『きらきら、きら』(コトダマ版)⑥
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私たちはそのままの流れで休憩することにした。ヒミコさんは「味がない」と言いつつも黙々と鹿せんをポリポリ食べている。そして急に「うん」と頷いた。
「きっと鹿せんにメープルシロップを浴びるほどかけたら~美味しくなると思うよ~」
「それはもうきっとメープルシロップです。鹿せんじゃないと思います」
「だよね~。でも、味がないんだもん~」
かなり話の流れ的にはおかしいのだけれど、私は話題を変えることにした。
「ヒミコさん。本当に今日はごめんなさい。ご自分の練習もあるはずなのに……」
「気にしなくていいよ~。私は適度に休憩入れないといけないから~」
紗江子も確かに同じようなことを言っていた。そして東京でのアイドル活動を止めた理由の話もしていたっけ。結局は教えてもらえなかったけど。紗江子も知っているってことは結構有名なことなの? いい機会だから聞いてみようかな。
「ヒミコさん、ダンスに関して『全力をだしていない』って聞いたことがあるんですけど、それと適度に休憩入れることは関係ありますか?」
「紗江子ちゃんから聞いたのかな~?」
「ええ、まぁ……」
「そっか~。若葉ちゃんは知らないんだね。私が一度アイドルを止めた理由~」
いきなり核心に触れてしまった。だけどここまで来て「もういいです」とは言いづらいので、だまって頷くことにした。
「大したことじゃないのね~。二年間、単純にダンスの練習のし過ぎで腰を悪くしただけ~。このまま続けたら歩行にも影響があるって言われたの~」
「そんな! じゃあ、今だって……」
「今はもう二年経ったし。極端な練習をしないで上手く疲れが溜まらない様にすれば大丈夫なの~」
ヒミコさんの口調は暢気に聞こえるから平気に聞こえるかもしれない。だけど、そんな簡単な話じゃないはずだ。
「これでもANGの良い所まで行ったんだけどね~」
「ANG? アイドルネクストジェネレーションですか?」
うかつだった。今現在もっとも勢いのあるアイドルグループANG。自分達の劇場を持ち、連日満員のお客さんで賑わっているグループだ。アイドルの情報に疎かった私まで知っているぐらい、メディアに露出している。
二年前といえば、まだ今ほど勢いのなかった頃だから、私がヒミコさんのことを知らなかったのかもしれない。
「あそこでトップを狙おうと思うと、今の練習量じゃあ足りないし、きっと私は無理しちゃうから……」
暢気な口調がいつの間にか無くなっていた。自分でも気づいたようで、照れ笑いのように手ぐしで何度も自分の髪を撫でた。
「あはは、自分に余裕持ちたくて口調も変えたんだけどちょっと今は無理みたいだね」
私はやっぱり馬鹿だ。自分の夢を諦めた話を簡単に聞くんじゃなかった。私はそれほど何かに一生懸命に取り組むことはない。定期試験の勉強なんて比にならないぐらいの競争に晒されて、重圧に耐えてきたんだ。
そして大切な何かを諦めなくちゃいけない悲しさ。どれだけ想像したって分かり得ない世界だろう。ヒミコさんを横目で伺うと、彼女は笑顔で私を見ていた。その笑顔からは光を感じることができなかった。
「ごめんなさい。私、余計なことを聞いてしまって……」
「いいよ。もう大丈夫。完全に気にしていないわけじゃないけど、今は、自分のできることを一生懸命にやりたいの」
私から視線を外すとヒミコさんは誰もいないレッスン場を見つめて独り言のように呟いた。
「こんな体になってもアイドルが好きだから」
よく分からない。ヒミコさんの気持ちはトレースできない。でも、だけど、何かがこみ上げてきた。そして自分が情けなくなる。私は甘えていたのかもしれない。
「だから『ANG』も好きだったけど、『鈴なりディアーV』も大好き。私の夢はまだここにあるから。紗江子ちゃんや若葉ちゃんにも知って欲しいな。ステージに立ったときに降り注いでくるような声援と拍手を」
ヒミコさんは言った後、恥ずかしかったのか、鹿せんをかじった。
「やっぱり味がないね……」と言って笑った。
輝く存在っていうのはすべてが恵まれているわけじゃなかった。テレビなんかよく練習風景なんか映して頑張っている感を演出してたりするのを見ると、「はいはい努力努力」と思っていた。
でも、それはやっぱり一部だけで、ほとんどは注目されないところで自分を追い詰めてたどり着いた姿だったんだ。ヒミコさんから感じる光の正体が分かった気がする。あれはきっと努力の光だったんだ。だから「ぴかぴか」じゃなくて「きらきら」なんだね。
「なんだ。二人とももう休憩してたのか」
ちょうど長峰さんが買出しから戻ってきた。私たちが鹿せんを持っているのを見ると、長峰さんは頭を下げた。
「鹿せん食べるぐらいひもじかったのか……しかも涙ぐんで……」
違いますから! 本当に違いますから!