10/21 4:15
今回のコメント
・現実逃避にお風呂入ってコトダマの増刷してたらこんな時間!
寝たと思ったろ!
二日連続寝オチだと思ったろ!
ところがどっこい起きてます!
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お風呂に行くからって、沙和が妄想したドッキリイベントはない。なぜならこの屋敷には風呂場が三箇所あり、男女でハッキリと区別されているからだ。
旅館のような長い廊下を歩きながら、僕は口を尖らせた。
「くそう。親睦を深めるんじゃないのか。背中をながしたりさぁ~こうやって……」
「あらあら、楽しそうな妄想してるわね」
柔らかい口調の声が背後から聞こえ、僕は直立不動で固まった。滝川先輩だったら殴られる、高月先輩なら呆れられる。どちらにしても精神的ダメージは大きい。ゆっくりと振り向いて確かめた。
「もしかして、夕実か亜也さんだと思った?」
立っていたのは真琴さんだった。僕はホッとして胸をなでおろす。真琴さんは着物を着こなし、笑顔を絶やさない。何だか先輩二人にはない柔らかさがあって少しホッとする。
「真琴さん、どうしたんですか? こっちは男湯ですよ」
「そうそう。草弥君のタオル類を用意してなかったと思ったから補充に来たの。はい」
真琴さんからタオルを渡される。お手伝いさんがいるのに真琴さんが動き回っている姿を昨日今日と何度か見た。その姿はまるで女将さん。だからここが余計に旅館に見えるのだ。
真琴さんは口元に手を当てて「ほほほ」と上品に笑うと、言葉を続けた。
「アラフォーのおばさんでよければ、背中流しますけど」
「ええっ!?」
急に何を言い出すんだこの人は! 嬉しいじゃないか! でも……恥ずかしい! このまま首を縦にさえ振ることが出来れば……できれば……
「け、結構です……滝川先輩に怒られますから」
無理っ、結局無理! そんな勇気ない! すると真琴さんは瞳を丸くして、自分を指差した。
「あら。こっちの滝川先輩は大丈夫って言ってるけど」
しまった。この人も滝川先輩だった。しかも、元部長だ。ん? 元部長? そうか。と言うことは、平光先生の試験の事や、部長だけが持つ日記の秘密も知っているはずだ。
僕は思い切って聞いて見ることにした。すると、真琴さんの口元が少し下がり、笑顔が弱々しいものに変わった。
「私は途中棄権した身だからね。貴方達は本当に凄いと思うの」
「途中棄権?」
「ええ。私は卑怯者だから……」
詳しく聞きたいところだけど、なんだか辛い経験を掘り起こすようで、僕には勇気がなかった。この辺りも高月先輩と似ているような気がする。
「平光先生の試験と部長だけが持つ日記とどう関係があるんですか?」
「草弥君。本当に亜也さんから何も聞いてないの?」
僕が頷くと真琴さんは口元に手を当てたまま考え事をしているようだった。やがて、僕へと視線を戻し、話し始めた。
「亜也さんはきっと貴方を巻き込みたくないと思っているのね」
……それだ。いつもここにぶつかる。僕がもやもやしているのはここなんだ。真琴さんは再びいつもの笑顔に戻って僕を見つめてくれる。なんだか安心する。今まで相談できる存在が誰もいなかったからだ。他の人は事情も知らないし、言っても信じてもらえないからだ。僕は思い切って話してみることにした。
「大切に思ってくれるのは嬉しいです。でも、中途半端なんですよ。僕だってもっと高月先輩の役に立ちたいのに、先輩が大切な部分をいつも隠すから……自分の決心や気持もわからなくなるんです……」
「草弥君。本気で亜也さんの役に立ちたいって思ってる?」
「はい! 当たり前じゃないですか!」
「いい返事ね」
真琴さんは僕に一歩近づき、手を伸ばして僕の頬に触れる。頬に触れた手は暖かかった。
「最後までその気持を大切にね。じゃあ、ご褒美あげる」
僕が首をかしげると、真琴さんは後ろへ二、三歩下がり、僕に背を見せた。
「草弥君はこういってるけど、どう? 話してみる?」
真琴さんが見つめた廊下の曲がり角から、ゆっくりと見覚えのある顔が姿をあらわす。
「……っ」
「高月先輩」
少し伏目がちに高月先輩がこっちに歩いてきた。真琴さんは僕へと振り返ると片目を瞑ってこう言った。
「夕実に内緒で、亜也さんと一緒に男湯を覗きに行こうって誘ったの」
何やってるんですか、二人して。
今日はここまで。