんのダンスも見てたよ。今は少しだけだけど、ダンスが好きだもん。ヒミコさんは元気に手を振ってスタジオを出て行った。あれだけ練習したのにすごいな……


「毎日ヒミコさんに居残りつき合わせるわけに行かないですもんね。ウチのエースですから、ゆっくり休んでもらわないと。」

「いやきっと彼女達も家に帰って、自主的に練習しているだろうな」


 背後から聞こえた長峰さんの声に私は振り向いた。


「若葉の家には全身を写すような鏡がな」


 確かになかった。一月の時に社長に買えるようであれば、用意したほうが良いと言われていたけど、あまり真剣ではなかった私は用意しなかったのだ。


 また、二人との認識の差を思い知らされて少し落ち込んだ。私、全然進歩していない。


 俯き加減の私の頭に手がぞっと置かれる。


「お前はまったくの知識ゼロで始めているんだ、しかたないさ」


 優しい言葉って時に残酷だなって思う。だけど、ここで落ち込むわけにはいかない。


「そうですね、私頑張ります。とりあえずもう一回通しで踊ります」


 私は踊りだそうとした瞬間、足がもつれた。すでに体力は限界に来ていたのに気づかなかった。倒れそうになるところを長峰さんが抱きかかえる格好になった。肩までかかった私の髪の毛がふわりと揺れる。


「大丈夫?」

「は、はい……なんとか」


 私が倒れた時、どこかにぶつけたのかもしれない。長峰さんの眼鏡がどこかに飛んでいった。彼の裸眼が見つめる。眼鏡をかけてないないので、目を凝らす真剣な表情が私に近づいていた。


 少しだけ眉間に皺を寄せた瞳から伸びている睫毛が綺麗に並んでいた、私は「意外にまつげ長いな」なんて思った。数秒後、長峰さんの顔がとんでもなく近いことに気づいた。


「ご、ごめんなさい! 私……」

「良いからじっとしてて」


 私を抱きかかえながら体の無事を確認する長峰さん。社長だったらぶっ飛ばしているところなのに、長峰さんだと体が動かなかった。怖い気持ちと恥ずかしさが混ざって、感情の逃げ場がなく、ただただ緊張するだけだった。


 ねえ、私。練習しなくて良いの?

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