10/15 23:11 コトダマ執筆編⑮
今回のコメント
さて、書ききったわけですが、15000文字超えてる!
三分の一削る~っ!
なんてこったい。
今から削る作業が始まります……
***********************************
楽屋に戻ると満男が満面の笑みで迎えてくれた。
「いや~、冷や冷やしましたよ。他の審査員を買収してなければ、アナタがご破算にするところでしたね」
だが、真人にはなにも聞こえていなかった。フラフラと荷物を持つと出て行った。
「せっかく一緒にお祝いしようと思ったけど、まあいいか」
締められた楽屋のドアを眺めながら満男は口を歪ませた。
タクシーに乗り、真人は病院へ向う。収録が押して夜中になっていたが、守衛所を掻い潜り、病棟へ侵入した。足早に病室の前に到着すると、扉を少しだけ開けた。病室にはさなえが寝息を立てていた。
収録前に病院から電話があり、今日も暴れたと連絡があった。そんな事があったとは思えないぐらい、さなえは静かな表情をしていた。
しばらく、真人は彼女の寝顔を見つめた。
どこで躓いたんだろう。それだけが彼の頭を駆け巡っていた。
きっと……ここなんだ。
真人はゆっくり手を伸ばす。やせ細って筋がはっきりと見えた首に手をかけた。少しだけ手に力をいれ、喉元に親指を押し付けた。「んぐっ」という息の詰まる音が聞こえたが気にせず、力を込めていく。真人は歯を食いしばり、目を瞑った。
なにが本物だ。なにが妻のためだ。
ハンバーグステーキセットを食べて思い出したんだろう。
なのに……
なぜ、審査員が自分の腕を掴んだ時に振り払わなかったんだ。
なぜ、店主が襲ってきた時に逃げようとしたんだ。
結局、なに一つ守れなかった。
プライドも大切な人も。
だからいっそ、この手で……壊す。
決心した真人は目を開いた。すると、すみれも目を開けていた。
苦しいのか、瞳一杯に涙をため、こちらをじっと見つめている。抵抗は一切なかった。体力がないのかもしれない。
やがて口を開いて、なにかを真人に語りかけている。
「ごめんね」確かにそう告げていた。
真人は驚き、手の力を緩めた。そのまま後退して、床にへたり込む。目の奥からじわり暖かい感覚が押し寄せた。涙だった。目の淵で堪えきれなくなった涙は、零れて頬を伝う。
ようやく声を上げて泣けた。
結局全てが中途半端だった。
勇気を出して自分の意見を通すこともできない。
妻を救うこともできない。
壊すこともできない。
なにも解決できない、なにも前進しない。
それなのに生きていた。
今日だって何食わぬ顔して、テレビ局を歩いている。番組は降板せず、相変らず威張り散らしている。さすが『紙の料理』ブームも沈静化したら取り巻きの数は減った。
どうせ楽屋へ行けば今日も満男がたむろしているのだろう。十週勝ち抜けしてからも、我が物顔で楽屋に居座っている。ふてぶてしい人間だ。軽蔑に値する人間だ。
しかし、自分だって変わらない。軽蔑に値する人間だ。
だから、自分もふてぶてしく生きていくことにしたのだ。
楽屋の前に取り巻を待たせて、真人は室内に入った。
ドアを閉めた瞬間、後頭部に強烈な衝撃を受けた。一瞬にして目の前が暗くなった。
再び目を覚ますと、数人の人間に囲まれていた。
焦点の合わない窪んだ瞳にだらしなく口を開け涎をたらしている。
「出せ……早くだせよ……」
どこかで聞いたことのある言葉だった。病室で聞いた妻の言葉だった。ようやく真人は理解した。『紙の料理』の被害者だ。
「まってくれ、俺だって被害者なんだ」心で叫ぶが、彼らには届かない。
『紙の料理』が楽屋にないことがわかると、彼等はポケットから刃物を取り出す
空ろな瞳、だるそうに足を引きずりながら近づいてくる。
懇願も祈りも届かない。
彼等は本物の中毒者だった。
壁に貼ってある番組ポスターに血しぶきが飛び散る。
ポスターには真人が精悍な顔立ちで映っていた。
キャッチコピーはこれだ。
「本物とは常に正義であり、絶対的価値観である」
ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬう……ちょっと休憩。