10/15 22:14 コトダマ執筆編⑭
今回のコメント
14000文字超え!
どれを削ったらいいのだ……
(最後まで書いてないのに心配する人)
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「さぁ、今日が番組初の十週勝ちぬけという記念日となるのか? 最後の挑戦者は自ら番組に挑戦状を叩き付けた老舗洋食屋の店主です!」
番組的には完全にかませ犬だった。しかし、真人にとっては別の意味を持っていた。最後に引き返すことの出来るチャンスである。
番組収録が始まってからも、店主は真人を真っ直ぐ見つめていた。彼だけが本島夫婦の歴史を記念日ごとに知っている人間だった。その人間までも欺くのか。真人の頭の中は真っ白だった。
挑戦者の料理が運ばれてくる。ハンバーグステーキセットだった。ゆらゆらと湯気を放つ皿に乗ったハンバーグ。やや黒いデミグラスソースがかかって、上には目玉焼きが乗っていた。箸が置かれているのもそのままだ。
ハンバーグへ箸を入れるとあの繊細な感触が手に伝わってきた。口に入れるとコショウの利いた濃い味が広がる。いつしか夢中になって真人は口に運んでいた。
味が、香りが、感触が、真人の感覚という感覚が記憶を呼び起こした。
はたと気づき前を見ると、少し呆れながらも微笑むさなえの姿が見えた。
真人はハンバーグの一片をさなえに差し出した。すると満面の笑顔になるさなえ。自分にはこれだけの幸せな時間があったのだ。戻ろう。あの時信じた自分に。自然に目に涙が溢れ、零れ落ちた。
同時に差し出されてハンバーグは床に落ちていき、さなえの姿は消えいた。
「おおっと、本島さんが不味いとばかりにハンバーグを床へ放り投げたぞ!」
司会者の声に真人は我に返った。慌てて涙を拭う。
「涙まで流している! これは『紙の料理』の勝利を確信しての感涙か! 確かに長かった。この十週色々な困難がありました!」
声をはって盛り上げる司会者。観客もハンカチをだいて目頭を押さえている人もいた。隣の審査員は「やりましたね」と言って、真人の肩を掴んだ。
真人はすぐに店主へと顔を向けた。店主はうな垂れたまま、こちらを見ることはなかった。
否定したい気持が抑えきれなかったが、司会者が次へと進行したので、タイミングを失ってしまった。まだ間に合うと真人は考えていた。
数分後、判定の時間になった。早々に審査員二人が『紙の料理』を上げた。このままいけば『紙の料理』の勝利が決まってしまう。
最後に残された逆転の方法は真人の「本島印」を出すことだった。両者引き分けに持ち込むのだ。真人は生唾を飲み込んだ。手が震え、足も震えだした。手を交差させれば済む話だ。ゆっくりと手を挙げた。
「さぁ、食に新しい一歩を踏み出しましょう!」
隣にいた審査員が真人の腕をつかんだ。そして導くように『紙の料理』というボタンを押した。
同時に天井につけられたくす玉が割れ、紙吹雪が舞い散った。
歓喜の中、皆が真人に握手を求めた。ただ漫然と握手を受ける。放心状態が余計に周りの人間にはリアルな感情として伝わり、涙ぐむものまでいた。
ついに超えてはいけない一線を越えてしまった。喪失感が真人を襲う。大切な思い出まで捨ててしまった。もう、戻れない。
真人は拍手で見送られ、一歩また一歩、たどたどしい足取りで前に出る。もうどこに向っているかもわからない。スタジオを出ようとしたところ、挑戦者である店主が真人に近づいた。彼の手には包丁。観客や番組スタッフは悲鳴を上げた。店主は一気に詰め寄った。
おぼろげに見つめる真人。包丁を見た瞬間、我に返った。反射的によろよろと逃げようとした。動かした足はもつれ、その場に倒れてしまった。しかし、倒れたことが効して包丁をかわしてしまった。次の瞬間、囲む番組スタッフ。店主は床に取り押さえられた。押さえつけられながら店主は叫んだ。
「なにが本物だ! お前と紙の料理のせいでウチの料理が偽物扱いになったんだぞ!」
妻のために作った『紙の料理』、レストランの味そのままだった。『紙の料理』が影響で彼の料理が全否定されたのだ。
泣きながら喚く店主を見ながら、真人はなにも言えなかった。
ぐぬぬぬぬぬぬぬぬう……更新は1~2時間後