入隊試験1試合目
食堂は意外と近い所にあった。私たちが出た第二隊専用修練所から、歩いて30mぐらいだろうか。平たい一軒家みたいな場所が食堂だった。目印は包丁と皿のマークの赤い看板だ。
入ってみると昼時だというのに人があまりいない。3、4人が一つのテーブルを囲っているぐらいだ。
とりあえず入口近くの席に座り、テーブルに倒れこむ。木で出来た木製のテーブルは微かに冷たく、高い体温を少し下げてくれる。
涼しいなぁと思っていると、目の前に水の入ったグラスが勢いよく置かれた。
驚いてすぐに起き上がると、金色というよりパステルカラーの黄色の髪を、サイドに一つ結びした40代ぐらいのふくよかな人が立っていた。
エプロンをつけているのを見ると、ここの従業員の人なのかな。お礼を言おうと口を開いた瞬間に彼女の方から大きな声で話し始めた。
「アンタ新人かい?礼儀という物がわからない年頃ではなさそうだけど、顔ぐらい見せたらどうだい。他の奴らもそんなフードなんて取っちまいな!食事をする時にはマナーっていう物があるだろうが!」
いきなりの怒声に一瞬身が竦む。確かに顔を隠したまま食事をするのはマナー違反だけど、フードを外せばこの黒い髪がバレてしまう。だけど、外さなければ従業員や料理人に失礼にあたる。そもそもマナーという言葉が異世界にもある事に驚いたが、それはおいておこう。
どうしようかとフードに手を掛けたまま悩んでいると、膝の上にいたエリミアが私をよじ登って肩の上に立った。
エリミアの事が見えていなかったのか、私の肩の上に立ったエリミアを見て彼女は「あら、お嬢ちゃんもいたのかい」と声を漏らした。
エリミアはその言葉に頭を下げ、テーブルの上へと飛び降りる。テーブルへ降り立ってスカートの裾を持って、エリミアはもう一度頭を下げた。
「申し訳ありません。彼は変わった容姿のため、昔から他人に顔を見られる事を拒んでいるのです。他の方も同じです。失礼である事は彼らも重々承知でございます。ですが、どうかお許しください」
エリミア、ナイスフォローと心の中で呟きながら、私もエリミアに習って席から立って彼女に頭を下げる。
頭を上げる時、大げさな動作で顔を上げると私の髪が見えたのか、彼女は目を見開いて口元を手で隠した。
私はそっと口元に人差し指を当てて、微笑む。
「理由はこの子が話した通りです。明日からは自室でとろうと思っているので、今日だけは許していただけませんか?あっ後…今さっき見た物は秘密、という事にしておいてください」
そう言うと、彼女は苦笑いしながら注文をとって奥のほうへと姿を消した。不安だったが、一旦席に座る。
そしてテーブルに倒れこんだ。今更冷や汗が出始める。
「はぁ…なっ、何とかなったのかな?」
「少し不安ですが、たぶん大丈夫だと思います。納得してくれたと思いますよ」
「そうだといいなぁ…あっ、フォローありがとうね」
そう言ってエリミアの頭を撫でると、彼女は頬を朱に染めながら嬉しそうに微笑んだ。
可愛いなぁと思いながらずっと撫でていると、後ろから扉が開く音が聞こえてきた。
振り返ってみると、エリク様やリュナミス達第二隊のメンバーが入ってきていた。白い隊服をきっちりと身に着けている。
彼らに手を振ってみるとすぐに気が付いて、私達の席を囲むようにそれぞれ別々に座った。
彼らが座ると、今さっき注文を聞きに来た彼女が料理を乗せたトレイを持って現れ、私達のテーブルにどんどん美味しそうな料理を乗せていく。
思わず涎が…じゅるり。
「注文されたもんはこれで全部だよ。後で果物とかも持ってくるからさっさと食べな」
「えっ?果物は注文してま「あたしからのサービスさ。いきなり怒鳴っちまったおわび!」
「ひょわっ!?」
また苦笑いを浮かべながら全ての料理を乗せ終えた彼女は、いきなり私の背中をバンッと音が出るほど叩いた。
いきなり叩かれた事とその痛さに変な声が出てしまった。急いで口を塞いだけど、周りの人が笑いを堪えているあたり、しっかり聞かれていたようだ。恥ずかしい。
叩いた本人も後ろで爆笑している。
「はははははは!!!まぁ、そういうわけだからありがたく食べときな!代金は取らないからさ」
そう言って彼女は別のテーブルへと注文を取りに行った。豪快な人だなーと思いながら背中を撫でる。
絶対に背中に赤い紅葉ができてるだろうな。今さっきから叩かれた場所がヒリヒリして痛い。
横からクオが心配して叩かれた場所を擦ってくれたけど、当分この痛みは消えてくれそうにない。
「とりあえず食べよう。時間もあんまり無いし。クオありがとう、もういい」
「む、そうか。痛みが続くようだったら言ってくれ……シュラ、我の肉食べたな?」
「ふへ?たべてないよ?ぼくずっとぱんたべてた…いひゃいいひゃいっ」
「ほほぉ、おかしいな、その口から出ている骨はなんだ?お主が頼んだのは骨付きではなかっただろう?」
シュラの頬を引っ張り、微笑みながら怒っているクオに苦笑しながら、とりあえず場を収めるために私の分のお肉をクオに分けてあげた。
まぁ、その分けたお肉はエリミアの口の中に消えてしまったが、気が抜けて楽しい昼食だった。
昼食の代金は、予想以上に金額が大きくてエリク様に借金をしてしまった。王子に借金をするって、なんだか情けないなとため息が漏れたのは、秘密だ。
早く働いて給料が欲しい。
食事を終えて、第二隊のメンバー全員で試験会場である訓練場へと向かう。
とは言っても、訓練場は食堂を出て裏道の一本道を通った先にあるから距離としては近い。
私はその訓練場に着くまで、頭の中でイメージトレーニングをしていた。クオにお姫様抱っこしてもらって、だが。
一応、これには事情がある。実はイメージトレーニングをし出したのは食堂から出て「よし、訓練場へ行くか!」という時だったのだけど、考え始めたら周りが見えないタイプで、一歩足を前に出した瞬間転んだのだ。
周りの人たちが驚く中、私自身も驚いた。まさか転ぶとは思っていなくて、恥ずかしくて顔をフードで隠した。
そこで、クオが怪我をしては危ないからと抱きかかえて運んでくれる事になったのだ。
それが今の状態である。
「傍から見たらただの不審者だな、お前ら」
抱きかかえられた姿を見てリュナミスが呟いた。私もそう思う。だって、二人とも茶色いローブを着てフードで顔を隠してるし、傍から見たら不審者そのものでしょう。
だけど、知るかそんなもの。私は今、命の危険をどう回避しようか考えているんだ!
数分ほど歩いてようやく考えもまとまった頃、ちょうど訓練場に着いたようだ。
訓練場は傍から見ればただの広場だった。だけど、端に立っている藁の案山子群や丸太に刻まれた鋭い傷跡を見れば自然と訓練場なのだと実感できた。
訓練場のちょうど中心には、謁見した時の恰好とは違い、軽装の王様とアリアちゃんによく似ている少女が立っていた。アリアちゃんより少し年上に感じるから、お姉さんなのかな。
ただ、ピンクのフリフリドレスに剣は似合わないと思う。
「父上、母上」
エリク様がそう言って王様達の方へ走っていきました。その間にクオの腕から降りたんだけど、聞き間違いでないならエリク様は今「父上、母上」と言ったよね?
どこに母親がいるんだろう。そう思っていたら、少女がエリク様に抱き着いて
「お帰りなさい、愛しい私の子。無事に帰ってきてくれて母は嬉しいです」
と涙を流している。衝撃を受けた。見た目10歳ぐらいの少女がエリク様のお母様!?両親そろって美形で年齢詐欺なんじゃないかと思う。いや、もしかしたら王様がロリコンというのもありえるのか。
まじまじと少女の様子を見ていると、彼女もこちらに気付いたのか目が合った。
目が合った瞬間、まるで野生の猛獣に狙われている様な感覚がした。咄嗟に身構える。
すると少女は目を見開いて、まるで面白い物を見たかのように笑い出した。思わず口がポカーンと開いて唖然とする。
「そこの貴方が試験を受ける方なのかしら?」
「はっはい!アシュリードと申します」
急いで膝をついて頭を下げると、彼女が近づいてきて軽く頭を撫でられた。えっなんで頭撫でられたの?と思いながら顔を上げると、ニコリと満面の笑みで彼女はこう言った。
「最初の試験は私が担当いたします。容赦しませんので、貴方も殺す気でかかってきなさい」
王妃様、恐ろしい事を言わないでください。傷一つでもつけたら私死ぬかもしれないんですよ。
だけど本気でやらないと試合の途中で殺されるかもしれないから、とりあえず「わかりました」とだけ言っておいた。
もう一度私の頭を撫でて王様の所へ戻っていった王妃様でしたが、王様にものすごい形相で睨まれた。
まるで「お前、傷一つでもつけたら俺自身が殺してやるからな」と言っている様で、怖くてクオの背中に隠れた。あの目は絶対にそう言っている。
そうしたら王妃様が満面の笑みで王様の足を勢いよく踏んだ。思わず小さく叫んでしまった。
王様が綺麗な顔を歪ませて踏まれた足を押さえながら蹲っているが、王妃様は無視してさっさと王様を別の場所に移動させていた。その様子をただ傍観している兵士の人達を見るに、これは普段から行われている光景なんだろう。
王様の手綱というか首輪を握っているのはいつも王妃様か。
苦笑しつつ遠目で見ていると、エリク様がこちらに手招きした。どうやら始まるらしい。
いつの間にか沢山の兵士らしき人たちが中心を囲むように半径5m以上離れた場所に立っている。
気を引き締めつつ訓練場の中心まで歩き、王妃様の目の前に立つ。
王妃様はドレスのままでやるらしい。動きづらくはないのだろうか。まぁ本人がその恰好のままだからいいんだろう。
エリク様が差し出してきた剣を受け取ると、軽く振ってみる。少し重い気がするけど、両刃ならこんな物だろうと左手に持つ。
「それでは試験を開始します。両者準備はいいでしょうか」
「はい」「私ならいつでもいいわよ」
ニコリと微笑み続けている彼女の瞳から、強い殺気を感じる。これは最初から本気できそうだ。
冷や汗が止まらない。だけど、表情だけは余裕があるように見せる必要がある。そうしないとプレッシャーで自分自身が押しつぶされてしまう。
エリク様が右手を上げる。私たちは同時に剣を構える。そして、腕が振り落される。
「―――始め!!!」
まずは相手に誘導権を取られないよう、先手を打つ…!合図と同時に彼女に切りかかる。
だがそれより早く彼女が動く。素早く私の懐に入ってきて剣を突き立てようとしてくる。
咄嗟に後ろに下がり、難を逃れるが、一瞬にして間合いを詰めてくる。早いっ!!
「ほらほらどうしましたの?もうちょっとできるかと思ってましたけど、このぐらいですの?」
残念そうにため息をつけながら彼女が切りかかってくる。それを刃で受け止めニヤリと口角を上げる。
何度か打ち合い、彼女の剣を弾くと素早く後ろに大きく下がり、体勢を低くして両手で剣の柄を持つ。
「さぁ、それはどうでしょうかね」
「ふふふ…余裕ぶってるわりには手が震えてるようですわよ。怖いのかしら?」
「正直に言えば怖いです。えぇ怖いと思っています」
素直に打ち明ければ、彼女は高らかに笑う。見た目は少女だというのに、仕草は完全に大人の女性だ。
馬鹿にする様に笑う彼女を見て私は小さく笑う。
「このぐらいで怖いと言っていては戦いの場では死にますわよ。貴方は試験失格かしら」
「はははっ!何を勘違いしていらっしゃるのかはわかりませんが、私自身は戦いで怖いと思った事は一度もありません」
「はっ?」
驚く彼女を今度は私が高らかに笑う。男らしく笑うって難しい。だけど、言った通りなのだ。
今まで経験した戦いで『私自身が傷つく』事が怖いと思った事はないのだ。他人が傷つく事を恐れはしたが、自分自身は別にどうでもいいのだ。今回だってそうだ。
「私は貴女を傷つけてしまうのではないかと…そういう意味で怖いと思ったのですよ」
「何を言って…っ!!」
一瞬で彼女との距離を詰める。油断したのであろう、反応が今さっきより遅い。
剣で防ごうとしても遅い。私は剣を左手で持ち直し彼女の足を払う。体勢を崩す彼女の首を右手で持って地面に倒す。
そして、倒れた彼女が受け身を取ろうとする前に剣先を顔面に突きつけた。横から王様の怒号が聞こえてくる。おぉ、怖い怖い。
目を見開いて呆然と私を見る彼女に向かって、私は微笑む。
「すみません、傷つけないようにするにはこれが手っ取り早いかと思いまして、手荒な真似をしてしまいました」
剣を下げつつ彼女の首から手を放すと、横からものすごい勢いでタックルされて体が吹っ飛んだ。
誰か知らない人に受け止められて元いた場所を見れば、王様が王妃様の体抱き上げ頭や腕や足などを検査していた。
王妃様はされるがままである。愛されてますね~王妃様。ほほえましい光景だと思いながら二人の様子を見ていると、いきなりこちらを見た王様にすごい形相で睨まれた。思わずびくっと体が震える。
王様の後ろからなにやら黒いオーラが見えるのは私だけだろうか。冷や汗があふれ出る。もしかして、やりすぎた?
後ろで私を支えていた人がポンポンと私の肩を叩いた。振り返ってみると、後ろにいたのはリュナミスだった。
「リュ、リュナミス!?」
「大丈夫か?怪我はないだろうな」
飛び跳ねて彼から離れながら何度も頷く。うわ~ちょっと恥ずかしい。顔が少し火照ってくるのが自分自身で分かった。今たぶん顔が赤いはず。
彼はため息をつきながら「そうか…」と言って頭を撫でてきた。無表情に近いけど、その目は安心したみたいに緩んでいる。
「あっありがとうございました…」
「いや、別にかまわない。それよりも後ろを振り返ってみろ」
そう言われて不思議に思いながら後ろを振り返ると、黒いオーラを放出しながら両手に炎を灯している王様が立っていた。その目は獲物を狙う獣だ。
そしてその獲物は私。もう空笑いしかでない。
「さぁ、アシュリード。次の試験を始めよう。大丈夫だ、殺しはしない。半殺しにはする」
「半殺しにすることは確定なんですね!!抵抗ぐらいはさせていただきます」
私は立ち上がり王様に近づきながら手に意識を集中する。そして、頭の中で氷の槍を思い浮かべる。
徐々に氷の塊が掌に浮かび上がり1m程度の氷の槍が出来上がる。それを頭上高く持ち上げる。
エリク様が慌てて腕を上げ、振り落とした。
「第二試験、始め!!」
ちょっと試合の場面が短かったかもしれないですが、次回は試合がメインのお話になると思います。