王都エ・レーラ2-3
ミケルさんの知らなかった秘密を聞いた私は、若干戸惑いつつもエリク様に先導されて城の中を案内されていた。
私が「ここがどこか分からないのですが」と言ったら、彼が「修練所に行くついでに色々と案内しましょう」と提案してくれたのだ。
ミケルさんは仕事があるからと、途中で別れた。試験の時には必ず顔を出すらしい。
いや、仕事があるならわざわざ見に来なくてもいいと思う。が、何故か目を輝かせながら
「楽しみですねぇ。特例の試験ですから、そうそう見る機会がないのですよ。アシュリードさん、期待していますよ」
と言われてしまっては、見に来なくてもいいですから、とは言いづらかった。
むしろさらにプレッシャーがのし掛かった。まだ始まるには時間があるのに心臓がパンクしそう。
胃もかなり痛くなってきた。誰かに期待される事に慣れてないから、精神的に死にそう。
料理やお菓子作りならまだいいけど、得意分野ではない所で期待されるとネガティブ思考になる。
そんな私とはうって代わって、あの話を聞いてテンションが上がっている後ろの三人。
「ぼくたちもしけんうけるんだよね、ね?」
「試験は受けるが、我らはマスターに仕える身。隊の方には無名で登録されるそうだ」
「その方が動きやすいからいいですよ。そういえば、試験を担当する人はどうなるんでしょうか」
「マスターは国の王達が担当するが、我らはあの男らしいぞ」
それだけで察したのか、エリミアとシュラは何度かクオに頷いてみせた。
誰ですか、あの男って。とりあえず三人共知っている人物である事は察した。
そう考えると私にとっても身近な人物なのかもしれないが、今はそんな事を考えている暇はない。
確か試験の内容は1対1の模擬戦で3回行われる。1試合目は剣のみを使用した試合。2試合目は魔法のみを使用した試合。最後は剣と魔法両方を使用しての持久戦だったはず。
1試合目は多分王妃様だろうから、攻撃を回避することを優先しよう。
2試合目は今度は王様だろう。持久戦になりそうだけど、弱点を見つけられればなんとか凌げるかもしれない。
問題は最後の試合だ。どちらが担当するかは分からないけど、用心しておくに越したことはないと思う。
でも、観客がいるらしいんだ。兵士の人達とか今さっきすれ違いざまに
「おっ、アンタがアシュリードっていう新人か!昼の試合、見に行かせてもらうぜ」
とか笑いながら言われたんだ。どうやら、ミケルさん以外にも人は来るらしい。
私に対する精神ダメージがドンドン蓄積されていく。吐血できそうなぐらい胃が痛くなってきた。
そんな私を見て何を勘違いしたのだろうか、エリク様は「すぐに着きますからね」と早歩きになった。
いや、エリク様違うんです。別に道案内に苛立ってたわけじゃないんですよ。そんなに急がなくてもいいですからー!
「もうヤダ今すぐ死にたい」
「このぐらいで死のうとするなよ・・・フッ」
緊張とプレッシャーから壁に手を付いて落ち込んでいる私に、リュナミスは淡々と剣を振りながら答える。
今、私たちがいるのは私が配属される事になる第二隊専用の修練所だ。
ここは訓練所とは違って基本的な動作を復習する場所なんだそうだ。今は、私とエリク様と修練所にいた数名の兵士さんとリュナミスしかいない。全員零香を知っている人達だけど、他の隊の人も時々訪れるらしいので、男装男声のままだ。フードも被っている。
エリミアとシュラは外で遊んでいる。クオは二人が何をしでかすか分からないので、監視役としてついていかせた。
そして、今に至る。
「死にたいですよっ!王様と王妃様が試験担当だなんて・・・体に傷でも付けたらそれこそ処刑されそうですよ!?それならまだ自分で首でも切って死にます」
「ハッ、お前が王と王妃に傷をつけるなんて、夢のまた夢だ。大丈夫、もし付けたとしても処刑はされないだろう。牢に入れられるかもしれないがな」
「牢に入れられるのも処刑されるのも嫌ですから!うわぁ・・・誰か代理で出てくれないかなぁ・・・」
すがる思いで兵士さん達の方を見ると、一斉に私の目から顔を背けた。
その反応に少しショックを受ける。そこまでしなくてもいいじゃない・・・。
また最初と同じように壁に手を付いてため息をつく。もう心を決めて、自分の首を絞める覚悟をしておかないといけないな。
ポジティブに考えよう。こんな機会は滅多に無いんだ。むしろ楽しめ。
自分の心にそう念じ始めた時、軽く肩を叩かれた。後ろを振り返ってみると、天使の笑みを浮かべたエリク様が私の肩に手を置いたままこう言った。
「大丈夫ですよ。たとえ重傷になっても魔法ですぐ治せますから、思う存分やってヤられてください」
一瞬何を言われたのか理解できず首を傾げていると、苦笑いを浮かべながらリュナミスがエリク様の横に立った。
「殿下、それ死んでこいって言ってるも同然ですよ」
「えっそうなんですか?父上や母上と訓練する前に、毎回ミケルが言う言葉を真似ただけなんですが・・・」
うん、理解した。ミケルさんは鬼だということを。とんでもない鬼だという事を。
たぶん自分の仕える人でも危険な場所に連れて行って、満面の笑みを浮かべながら「イッテらっしゃい」と背中を押すタイプだ。イッテらっしゃいは、もちろん逝くの方で。
そして、そんなミケルさんと同じぐらいの実力を持つ王妃様。・・・・・・怖っ!!
想像して背筋が少し寒くなった。よし、頑張って死なないようにしよう。できるだけ相手に傷を付けないようにして。
決心がつくと、案外何でも耐えることが出来るんだなぁと思った私であった。
今のところ胃の痛みは収まった。ネガティブ思考もポジティブ思考になった。
このままなら、昼に行われる試験も大丈夫・・・だと思う。
だけど、やはりため息は出るものです。思わず深く出てしまったけど。
とりあえず気合を入れる意味も込めて両頬を強く叩く。少しヒリヒリして痛いが、このぐらいでいい。
「よしっ・・・リュナミス、私に剣の使い方を教えてください!」
私の言葉に、呆気にとられた顔になったリュナミスは少し顔に笑みを浮かべながら
「後数時間しかないが・・・いいだろう。俺の教え方は他の奴らより厳しいが、ついてこれるか?」
と言って、木刀を投げてきた。それを受け取りながら私は彼と同じような笑みを浮かべる。
「ついて行きます。どんなに厳しくてもきつくても、絶対にね」
「フッ・・・いいだろう。1時間で基礎全てをお前に叩き込む。お前には隙が多いからな・・・しっかり俺についてこいよ」
そう言って予備の木刀を構える彼を見て、私も同じように木刀を構える。
私たちから少し離れた壁際からエリク様の応援の声が聞こえてきた。
少し笑いながらその声に手を振ることで答えると、私は冗談を込めて
「了解です、上官殿」
と返事を返した。彼は笑いながら「厄介な部下の世話を任されたもんだな」と呟いたのが聞こえた。
厄介で悪かったですね。こっちには色々複雑な事情があるんですよーだ。
眉間に皺を寄せながら彼を睨むと、彼は何度か笑った後その顔から表情を消した。
本気になったのだろう。私も気持ちを切り替えて、木刀を握る手に力を込める。
「おしゃべりはここまでにしよう。――――行くぞ」
「はい!」
それを合図に、約1時間半の訓練が始まった。最初は剣の持ち方振り方を、リュナミスのお手本を真似しながら覚えていった。
それが終わると剣の避け方、剣での相手の攻撃の防ぎ方を習った。ここら辺りから手が痺れ始めた。
そして最後の10分程度の模擬戦。相手は隊の兵士さんの一人だった。
うん、正直に言っておこう。弱かったです。相手の剣を受け流して胴体に木刀を叩きつけたら、そのまま倒れてしまった。思わず「弱っ」と言ってしまったぐらいだった。
相手になってくれた兵士さんには、後でリュナミスが訓練をし直す事になるらしい。
とりあえず、相手になってくれた彼にはご愁傷様と祈っておこう。
「ふむ、なかなか筋がいいんじゃありませんか?初めてにしては上出来です」
「ありがとうございます。エリク様・・・でも、私が剣を持つのはこれで2回目なんです」
1回目はクロナとクロフと戦った時。あの二刀流が初めてだ。無意識に近い感覚でやったから、全然覚えていない。
『え~!?もしかしてボクを殺そうとしたあの時が初めて?!うわっビックリ』
「「!?」」
おっと、いきなり現れやがった。私の影からいきなり現れたクロフに、周りにいた全員が驚いている。そして、武器を構え始めた。それを慌てて止める。
「いきなり現れるなよなぁ、クロフ・・・すいません、突然驚かせてしまって。安心してください。今は敵じゃないですから」
『そうそう、敵じゃないよ。ごめんねぇーいやぁ、黙ってるのって案外暇でさ~。つい話に入りたくなったんだよ』
「現れるなら現れるで、一言いってから出てきなさい。私の影から引っこ抜いてどっかに埋めるぞ」
『うわぁ!!ごめん、次からはちゃんと一言いってから出てくるよ。だから追い出すのはやめて!』
くねくねと揺れながら謝ってくるクロフを睨んで、まぁいいかと許す。許すとクロフは喜びの声を上げながら私の周りをふよふよと飛び始めた。
訓練の後で疲れている私には、ものすごくうっとおしくて、思わず持っていた木刀でクロフを叩く。
『痛っ!そこまでしなくてもいいじゃないか・・・泣くよ』
「勝手に泣いてなさい。クロナ、ちょうどいいから出てくる?」
『は~い。バカ兄、何やってるのよ』
私の影からひょこっと体を出したクロナに、周りの人達は唖然として硬直している。
苦笑いしつつ、私は彼らについて説明する事にした。説明するとようやく皆武器を収め、そして呆れた表情を浮かべる。
エリク様とリュナミスは特に呆れた様で、二人に額にデコピンされた。
地味に痛かった。痛む額を手で抑えながら木刀をリュナミスに投げると、リュナミスが受け取る前に突然現れたクオが木刀を受け取った。
驚いていると、後ろからシュラとエリミアが元気よく手を挙げていた。
「あしゅりーど~おなかすいたー」
「ちょうどお昼になりましたので、呼びに来ました」
「マスター、食堂があるらしいからそこに行かないか?」
もうお腹が空いて早く食べたいのか、私を急かす三人に笑いが溢れる。
とりあえずクロフとクロナには私の影に戻ってもらい、エリミアにタオルを出してもらって汗を拭く。
食堂は全隊共有らしいから、この髪がバレないようにしないと。そう考えながらシュラやクオにもローブを着るように伝える。
二人も私と同じ茶色のローブを着て髪を隠すと、私はエリミアを肩に乗せて食堂へと向かっていった。
私達が修練所から出て行った後、残っていた隊の人達は何かを話し始めた様子だったが、気にしないことにした。多分私には関係ない話だろう。
昼御飯を食べたら訓練所に行って、入隊試験だ。頑張るぞ!