3/21 5:04 「きらきら、きら」
今回のコメント
モデルになったライブハウスもこんな感じです。
本当に卵の自販機があります。
とれたての野菜も売ってたりします。
すごく……田舎です。
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真っ黒ってわけじゃない。かなり青。大人が言う青春真っ盛りの私達には十分すぎる表現なのかもしれない。濃い青色を流し込んだような青空。太陽はすっかり遠慮して西の空に消えていこうとしていた。
今は冷たい風だけが目立って吹いている。季節は春真っ只中。世の中はGWを迎える中、私達はまた新たな挑戦に向けて進みつつあった。
鈴鹿ボイルドエッグが今日のライブ会場だ。ボイルドエッグの由来は養鶏場の近くにあるから。市内でも山の中にあり、田畑の真ん中にぽつんと立っている。だから大きな音を立てても大丈夫。しかも卵の自動販売機もあったりする場所。私達ローカルアイドルにはふさわしい場所なのかもしれない。
会場のキャパは百人はいったら満杯になるような所。お客さんはほとんどが顔見知りの弁天山公園でのお客さんや駅前商店街の人たちだった。でも、正直ここまで人が集まるなんて思っていなかった。
事前に会場を調べると思ったよりもステージが狭い。弁天山公園の特設ステージの四分の一ぐらいの大きさだ。あまり激しい動きはできないかもしれない。舞台袖からのぞくと、オールスタンディングでお客さんでいっぱいになっていた。
ここに長峰さんがいるかもしれない。昨日まで精一杯練習してきた。悔いがあるかと言われればあれこれ出てくるかもしれないけど、考えない。今もっている全てをぶつけるんだ。
客席の照明が徐々に落とされる。流れていたCDもだんだんボリュームが下がり、いよいよ自分達の出番が迫る。私は被り物をつけ、腰紐をチェックした。今から私はベルルだ。
『んじゃ、今日も行くよ~~!』
ヒミコさんが声を出す。円陣を組んで中央で手を合わせる三人が私達だ。
『鈴なりディア~~~~~~』
叫びながら手を少し沈めて、一呼吸置いた。そして私達は若さを爆発させるように叫ぶ。
『ぶーーーいっ!』
三人はVサインを上に掲げて、上を向いた後、勢い良く駆け出した。自分達のステージへ。
そう、私達はアイドル! 人々の魅了する存在。癒し、元気付ける存在。羨望の的、光り輝く存在、それがアイドル。まばゆく光を放ち、私達は今弾ける!
オープニングの曲が流れ、手拍子に迎えられて私たちはスポットライトの下に立っていた。 いよいよ私たちのライブが始まった。最初は弁天山公園でいつも歌っている曲だ。
いざステージにでるとスポットライトが当たるものの、被り物をしている私には思った以上に暗かった。きちんと踊れるか心配……にはならなかった。
まず、ヒミコさんと一緒に練習して体得した流れをつかむ方法。あの時一緒に練習しなかったらきっとこの時点で何もできなかっただろう。でも、今は感覚で踊ることができる。音楽さえ鳴っていれば、踊ることができるはず。予想通り体が自然に覚えていた。もう何回この曲で踊ったことか!
そして前の二人はいつもどおりキビキビした動きで綺麗なダンスを見せる。私はそれに合わせて踊ることはしない。他の二人は関係ないと思っている。
だって、あの二人なら必ず完璧に踊れているはずだから。信じて自分のダンスをするのみだった。これは紗江子から教えてもらったこと。
曲もアップテンポで勢いのある曲ばかり。私達の目指すところにぴったりの選曲だった。
難なく一曲目が終わり二曲目に進んでいく。これからは新曲になるけど、大丈夫。上手く行くはず。あれだけ練習したんだから。
狭い視界ながらも、曲の流れにあわせて私の振りと前列二人の振りがぴったり合っているのを確認できた瞬間は胸が高鳴った。あれ? そういえば鹿ママが暴走しないや。上手く鹿せんを食べさせているからだ。私、初めてコントロールできてる。何これもしかして一体になってない? いつの間にかチームになってる。
皆、見て! これが私達『鈴なりディアーV』なんだよ! なんだろうこの充実感。
前の二人を見れば腕を振るごとに星屑のような光が当たりに飛んでいく。可愛いしぐさをした瞬間、周りに光が弾け飛んだ。二人の振り付けがシンクロしたときは光のシャワーがお客さんに降り注ぎ、皆が笑顔になっているのがわかった。
やっぱりすごい。この二人はアイドルなんだ。
そして私はと言えば相変わらず、光らしきものは見えなかった。だけど、それほど気にならなかった。社長の言葉を思い出したからだ。
『だから、その時にお前が長峰に証明するしかないんだ』
『何をですか?』
『アイドルとして成長した証明だ』
たとえ今は輝いてなくても確かに進んでいる私を長峰さんに見せるんだ。一緒に練習してくれた事は私の支えとなり、アナタがいなくなってからの頑張りは力になって今、このステージで表現されてるよ。
力いっぱい手足を伸ばす。見えなくったってベルルの中から笑顔を振りまく。
届けたい人に届きますようにって!
だから……ちゃんと見ていて欲しい。
そして感じて欲しい。私の思いが届いて欲しい。
ねぇ、この気持ち届いてよ!
今届かなきゃ、今じゃなきゃ、何の意味もないんだから!
お願いっ!
一瞬。
客席に差し出した手から何かが零れ落ちた。
それはきらきらと輝く小さな光。弱々しいながらも私から生み出された温もりだった。
私にも光が! きらめいて。もっときらめいて。
このきらきらが届きますように。
そしてこの光に私の思いを込めます。
裏切られた気持ちは中々癒えないかもしれない。
やっぱりまた落ち込む時がくるかもしれない。
でもね、元気出して。
足りなかったら何度も言うから。
元気出して!
絶対にやり直せるから、辛いことも乗り越えられるから。
だからお願い。
――元気出してよ!
きっとそれは私しか見えなかったと思う。
私の全身から光が一気に弾けとんだ。きらきらとした星屑はライブハウス全体を覆った。
暗いはずだったお客さん側の室内が明るくなる。
そして客席中盤に見えた。
狭い視野の中で、真っ直ぐ視線の先に見えた、長身で眼鏡の男性。
一見大人な振りしててだけど心はとても純粋で傷つきやすい……優しい人。
私が探していたあの人だった。
長峰さんは私達を見てこぶしを挙げて叫んでいる。聞こえないはずなのに口元が自然に読み取れた。
『頑張れ! 頑張れ!』
私達を応援していた。そして不覚にも私は涙を止めることができなかった。でも、被り物しているから誰にも分からない。私だけの秘密。
そうか。私達は想いを届けるだけじゃないんだ。
想いも貰っているんだ。
私は声にならない「ありがとう」を何度も繰り返す。
一方的じゃなく繋がっているんだ。
これがアイドルなんだね。最初は嫌だったけど、今なら言えるよ。
アイドルで本当に良かった!
更新は1~2時間後!(70%)
次回が今日最終の予定。