2/26 7:17 『永遠なるもの』
今回のコメント。
普通にお腹へってきたんですけど。
昨日の夜ごはん食べてから12時間ぐらい経つので。
今食べたら、朝食ですけどね!
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何度目かの応酬の後、私達はお互いに中腰になっていた。荒い呼吸だけが周りから聞こえる。もっとも片方の耳はほとんど聞こえないけど。
さすがに二人とも、もう殴る力は残っていない……と思う。私は少なくともない。相手も下を向いたきり、肩で息をしているので、同じだろう。
改めて周りを確認すると、赤石は口をあけたまま突っ立ったまんまだし、後ろのデブリは私に近寄ろうかどうしようかとオロオロしている。……ったく、この男共は。
いや、この二人が近寄れないほど、私達はお互いを傷つけるだけ傷つけた。だけど私は体は傷ついたけど、心はまったく消耗していない。むしろスッキリしていた。由実だったらまだ殴り足りないとか言うだろうかな。私は……自分さえも吹き飛ばしたような気になっていた。
だけど、木崎はどうなんだろうか。私は前で下を向いている彼女に視線を向けた。
「なんで……」
小さな呟きが聞こえたと思うと、爆発的に大きな彼女の声が辺りに響く。
「なんでまた私から奪っていくのよ!」
誰も何も答えられない。木崎はなんとか顔を上げる。震えた声は音量が壊れたかのように、悲鳴として訴えかけてきた。
「アンタ達のような普通の人間が、どれだけ楽に幸運を手にしているのかわかってるの!?」
あぁ、やっぱりこの子も同じだった。私と同じ事を思ってる。普通という誰が作ったかわからない幻想に囚われて生きてきたんだ。
「日常や普通っていうのは努力しないと手に入らないんだよ……それを簡単に手に入れている奴等が憎い!」
辛い経験をしてきたから。現実に絶望したから。誰よりも純粋に幸せを求めたんだ。でも違うんだよ。人には人の数だけ幸せがあるんだ。決められた普通なんてものはないんだよ。自分の歩んできた道でしょ。自分が好きにならなきゃ。簡単に諦めたら駄目だよ……
もう、決着はついているような気がした。このまま行けば私が、彼女を黙らせることができるかもしれない。自分の考えをぶつければ、文字通り、ねじ伏せることができるのだろう。
でも、それじゃあ私は木崎と同じになってしまう。私は彼女との優劣を付けたいわけじゃないんだ。
もし勝ち負けにこだわってしまったら、今回は勝ったとしても、きっとまた別の誰かの過去と比べて私の気持ちは揺らされる。過剰に反応して防御してしまう。
また笑いの仮面をつけて……
変わらないものが欲しかった。
揺るがない心が欲しかった。
じゃあ、どうしたいの? 今度は私が言う番かもしれない。
私が木崎を放っておけないのはやっぱり似ているからだ。
だったら変われる。私だって変われたんだから。
そうだよ。皆、幸せになりたくて頑張っているんだ。
木崎が叫び終えた静かなこの場所で私は声をだした。
「木崎、アンタは懸命に生きてきた。だから幸せになって欲しいの」
少しだけ時間をおいて木崎は私を見た。文字通りただじっと見つめているだけだった。やがて、自嘲気味に気持ちをはき捨てるように返答する。
「何? 今更懐柔策でもとるわけ? ……私から幸せを奪っておいて」
「あれは幸せじゃない。一時しのぎだよ。きっとまた別の幸せが欲しくなる」
「だったらまたその幸せを奪うだけ。さっきから私をどうするつもりかは知らないけど、殴って分かり合えるなんて思わないでね。笑っては終われないの」
簡単に跳ね除けられてしまった。やっぱりもう彼女には届かないのかな……
違う。それじゃあ駄目なんだ。
自分の過去をもう離さないって決めたんだから。昔の私が投影された木崎も同じだ。
もう一度力を貸してと心に訴えかける。今度は由実だけじゃなくて、今まで出会った人全員に語りかけた。
ゆっくりと私は顔を上げる。今の気持ちをちゃんともう一度伝える。
「私は……笑って終わりたい」
「アンタねぇ……」
呆れたような口調で答える木崎に私は自信を持って答えた。
「木崎も私も薄笑いじゃなくて大笑いで終わりたい」
「そんなの無理でしょ」
「できる」
間髪入れずに私は、当たり前のように答える。
すると木崎は中腰から立ち上がって大声を上げていた。
「ふざけるなっ! いつまでも夢みたいなこと言ってるんじゃねえよ!」
木崎の声があたりに響く。私は目をつむり、静かに答えた。
「同窓会の時と反対になったね……」
ゆっくり目を明けると、木崎は口元を震わせていた。思い出したのだろうか。
「木崎、あの時は記憶を失ってたんだよね。だけど、それとは関係なく貴方の言うとおりだった。幸せは、永遠は、作るものだった」
作るものなんだけど……揺るがないものが、いつ出来上がるかわからない。
それまでに。
また大切な人が離れていくかもしれない。
仕事で失敗するかもしれない。
へんな男に引っかかるかもしれない。
自分は不幸だって恨む日々が続くかもしれない。
すべてを自分のせいだって、思い込むかもしれない。
でも、幸せになるための努力は決して止めないし、私は絶対に諦めない。
孤独が襲おうとも、病気になろうとも、一文無しになろうとも、私は何度だって挑戦してやる。もうわかったフリや斜に構えた態度はいらない。
過去だって否定しない、未来だって悲観しない、そして今を楽しむ。
私を誇らしく思うことにしたんだ。
次回は1~2時間後。(100%)
順調に行けば次で最後……かな?