王都エ・レーラ2-1
翌日、予告通りクオに起こされた私は自分が寝ていたベットの大きさと、部屋の広さに驚いた。
まず、寝ていたベットは人が3人ぐらい寝ても平気なぐらい大きい。キングサイズより少し大きいくらいだろうか。
部屋の中は、ダイニングキッチンと私の身長と同じくらいの洋服ダンス。ソファに小さめの暖炉と、ウッドテーブルと5個の椅子。どこかのホテルですか?と聞きたくなるほどだった。
思わず呆然と部屋を見回していると、エリミアとシュラがエプロンを付けてキッチンの方から出てくる。
エリミアは初日に来ていた黒いワンピースに赤いリボンでツインテールにしていた。シュラはどこで手に入れたのか分からない緑色と茶色の服を着ている。まるで、小人だ。
二人は私に気づくと、走って私に飛びついてきた。
「おはようございます、零香」
「おはよぉー、れいか~♪」
「おはよう」
二人の頭を撫でながら、ふと自分が昨日と同じ格好だという事に気づく。
シャツに所々穴が開いているし、血が滲んで黒くなっている部分もある。お腹周りが一番ひどい。
これは洗っても落ちないだろう。リサイクルしようにも、まだ白い部分を油拭きの布にするぐらいしかできない。
思わず、ため息をついてしまった。すると心配そうな瞳で膝の上でゴロゴロしていた二人が見上げてくる。
「零香、まだ昨日の疲れが残っているのですか?」
「それともあのくろいやつらのせい?」
「疲れは残ってないよ。ちょっとこの服を見てね~…て、そうだ。あの玉が見えないんだけど?」
確か、一度起きた時はあった。枕の傍に置いてあったのを覚えている。
だけど、今は無い。見える範囲内には無い。どこに行ったんだろうと不思議に思いながら首を傾げていると、クオがため息をついた。
「クオ、どこに行ったか知らない?」
「…………そこの窓を見れば分かる」
そう言って近くの窓を指差すと、黒髪執事の格好になりソファに座った。
言われたとおりクオが指差した窓の方へ近づき見てみると、勢い良く窓を開いた。
窓を開いた先には巨大な樹の枝が伸びてきていて、その先に紐でグルグル巻きにされた状態で、探していた物が吊るされていた。
『ちょっと~!?何よこれ~!!』
『出せ、出せ、出せーーー』
「ここに吊り下げた人は誰?」
笑顔で後ろを振り返ると、恐る恐る片手を挙げる人が二人。エリミアとシュラだ。
お仕置きとしてこれから毎日朝食を作る係りに任命しておいて、吊り下げられた玉を回収する。
中で暴れまわっているのかずっと振動し続け、なかなか紐が取れない。
なかなか取れない紐と騒ぎまくる中身たちに思わずイラッとして、紐を取る作業を一旦中止して、球を両手でしっかり持って上下にシェイク。
『いたっ、いたっ!痛い!』
『いやぁあああああ!』
何秒かシェイクした後、暴れる様子がなかったのでようやく紐を取り終えることが出来た。
中に居る黒い物たちはぐったりと球の底で縮こまっている。
指で2回ほどノックをしてみるとようやく起き上がった。そこで私はニコリと微笑む。
「おはよう。気分はどう?」
『最悪に決まってるじゃないの!!』
『痛かった……』
ぶつぶつと文句を言い出す黒い物たちに、私は思わずため息をついた。
何故朝からこんな事をしなければいけないんだろう。そう思っていると、黒い物の片方が球の内側から壁を叩いた。
さらにもう片方が反対方向の壁を叩く。何がしたいんだろうかと、その様子を見ていると突然体当たりを始めた。
「えっ、ちょっと!何してるの!?」
『それはこっちの台詞だよ!なんでボクら閉じ込められてるのさ!?』
「いや、あなた達一応危険物…人物?に認定されてるから、あそこから連れ出すにはこうしないと説得力ないかな~って思って」
『……どういうことよ』
ピタリと体を止めた黒い物達に、意識を失っている間に行われた私とエリク様との会話を話した。
一応大部分納得したらしく、ようやく意識が落ち着いてきたようだ。
まだ納得していない部分があるらしいようだが。
『……なんで私達を助けるまねをしたのですの?』
『ボクらは魔物だよ』
そう聞かれると、少し回答に困ってしまう。ただ、あの瞬間思ったことをそのまま告げたほうがいいのだろうか。
私は少し悩んだ後、考えた言葉をそのまま彼らに告げた。
「願いを叶えてあげたかったから」
『『え…?』』
「貴方たちの本当の願いを叶えてあげたかったから、助けた」
そう思えたのは、レナードさんのお母さんと出会ったから。彼女は死ぬ直前まで、ただ息子に会いたくて生きていた。
彼女の記憶は全てレナードさんとそのお父さんの姿で埋め尽くされていた。
幸せな生活は、すぐに壊されてしまったけどその記憶があったおかげで、彼女は最後まで彼女のままで居られた。
彼女は少ししかない自分の命を使ってまで、息子に一目会いたかった。
彼女が魔物として死ぬ直前、私にこう言った。
「息子に会わせてくれて、ありがとう」
と、そう言いながら消えていったのだ。
だから、元人間なのだと気づいた時、彼女と同じように願いがあって今も生きているのだろうかと思ったのだ。
それが確かなら、その願いを叶えれば彼らは魔物としての人生に満足するのではないかと思ったのだ。
「意思疎通が出来るなら、私はこれからも魔物たちの願いを出来るだけ叶えるつもりです」
そういうと、数秒の沈黙の後、後ろから微かな笑い声が聞こえてきた。
驚きながら後ろを振り返ると、クオが口元を押さえながら笑いをこらえていた。
思わず顔がしかめっ面になる。
「クオー?文句があるなら言ってほしいんだけど」
「くくっ。いや、文句などありはしない。マスターはお人よしすぎるな、と思っただけだ」
「昔からよく言われる。お人よしで馬鹿みたいだって、自分でも思うときあるから」
本当に自分でも馬鹿みたいだと思う。だけど、やめる事は出来ないのだ。自然と、助けてしまうのだ。
だけど、そこが零香の美点でもあるね。と、親友は言ってくれた。
軽くクオのお腹を叩くと、クオは面白いものを見つけた様な顔で笑い続ける。
その笑いに釣られたのか、黒い物たちも笑い始めた。
『ふふふ…本当にお人よしさんね~。誰かに騙されたりしないか、こっちの方が心配するわよ』
『確かに、良い人すぎるよ。まぁ、そこが君の魅力でもあるのかな』
「零香の魅力は沢山あります」
「うんうん!いっぱいあるよ~。おかしをつくってくれたり、ふくをぬってくれたり、いろいろ!」
いつの間にかエリミアやシュラも参加して、少しの雑談会みたいな物になった。
黒い物たちを嫌っていたはずのクオも楽しそうに笑っている。
意外な側面を見たらしく、黒い物たちは「色々と複雑な気分になった」と口を揃えて言った。
そして、彼らは私に言った。ある事を叶えて欲しいと。
『人の恋愛について傍で学ばせて欲しい』
………さすがにどういう意味か聞いたけど、単に他人の恋愛感が知りたいらしく、私の傍なら学びやすいだろうという考えらしい。
そこでどうして私なのだろうかと思ったが、色々と力を貸してくれるらしいので、了承した。
クオやアリアちゃんに危害を加えないことを条件に出したが、本人たちが
『ん~、嫌われるのは嫌ですから危害なんて加えませんわよ~?あの子、可愛いんですもの』
『敵じゃないって分かったしね。ボクらの理解が足りなかったみたいで、ごめんね』
と自分たちから言い出したため、約束という事にしておいた。
クオもそれで納得していた。
呼び方が黒い物たちだと分かりづらいので、名前を聞いた所、長すぎて言いづらいので女の方を「クロナ」。男のほうを「クロフ」と呼ぶことにした。
黒いなと黒い布でクロナ、クロフということだ。
意外にこの名前、本人たちは気に入っている。ごめん、もうちょっと良い名前にしてあげれば良かったと、言った後で後悔した。
人の影に住むことができるらしいので、普段は私の影に住むことになった。
案外居心地はいいらしい。自分の影に何かが住んでいると考えると複雑な気持ちになった。
色々と一段落して、エリミア達が朝食を準備してくれている間、私はこの世界のお風呂に入ることにした。
村では水浴びや魔法で沸騰させたお湯で体を洗うぐらいだったから、どんなお風呂か楽しみにしていたのだ。
予備のシャツとズボン下着類を掴んで、お風呂場に入ってみる。
人が余裕で3人ぐらい入れるユニットバスと流し場に、思わず胸が高鳴った。
脱衣所でさっさと服を脱いで、お風呂のお湯を張ってみる。こういう時、魔法ですぐにお湯が出るから楽である。
ちょうど良いぐらいのお湯に浸かり、体全体から力を抜く。
「ふはーっ、良いお湯~♪」
日本みたいな白いユニットバスがあるとは思わなかったが、これは最高だ。
マンションのあの狭いお風呂は、体育座りでしか入れなかったが、このお風呂は体を伸ばしてもまだ余裕がある。
この部屋をくれた人に感謝だ。誰かは知らないけど、一応お礼は言いたいと思う。
体を隅々まで洗い、のんびりと湯に浸かっていると脱衣所の方からエリミアが私の名前を呼んだ。
「零香、朝食ができましたよ。後、タオル持って来ました」
「ありがとー。すぐに出るから先に食べててー?」
そう返事すると、すぐに軽やかに走る音が脱衣所から聞こえた。
私も行かなくちゃとお風呂の湯を抜き、タオルで体を拭いてシャツに袖を通す。
胸のさらしはまだ要らないだろうと髪の毛を拭きながら脱衣所から出る。
「ん~、良いお風呂だったぁ。エリミアとかクオ達ははいっ……」
「…………!」
入ったの?と言いかけ、思わず足も止まる。
目の前に、私がお風呂に入る前には居なかった人物が椅子に座っていたからだ。
相手も私を見て、目を見開いた状態で止まっている。
エリミア達は平然とパンやパスタみたいな物を食べていたが、途中で何かに気づいて動きを止めた。
辺りを沈黙が支配する。最初に沈黙を破ったのは、彼女だった。
「えっ!?あっその、アシュリードさんです、よね!?あってますよね。男の人だったのに、女の人!?呪いでも掛けられたんですか、すぐにお兄様に治してもらいましょう!それか、お父様に頼んでこの国一番の呪術師を呼んで解いてもらったほうが良いでしょうかっ。あわわわわわわ」
「あははははは………とりあえず落ち着こうか、アリアちゃん」
慌てて部屋の外へ飛び出そうとするアリアちゃんの肩を掴む。
そして後ろから押しながら方向転換して、今さっきまで座っていた椅子に座らせる。
適当に掴んだパンをアリアちゃんの手に持たせ、私は隣の席に座る。
さてと……とりあえずこの子には事情は話しておいた方が良いだろう。
私はアリアちゃんに「食べながらでも良いから、ちょっと聞いてくれるかな」と言って、彼女が頷くのを見てから、ゆっくりと話し始めた。
新たに仲間が増えました。クロナとクロフです。名前の由来は本編の通りです(^^;)