入隊試験3試合目その1
少し長いので2話に分けて投稿しようとおもいます。
今回は短いです。
第二試合も終わり、シュラにローブを着せて手を繋いでエリミア達の方へと歩いて行った。
近寄ってきたエリミアは心配そうに首を傾げていたけど、私が大きく腕で丸を作ると嬉しそうに顔を綻ばせて抱きついてきた。
ついでにクオや傍に居たシュラも抱き着いてきた。何この可愛い生き物たち。さすがに三人を抱きしめるには腕の長さが足りないから順番に頭を撫でていく。
「合格したんですねっ!よかったです…本当に心配しました」
「マスターなら合格すると思っていたぞ」
「しゅらもがんばったの!だからあしゅりーどもなでなでするの!」
シュラがそう言うと、クオがエリミアを肩に乗せシュラを抱えて三人で頭を撫でてくれた。
可愛すぎてマジでやばい。もう癒しそのものだよ、この子達。
嬉しすぎて変な声が出そうになる。とりあえずお礼だけは言おう。
「ありがとう。だけど、まだ最後の試験が残ってるから頑張ってくるよ。終わったら皆でお祝いしようか」
終わったら夜になっているだろうけど、皆で買い物に出て好きな食べ物を買って、細やかなお祝い。ケーキでも作ってあげようか。
想像するだけで楽しそう。思わず顔が緩む。すると三人共耳まで真っ赤になって勢いよく抱き着いてきた。
さすがにいきなり過ぎて受け止めきれず、そのまま地面に背中から倒れてものすごく痛い。それよりも頭の方が痛いけど。
必死に痛みに耐えながら三人を抱き留めていたら、さらに力強く抱きしめられた。背骨と肋骨が折れそうなぐらい抱きしめられる。体中からボキボキと嫌な音が鳴った。
「ちょ、ちょっと!折れる折れる、骨折れる!痛い痛い痛い痛い!!」
抱きしめていた本人たちは私の悲鳴でようやく気付いたのか、慌てて放して私の体の上から移動した。
ため息をつきながら起き上がって痛む箇所を触ってみる。微かに痛いけど、すぐに収まるだろう。
仲間に殺されかけてるって大丈夫なんだろうか、私。むしろ仲間の方が敵より危険か。気を付けよう。
「ご、ごめんなさい…嬉しくて、つい力を込め過ぎてしまいました」
「すまない、怪我してないか?大丈夫か?」
「ふみゅ…ごめんなさい…」
心配してくれるクオに、照れながら謝ってくるエリミアに、涙目で肩を落として正座しているシュラ。
うん、一瞬で怒りが心の奥底に沈殿した。とりあえずエリミアから順番に頭を撫でて三人を一緒に抱きしめる。私の大事な仲間は、まるで天使。癒しそのもの。可愛いわ~。
だけど、やっていい事と悪い事の区別はしないと駄目だから
「はしゃぎすぎは禁止!」
そう言って抱きしめていた腕を放して順番に額にでこピンをした。
「ぴっ!」
「たぁっ!」
「いたっ!?」
結構力強くやったせいか、三人共奇声を発した後涙目のまま額を擦っている。今回はこれでよしとしよう。
本人たちは何故でこピンをされたのか分かっていない様子だったけど、後々分かることだろう。
そういえば、いつになったら3試合目を行うんだろうか。もう始めてもいい頃だと思うのだけど。
休憩時間なのだろうか。不思議に思っている所へ、エリク様がこちらに歩いてくるのが見えた。
立ち上がって見よう見まねの臣下の礼をすると、エリク様は微笑みながら私に小さなナイフを差し出した。
「……これは?」
とりあえずナイフを受け取ると、彼は一枚の紙を取り出して読み上げ始める。
「アリア専用寝具一式、50000エルド。部屋の修理代、700000エルド。通路の特殊窓、20000エルド。その他もろもろで、合計357000エルド。皆さんが壊した物の合計金額です。これは平民が一生働いても返せない値段です」
「……はい?」
「そして、ついさきほど珍しい魔物が現れました。めったに現れない魔物です。その魔物を倒して皮や鱗を持って来れば、試験は合格にし、この金額全てを返済したことにします。というか、この魔物の素材は返済してもお釣りが来ますので報酬も用意しますよ」
「え、あの、ちょっと待ってください!話が見えないんですが…」
私の声を無視して、どんどん話を進めていくエリク様に戸惑いつつ、私は声を掛けた。
だけど、彼は無視をしたままどんどん話を進めていく。
話をすべて要約すると、こうなる。
「君たちの壊したものって相当高いんだよね。普通の人が一生かけても払えないぐらい。で、ちょうどさっき珍しい魔物が現れて、そいつを倒して持って来れば借金は無し。反対に報酬をプレゼント。でも、試験だから条件はつけるよー。まず、武器は渡したナイフのみ。魔法はあり。ただし肉体強化系の魔法は駄目。それ以外は自由。どうやって倒すかは、君しだいさ♪」
ちなみに、魔物はどんな魔物なのか説明してもらったところ……。
ファンタジーでは定番中の定番の、ドラゴンさんだという事がわかった。前回出たのは赤色で、今回は青色のドラゴンらしい。
もしドラゴンとエリク様が戦ったら、エリク様が本気を出しても手こずる相手だそうだ。
正直言ってもいいだろうか。
私に死んで来いと言ってるんですか?
さすがに本音は言えないから、「何故ナイフのみなんです?」と聞いてみれば、王様が
「二体も人型の精霊がいれば十分だろう。やらせてみろ、見事に倒して帰ってくるのに3000エルド掛けよう!!」
と、言ったかららしい。とりあえず、戻ってきたら王様を殴ろう。そうしよう。
命のやりとりに金を掛けんな!!と本人に言わなかった私を誰か慰めてほしい。
エリク様は若干申し訳なさそうな顔をしているけど、無慈悲にも私にこう言った。
「試験なので、制限時間も設けます。日が完全に落ちるまでに倒してこなければ、試験失格です」
「ひどい!!もう夕方ですよ!?初めての相手にナイフ一本とか死にますから!」
「マスター、どうどう」
その後、ドラゴンの現在地を教えられ、クオ達に引き摺られながら連れて行かれるアシュリードをその場にいた兵士達は哀れむ目で送り出したのだった。
王都へと続く街道を横に逸れ、深い森の奥へと進めば隣国との国境の堺が見える。
その国境の堺の手前で右に曲がり、さらに森の奥へと進めばそこが目的の場所だった。
まだ日が上がっているはずなのに、高い樹のせいで日光は遮られ、辺り一面薄暗い。
地面は日光が当たらないせいで少し湿っぽく、草ではなく苔が生い茂っている。油断すれば滑るかもしれない。
まぁ、魔法が使えて空も飛べる人には関係ない話ではある。
「零香……いつまで拗ねてるつもりですか?」
周りに人が居ないためクオは本当の姿に戻り、私はクオの尻尾を抱きしめながら俯いていた。
エリミアが呆れた様に私の名前を呼んだけど、無視して尻尾を抱きしめる。
さすがに私も子供っぽいことをしていると思っている。だけど、やめる気はない。
『今はそっとしておいてやればよい。戦闘になれば無理やりにでも戦わせればいいだけの話だ』
「クオ、貴方のデザート無し」
『それはひどいではないか!だがマスターが戦わなければ意味がないのだから、仕方のない事だろう?!』
そうなのだ。私が、ドラゴンを倒したという証拠がなければ試験合格とはならないらしいのだ。
つまり、最後のとどめは私が決めなければいけない。そして、ドラゴンを持って帰らないといけないのだ。
失敗すれば頭からバリボリと食われる可能性有りと、クオとエリク様に言われてからちょっと怖い。
例えるなら夜中にホラーゲームをしている途中で、暗い廊下を通ってトイレに行く感じだ。
目の前は暗く、背筋が少し寒く感じるあの雰囲気。
「怖い怖い怖い怖い怖いっ!頭からバリボリとか嫌ぁ!!せめて腕からがいい!!」
『そもそも食われる前提の考えを捨てろ!!』
「あんな話聞かされたら、そんなの無理に決まってるでしょうが!!」
「確かにあのお話は怖かったですよね」「ねー」
『すっすまないと思ってはいるんだぞ?』
「思ってても意味ないから」
そんな会話を繰り返していた時、遠くから獣の声が聞こえてきた。
クオが立ち止り、頭を上げて目を閉じ何かを感じ取っている。
数秒たったのち、獣の声と樹が倒れる音と大きな足音がこちらに近づいてきた。
『どうやら向こうからおでましのようだ。来るぞ』
「気持ちの整理が終わってないんだけど…仕方ない。皆、サポートよろしく!」
「了解しました」「あい!」『承知した』
ナイフを懐から取り出し、クオの体から飛び降りると同時に目の前の巨大な樹が倒れる。
驚くのもつかの間、目の前に現れたのは予想より遥かに巨大な、
空想上の生き物だったドラゴンであった。
ドラゴンはその青く巨大な体を震わせ、赤く鋭い瞳で私を睨んだ。
その威圧感に負けそうになるが、負けじとこちらも睨み返す。静かにナイフを構え、息を潜めていく。
緊迫した雰囲気を壊したのは、ドラゴンの方だった。