3/20 23:09 「きらきら、きら」
今回のコメント
うん、書くネタがねーっ!
あっ、フォーっていうのは飲み物の名前ですよ。
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それは長峰さんが東京でマネージャーをしていた頃の話。彼はとある女性アイドルのマネージャーだった。長峰さん自身が発掘したアイドルで、熱心に彼女を育てていたらしい。その熱心さがいつの間にか愛情に変わり、二人は付き合うようになった。
だけど、当時人気も出てきたばかりだったので、事務所の力によって二人は引き裂かれた……というのが、東京から地方の小さな事務所へ移ることになった理由なんだという。
一気に話した後、ヒミコさんはフォーをぐいっと飲み干した。私と言えば、本当にそんな話あるんだなと漠然と思うことしかできなかった。どこか遠い世界の話に思える。だけど……少し胸が苦しくなった。
私の知らないところで長峰さんは知らない誰かと恋人同士だったんだ。手を握ったり、髪に触れたり、照れくさい言葉なんかもかけてたんだろう。私みたいに肩に触れれたぐらいで舞い上がるなんてなかったと思う。
だいたい、長峰さんもいい歳なんだし、恋愛をいくつか経験して当たり前だよね。私とは違うよ。それに昨日みたいな馬鹿馬鹿しい特訓じゃなくて、きっと身のある練習をしていたに違いない。相手は東京で活躍しているアイドルだもん。
それこそテレビの向こう側の世界。私がやっていることなんてちっぽけに見えたんだろうな……きっと心で笑ってたに違いない。なんで悲しくなるんだろう。社長だったら気にならないのに。長峰さんには失望して欲しくなかった。
なぜ? それはきっと……好きだからかもしれない。こんな状況になってようやく理解するなんて私はやっぱり駄目なヤツだ。だんだん自信がなくなっていくのが自分でもわかった。元々自信なんかなかったけどさ。
私の視線がどんどん下がっていこうとした時、テーブルに置いた手にヒミコさんの手が重ねられる。顔を上げると、眉を八の字にして心配しているヒミコさんの表情が目に入った。
「若葉ちゃん、聞いて。だからきっと社長は嬉しかったんだと思うよ。長峰さんが形はどうであれアイドルの卵の練習を手伝っていたこと」
「ヒミコさん……」
私は意味なく泣きそうになっていた。正確には感情が高まってた。
「もしかしたら、アイドルに絶望している長峰さんを、若葉ちゃんなら救うことができるかもしれないね」
私は自分の事で精一杯でそこまで考えが及ばなかった。たしかに無理やりアイドルの恋人と引き裂かれた後、私たちには直接何か指示することがなかった理由も頷ける。
もし、私が長峰さんを変えることができたら……それはとても凄いことだと思う。
「はい、私やってみます」すぐに前向きになれるところが自分の長所だと思う。社長辺りは単細胞って言うけどね。
レッスンは今日もボイストレーニング組と分かれてすることになった。というか元々別々のメニューではあるけれど、それを考えたらキリがないので考えないことにする。
昨日と同様に私は長峰さんと二人きりになった。私はヒミコさんの言葉を思い出し、長峰さんにアタックすることにした。私が変えてあげなきゃ。長峰さんは最初腕組みをして壁にもたれていた。
昨日もたしか最初はこんな感じだったと思う。私はゆっくりと部屋の隅においてあった被り物とヒモを手に取った。
「今日は勘弁してもらえるかな?」
私の背後から低い声が聞こえる。だけど私は無視することにした。いつもなら止めてしまうところだけど、事情を知ってしまった今、黙っていられない。私が前の恋人を忘れさせてあげる!
「お願いします、教官」
「いや、私はマネージャーだけど」
ううっ、冷静に返されてしまった。きっと社長ならノリノリでついて来るのに。
「とにかく、ライブまで日がないんです。お願いします!」
私は人生で初めてというぐらいに意識してつぶらな瞳を演出した。すこしだけ長峰さんの頬が引きつったような気がしたけど気にしないことにする。私が粘ること三分、耐え切れなくなった長峰さんは渋々頷いてくれた。
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