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『きらきら、きら』(コトダマ版)④


 この辺りでは桜の季節は終わっていき、桃色な世界から緑の世界へと色を変える。まばらだった桃色は徐々になくなっていき、華やかさを失っていく。


 アイドルもきっと最初は華やかな世界に見えてなにもかもが桃色なんだろう。だけど、そのうち華やかさはなくなり、残るのは……レッスンのつらさ。若葉マークの若葉陽。シャレでもなんでもなく、アイドルなんてやったことも目指したこともない普通の女の子。桜が咲かない普通の木だったりする。


 駅前のダンススタジオ。私達は放課後、ここに集まってレッスンを行っていた。


「じゃあ今のもう一回やってみましょう」

「はいっ!」


 いや、ホント、私が場違いな人間だっていうのは分かっている。


 それにしても、よく分からないことがいくつかある。まずはどうして、振り付けを一度や二度見ただけで覚えられるのか。そして苦しそうなのに何度も挑戦するのか。


 ……なにより、辛そうなのに彼女達のきらきらが半端なく綺麗だって事。ステージで見せる光とは違う、弾けるような感じでないけど、どこかテレビではレッスン風景見たことがあるけど、実際にやるのとは大違いだと思い知らされた。


 すでに私は別メニューでレッスンを行っていた。前列の二人とはレベルが違うっていうのは分かっているけど、やはり分けられると疎外感を感じた。この傾向はデビューする前1月から始まったレッスンからずっと続いている。


「なに恨めしそうに見てるんだ。お前はまず基礎からだろうが」

「言われなくても分かってるよ」


 私の前には社長と長峰さんが立っていた。予算の関係で私にまで講師がつきっきりで見てくれるわけじゃない。ちょっとそれも情けなさを感じた。


「あいつ等の半分以下の動きで済んでるんだから、せめて覚えろよ」

「そんな簡単にいくわけないでしょ。だったらやってみなさいよ」

「いいけど、またお前の落ち込みに貢献することになるけどな」

「もう、結構です……」


 私は口に出してしまったと後悔した。弱音を吐くとすぐ「お前やってみろよ」と言ってしまう。だけど、社長には通じなかった。社長はダンス経験者で、私程度の振り付けはお手の物なのだ。


 私が下を向きそうになる時、頭に載せられる手。ゆっくりと優しい手がじわりと私の心にまで染みた。長峰さんはやっぱりすごい。


「若葉、君は君のやれることを少しずつでいいからこなしていけばいいんだよ」

「はい!」

「おい、なんで長峰のときだけそんなに良い返事なんだよ」


 やる気を補充した私は顔を上げ、レッスンに戻ろうとした。私の背後から聞こえるようなヒソヒソ声が耳に届く。


「でたね~。鈴ディア名物『アメとムチ』~」

「私には甘えているようにしか見えませんが?」


 とりあえず今のは聞かなかったことにしよう。



 ヒミコさんと紗江子が帰った後、私は居残りで練習をしていた。さすがにライブがあるのに今のままでは足を引っ張るのは分かっていたから。さらにダンススタジオの人たちのご好意もあり、実現した。


 たかが期間限定のローカルアイドルなんだけど、市内のあらゆる人たちが私たちに友好的だった。制服っぽい衣装も合間に食べるの飲食物も、ほとんどが誰かからの差し入れ。それだけに下手なことはできないと思ったのだ。こんな私でも責任感は一応あるつもり。

 なのに……


「さぁ、もっとテンションあげて踊れよ」

「踊れるか! こんな物持たされて踊る人の気持ちになれよ!」

「こんな物って、重要だぞ、それ」

「鹿せんべいのどこが重要なんですか!」


 居残り特訓、飛び散る汗、懸命な表情、全てがアイドルっぽいのに、手に持っている鹿せんべいだけが私の邪魔をしていた。鹿せん持ってるアイドルなんて聞いたことないよ!

 社長の思い付きには本当に手を焼かされる。というかムカつく。


「鹿ママをライブ中ずっとお世話するために決まっているだろ」

「私は鹿ママの世話係か!」

「そうだ」

「うぐっ……」


 ハッキリ言われると言い返せない。社長は頭をかきながら面倒くさそうに答えた。


「お前に被り物を授けたのは理由がある。まずは顔の問題」


 またもやハッキリ言われると何も言えない。


「後は体型が……」

「もういい。それ以上喋らないでください。今だって殴りそうなんですから。鹿せんべいが割れますよ、それでもいいんですか?」


 社長は私の言葉に動きを止めた。


「それは明日の鹿ママのおやつなんだ。止めてくれ……」


 私が鹿せんをフリスビーの要領で投げた瞬間、社長が走り出してキャッチした。


「なにするんだよ!」

「ナイスきゃ~っち」

「て、てめえ……卑怯だぞ。悪意しか感じない!」

「鹿せん持たせて踊らせるほうがよっぽど悪意感じるわ!」


 すると社長のズボンのポケットから携帯電話の着信音がした。


「あっ、俺の嫁からだ」

「早く行け、バカ!」

 私は出入り口に向けて鹿せんを投げた。するとものすごい勢いで社長が走り出す。

「若葉、お前あとで覚えてろよ!」

「はぁ~? ベタな悪役の去り際か」


 私は舌を出して、ダンススタジオを出て行く社長を見送った。


「本当に若葉は社長と仲がいいね」


 私の背後から長峰さんの低くて優しい声が聞こえる。


「そんな事ないですよ。社長がいつも被り物とか鹿せんとか持たせるから……」


 うぅ……誤解されている気がする。私が横目で長峰さんを確認すると、こちらをじっと見つめていくれていた。それだけで私は緊張してしまう。


 気づけば今、この場所で二人きりだった。


「さっき深山が言ったことは違うよ。顔だとか体型は関係ない。選ばれたってことは合格ラインだったってことだよ。自信持って」

「そ、そうなんですか……」


 駄目だ。まともな返答ができない。そうか、外見は合格ラインなんだ私。素直に嬉しいって言っていいのかな。私は胸に手を当て、ドキドキする気持ちを抑えようとする。


 やっぱり長峰さんの言葉に私は反応してしまう。私だけが特別ではないと知っているけど、ソワソワしちゃった。きっと長峰さんなら私を勇気付ける言葉を言ってくれるに違いない。


「被り物をする理由、本当は実力不足を愛嬌でカバーするためだよ」


 オブラートに包まれてもショックを受けるよね、やっぱり……。長峰さんはやや俯いて、眼鏡の隙間から私を見つめた。素の瞳が垣間見えて、私は少し驚いた。


「君が他の二人と自分を比べて落ち込まないようにしたんだ。初めてのレッスンの後、深山に提案させてもらった。そして被り物を考えたのは深山だけど」


 眼鏡を指で押し上げて顔を上げたあと、年下の私に向かって頭を下げた。


「もし、気に病んでいるのであれば、すまない。私の提案のせいだ」


 私は謝罪している長峰さんを見て、反応ができなかった。どう声をかけていいか分からなかったからだ。気の利いたことを言えない情けない自分が少し嫌いになりそうだった。だけど、落ち込んでいるわけにはいかない。長峰さんを安心させなきゃ。


「あの……良いんです。私、結構被り物好きですから。意外と子供に人気あるんですよ!」


 精一杯笑って応えた。すると長峰さんも頭を上げて笑い返してくれた。そして私の肩に手をかけてくれた。


「ありがとう。気を遣ってくれて。君のそういう前向きなところが良いところだと思う」


 肩から、耳から、じんわり暖かくなっていく気がした。褒められたことがあんまりないせいかもしれないけど、頭が熱くなってボーっとしてくる。同時にぎゅっと手で胸を押さえた。


 長峰さん、やっぱりいいな。……好きになりそう。と、考えて心の中で私は顔を振った。


「すいません、ちょっと私、そとで涼んできます」


 顔が赤くなったのがバレてしまうことが急に怖くなる。自分の気持ちが見透かされたような気になったから。


 私はいそいでレッスン場を出て行った。

 レッスン場を出てると、すぐに私の背後から声が聞こえた。


「長峰は止めたほうが良いぞ」


 私は驚いて辺りを見渡すと、廊下の壁にもたれて社長が携帯電話をいじっていた。さっきの言葉も彼らしい。私は自分の気持ちを言い当てられたような驚きと気恥ずかしさと、なにより社長に言われたことが、気に障った。


「なんなんですか? それ、まるで私が長峰さんを好きみたいに見えるじゃないですか」

「……見当違いだったら良いんだけどね」


 いつも様に乗ってくるわけでもなく、淡々と応える社長に私は違和感をおぼえた。だけど、私としてはおどけることしかできなかった。


「あー、もしかして焼もちやいてますか?」


 すると音を立てて、携帯電話を閉じた社長がずんずん歩いてくる。私は壁際まであっという間に追い込まれた。壁と社長に挟まれた私は口を閉じて睨みつける。社長が少し私に顔を近づけると、自然に顔を逸らしていた。


「お前に長峰は荷が重い。アイドルでは無理なんだよ」


 私にささやく様に言うと、すぐに離れて「もう帰るわ」と言って歩き出した。顔が赤くなってる……私は頬を手で押さえた。最初はそれを見送るしかなかったんだけど、だんだん悔しくなってくる。


 自然と私は社長に向かって歩き始めていた。いや、歩きというよりは走りに近くなる。私だってハッキリと考えてたわけじゃないのに、考えてたわけじゃないのに。長峰さんの事も、私の事も……


「勝手に決め付けるなこの馬鹿!」

「うわああぁぁっ!」


 気が付けば、社長の背中に向けてとび蹴りを繰り出していた。蹴りというよりは背中に触れて押し出したに近い感覚。吹っ飛んでいく社長。建物の出入り口近くで転んだ。社長の叫び声を聞きつけて長峰さんが駆けつけてくる。


 私はただ「やってしまった……」と青ざめていた。



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