3/12 5:47 『きらきら、きら』
今回のコメント
今回出てくる弁天山公園は実在します。
特設ステージはいつもはありません。
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『きらきら、きら』
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真っ白ってわけじゃない、少し青。大人が言う青春に差し掛かった私達には適当な表現なのかもしれない。透き通った水色を流し込んだような青空。
少し遠慮がちな太陽のぽかぽか陽気に体が暖かくなって頭がボーっとなりそうだけど、時より冷たい風が吹き抜けたりすると、長袖の制服でもコートがないから肌寒い時がある。
季節は春だった。始まりの季節、私達は新たな挑戦に向けて進みつつあった。
『んじゃ、今日も行くよ~~!』
アミさんが声を出す。円陣を組んで中央で手を合わせる三人が私達だ。
『鈴なりディア~~~~~~』
叫びながら手を少し沈めて、一呼吸置いた。そして私達は若さを爆発させるように叫ぶ。
『ぶーーーいっ!』
三人はVサインを上に掲げて、上を向いた後、勢い良く駆け出した。自分達のステージへ。
そう、私達はアイドル! 人々の魅了する存在。癒し、元気付ける存在。羨望の的、光り輝く存在、それがアイドル。まばゆく光を放ち、私達は今弾ける!
「それでは『鈴なりディアーV』のオープニングで~す。歌は『いくぜっ! まるっと鈴なりスズカ大行進!』」
日曜日のお昼過ぎ。ショッピングセンターの隣にある弁天山公園の特設ステージ。それが私達の戦場だった。ステージ飛び出す私達三人と一匹。
ステージ袖から飛び出すと一気に視界が広がる。何もない黒色のステージ。不安でいっぱいになる。十七歳の私みたい、経験も実績もない。自分自身で彩る必要がある。やってやろうじゃない。
カラオケが流れる中、私達は自分達の立ち位置に到着した。
眼前に広がるまばらな人たち。駆け出しの私達では仕方なかった。だけど負けない。
前列には二人が綺麗なダンスを披露している。若さゆえのキビキビした動きは光り輝いていた。特製のブレザーの制服が手を伸ばせば袖がはためき、スカートはひらめいた。笑顔がでると弾けるような輝きが広がる。このために沢山練習していた。
「HIMIKO様~っ!」
ステージ近くには半被を着た男のたちが陣取って、野太い声を上げている。彼らが叫んでいる名前は、前列で踊っている、さっき円陣で声を出していた比巫女あみさんへのものだった。
「SAEちゃ~ん!」
小さい声ながら声援があったのは、同じく前列で踊っている高見紗江子への者だ。私より二歳年下の女の子。
ダンスはどんどん激しさを増す。これで生声でも歌っているんだから本当にこの二人はすごい。視界の狭まった私にでさえわかるんだから、きっと皆の目には躍動感が素晴らしく映っているのだろう。彼女達から光の粒子が放たれるのが、見えるぐらいに。
私だって負けてられない。私だって……
「あ~っ、また鹿ママが逃げ出したぞ!」
しまった! 紐を手放してしまった! 私は会場の声であわてて左右に顔を振って確認する。だって、視界狭いんだからしょうがないじゃん! 左を向いたときにようやく視界に入った一匹。
私は鹿に向かって走り出していた。しかし、バランスが取れず、頭が揺れた。もうっ歩きにくい!
「鹿ママの逃亡でた~っ! ベルル、ちゃんと捕まえろよ!」
私への声援……もとい、罵声が飛ぶ。くそ、この声はまたあのオヤジだな。昼間から公園でビール飲んでんじゃねえよ! それにしても頭が揺れる~っ。
この被り物を誰かとってよ――っ! ぶれる狭い視界にようやく鹿が入って、私は手を伸ばした。鹿ママと呼ばれる彼女のつぶらな瞳と目があった気がする。
その瞬間私の足は縺れた。びたんっ、と音を立て私は空中に舞い、盛大にこけた。
「ベルルだせぇ~」
「もっとやれ~」
あぁ、遠くからなんか声が聞こえるんですけど。声援? それとも罵声? どっちでもいいや。だって私はアイドルだもん。どんな声も受けてみせる……わけねえだろっ!
頭上でごそごそと音がする。いや鹿ママ、私の顔を食べるのは止めて。ダンボール製の被り物が取れちゃうからね。
もう、この曲が終わるまで倒れてていい? こけたままだからスカートまくれっぱなしかも。今すぐに直したい。だけどまたなんか言われるから動けない。いいか、スパッツはいてるし。
何度も言うけど、私はアイドル。地域限定、被り物アイドルのベルル。またの名を若葉陽って言うんだけど……こっが本名だから。
っていうか、アイドルなんてまっぴらごめんだよっ!
とりあえず今日はここまでってことで。再開初日だし。