『きらきら、きら』(コトダマ版)③
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例えば雪。あまり雪の降らない地域の人たちは、たまに雪が降ると喜んだりする。待ちに待ったみたいなことを言う人もいる。だけど私からすれば交通状況は最悪になるし、歩くとすべるし、最悪の異常気象だ。なにより雪自体は冷たくて、すぐに溶けてなくなる。
二人にとってのライブと私にとってのライブとは、つまりはそういうことだった。
「もう一回言うぞ。ライブを開催する」
ヒミコさんと紗江子の動きが一瞬止まったけど、私は構わずに質問していた。
「へー、誰のライブですか?」
「『鈴なりディアーV』の」
「そりゃ大変だ」
「お前意味分かってんのか?」
私は顔をたこ焼きを食べていた手を止めて顔を上げた。皆真剣な表情をしている。さすがに私も自体が飲み込めた、と同時にたこ焼きが私の爪楊枝から落ちた。
四月から九月までの半年限定のローカルアイドルとはいえ、一月から三月までは週二回ぐらいのペースでボイスとダンスのレッスンは受けていた。……受けてはいるが、人前で披露できるような代物じゃない。(私だけの話ね)
弁天山のステージは一曲だけだし、私は後ろで鹿ママと戯れていればいいだけだった。だけどライブとなれば話は別だ。……多分。
私が青ざめた頃、紗江子は立ち上がって、胸の前で小さくガッツポーズを決めた。
「深山社長、色物じゃなくて、ちゃんと私たちのことを考えていてくれたんですね!」
「紗江ちゃん、なんとなく酷い事言ってるよ~」
「許す! 色物っていう自覚があったところがさらに良い!」
「ありがとうございます!」
紗江子は元々このメンバーの顔合わせで、「このグループは私にとって踏み台です」と宣言したぐらいの上昇志向の持ち主。被り物の私がいること自体が不満だった。それだけにライブができるって聞いて嬉しかったんだろう。
「あの~、歌う曲が、ないんだけど~」
「心配するな。曲はすでに頼んである。三曲ぐらいオリジナルで、あとはカバー曲でやりくりすれば何とかなる」
「オリジナルがあるんですか? すごい! ちなみに誰が作るんですか?」
紗江子こと小娘、テンション上がりまくりだな。こっちは下がりまくりっていうのに。
「それは長峰のコネクションでだな……」
すると長峰さんは眼鏡を指で押し上げ、目を伏せた。ハッキリとは聞いたことないのだけれど、長峰さんはヒミコさんと同じように、以前は東京で働いていて、有名アイドルのマネージャーをしていたらしい。社長が自らスカウトして引き抜いたという話だ。
「とりあえず深山の要望を加味した結果、後山田に頼んである。今週中には三曲出揃うだろう」
「……後山田さんですか…」
紗江子は明らかに落胆したような表情を見せた。
「冬元康さんとか、ミンクさんとかじゃないんですか?」
彼女が挙げた二人なら有名だから知っていた。長峰さんが元東京組だからきっと期待していたんだろう。私としては誰でも良かった。だけど長峰さんは申し訳なさそうに、小さく頭を下げた。
「高見、申し訳ない。予算や製作期間等を考えると無理なんだ」
「……わかりました」
紗江子はそれでも、ガッカリした様子を隠すことはない。私にはそれが無性に腹が立った。別に有名どころじゃなくてもいいでしょ? たかが田舎のローカルアイドルにプロが曲を書いてくれるだけでも嬉しいことなんじゃないの? 私より二歳下とはいえ、きっと色々夢見ていたのだろうな。上昇志向もあったし。
思ったことをついつい口に出してしまうのが私の悪い癖かもしれない。
「長峰さんに無理言うな、小娘が」
「は? 被り物のアナタには言われたくないんですけど」
私は席を立ち、紗江子と睨み合う形になった。この子は勝気なので自分から折れることはないだろう。気まずい空気が流れる。
「後山田さんの作る曲、私は大好きですよ~、曲調はめまぐるしく変わりますし、ダンスする甲斐があります~。私も何曲かお世話になったことがありますよ~」
緊張した空間にゆったりしたヒミコさんの口調が滑り込む。辺りがきらきらと光に包まれる。これが華のある人物の一言なんだと思う。光に触れた人たちは皆表情が変わっていく。
「だろ? 俺も大好きなんだよな。なんか元気になるんだよ」
「私も深山のイメージどおりに行くと確信している」
ヒミコさんの発言に紗江子の表情が驚きに変わる。あごに手を当て、ぶつぶつと何かを呟いた後、一言言った。
「うん。考えてみたらアリはアリですね」
早すぎるだろっ! どんだけヒミコ信者なんだよ。きっと彼女にしたら元東京組はまぶしい存在なのかもしれない。
「よし、決まりだな。早速明日から練習をするぞ。学校帰りにいつものダンススタジオに来ること」
社長はいつも強引に話を進める。だけどちゃんと用意は進めているだけに侮れない。
だけど、私の不安は一向に晴れない。とりあえず、社長に確認してみた。
「で? 社長、ライブはいつやるの?」
「ゴールデンウィーク」
「冗談もたいがいにしろよ、鹿バカ」
今日が四月十五日だから時間が全然ないじゃないか。
「詰め込み教育だよ。こういうのはダラダラと時間かけてもしょうがないの」
「詰め込み教育反対~、これだから昭和生まれは嫌なんだよ」
私が社長をちらりと見ると、頬を震わせてこちらを見ていた。
目が据わったと思うと、盛大に舌打ちをする。
「チッ……ったく、だから若いだけの単細胞は嫌なんだよ」
「はぁ~~? 若くもない単細胞がよく言うよ」
「すぐにしょ~もない屁理屈で返す。これだからJKは……」
女子高校生をJKって略すな! 本当にキモいわ。
「女子高生を一括りにするのやめて貰えます? 世代を区切ってレッテル貼りですか? 若者批判ですか? このオッサン!」
「そっちだって同じだろうが、三十前のオッサンって区切ってるだろ」
「オッサンは良いんです~っていうか、高校生にムキになって、だっせ」
「そっちこそ、いつまで反抗期でいるんですかね? 高校二年でしょ? そろそろ大人の階段上ってくれないかな?」
「馬鹿じゃないの? 十分大人だっつーの」
「どこが?」
「……体とか」
言った瞬間、社長は顔を近づけた。私は思わずのけぞった。それが胸を強調する格好になった。
「じーっ。というか今頃アピールしても遅いぞ」
「見るな!」
「お前が見ろって言ったんだろうが!」
すでに私と社長以外のメンバーは食事に戻っていた。
こうして初ライブに向けて私たちは動き始めた。私の意思とは関係なく。




