クロッカス村1-2
外に飛び出して、以外に高いのが分かった零香は、瞬時に後悔した。だが、それはもう遅すぎると判断して、足にくる痛みを待った。だが、地面に落ちる瞬間、体が浮かび上がり、そのままゆっくり地面に足が着いた。
零香は目を丸くして、自分の足元を見ていたが、どこからか視線を感じてその方向へ顔を上げた。その視線の正体は、広場で遊んでいた子供達のものだった。まだ10歳にも満たないような子供達は、「いきなり女の人が落ちてきた…」「騎士さまのおうちから降ってきたよね」「誰なんだろう、髪がとても黒いし」とこちらを見ながら、子供達だけで話あっている。零香は、苦笑しながら子供達のほうへ近づき、子供達の目線まで自分の体を下げ、ニコリと微笑む。
「こんにちわ」
「「こんにちわ~」」
「ねぇねぇ、あの奥のお家って誰のかわかる?」
そう言いながら指を指したのは、2階から見えた、光が消えていった家だ。子供達の内、一人の男の子が元気な声で言った。赤い短い髪に青い瞳を持ったその男の子は、見るからに活発そうで、いつでも外で遊んでそうな元気な子だった。
「あそこ、俺の家だよ!お姉さん、俺の家に何か用事?」
「そうなの。正確には、君のお家の裏に用事があるんだけど……」
「あっ!もしかして、あそこの事?それならいいよ、案内する!」
そう言って男の子が手を引っ張って家に連れて行ってくれることになった。さすがに、エリミアと同じような身長の子に手を握られたまま歩かれると、すこし体勢がきつかった。周りには、広場で一緒に遊んでいた子供達(10人以上)が一緒についてくる。先頭に、零香と男の子、その周りにたくさんの子供達を引き連れて、男の子の家の裏に回る。すると、そこには幻想的な風景が広がっていた。思わず、
「綺麗……」
とつぶやいた。そこにあったのは、小さな紫色の花やピンク色の薔薇のような花、シロツメ草のような花が一面に生え、その上を色とりどりの光の球が飛んでいる。紫色にピンクに白の花びらが風で舞い上がり、まるで光と球と踊っているような光景だった。
男の子はそのまま零香の手を引いて、花畑の中をどんどん進んでいく。零香は途中光の球に頭を打ったり、足が引っかかって転げそうになりながら、ついて行く。男の子は、花畑の中心にあった、緑色の芝生が生えている場所につくとそこで足を止めた。
「お姉さんが言ってたのってここの事だよね、でも、よくあそこから見えたね。家とかで隠れてるから村の中からだとわかんないのに」
「いや…光がここに来るのが見えたから、気になったんだけど」
「光?なにそれ」
「今も、ほら。飛んでるよ」
今も近くを飛んでいる光の球を指差すが、男の子は「何言ってるの?お姉さん。そんなものどこにもないよ」と言って笑った。零香は、自分にしか見えていないのかと周りを見た。その証拠に他の子たちも、この光に気づかず、花で何か作っている。
「ここ、ね。俺達ががんばって育てた花を、荒地に植え替えて作った場所なんだ」
「…すごいね、こんな綺麗な場所を作れるなんて」
「父さんとか村のおじさん達とかも手伝ってくれたから、すぐにできたんだ」
えへっと笑いながら、頬を染めてうれしそうにしている男の子の頭を撫でてあげる。男の子は顔が真っ赤になりながらも、うれしそうに撫でられている。その仕草がかわいいなと思う零香だった。
「お姉ちゃん!」
子供達に呼ばれた零香は、「なに?」と言って返事をする。子供達は零香に座るように促す。零香は芝生の上に座ると、頭の上にふわっと何かが乗るのが分かった。手にとると、それは不恰好だが、花輪だった。
「いいの?もらっても」
「うん!がんばって作ったんだよ」
子供達が同時に頷く。零香は、一人一人にお礼を言った後、軽く抱きしめた。子供達はそれぞれ反応が違ったが、皆最後には満面の笑みになって零香に色々な物を渡してきた。紫色の花で作った花輪、白とピンクの花で作った花輪、全部の花をまとめて零香の周りに散りばめてくれた子もいた。色々な物を貰って、零香は何かお礼をしないといけないなと思う。だが、ここでできる事は少ない。そこで、零香は昔習っていた日本舞踊を見せてあげる事にした。基本の型しか覚えていないので、ほぼうろ覚えだったが、子供達は楽しそうに見てくれた。零香は、もっと喜ばせようと貰った花を一輪持ち、踊り続けた。所々、アレンジを加えて。踊るのに夢中になっている零香に子供達はいろんなことを言った。
「お姉ちゃん、綺麗…」
がほとんどだったが。そして、零香が踊り終え息を整えると、子供達が一斉に抱きついてきた。思わず、零香は背中から倒れた。
「いたたたっ…どうしたの、みんな」
「お姉ちゃんすごかったよ!綺麗だった」
「僕、もっと見たい!」
「俺ももっと見たい!」
色々と感想を言ってくる子供達に、戸惑いながら「ありがとう」といった。そして、
「お願いだから…もうそろそろ…おりてっ…」
子供達につぶされそうになりながら、言った。子供達はあわてて、零香から降りて
「「ごめんなさい!」」
とそろって言う。体勢を直し、その場に座って苦笑する。そして、踊りの代わりに歌じゃ駄目か聞いてみる。正直、踊り続けて体力があまりなかった。これ以上すると、絶対に倒れると確信している零香は、音楽の歌のテストで、先生に褒められていたのを思い出し、代わりとして提案する。子供達は、大賛成してくれた。零香の隣に、一番小さい男の子と今さっき案内してくれた男の子が座り、零香の前に他の子供達が並んで座った。零香はそれを確認すると、日本に伝わる童謡や外国の有名な歌を歌っていった。
「ようやく、見つけた…こんなところにいたのか」
聞き覚えのある声に、零香は閉じていた目を開ける。そして、声のするほうをみる。そこには、ラフな格好になっているリュナミスが立っていた。
「リュナミスさん…」
「なんで家から出たのかは、家で聞こう。その前に…」
そう言ってリュナミスが零香の膝の上を指差しながら、言う。
「なんで、こいつはお前の膝の上で寝ているんだ」
それは、数十分前。零香がまだ歌っていたときのことだった。ずっと聞いていて眠くなってきたのか、数人の子供達が寝てしまったのだ。零香はそんな子供達の頭を自分の膝に乗せてあげた。他の子たちも眠そうにしていたが、大半は「家に帰って寝る」と言って家に帰っていった。残っていた子達も、父親らしき人たちが来て、それぞれの家に帰っていった。今、零香の膝の上で眠っていたのは、「父さん、今日は遅いんだ」と言って最後まで帰らなかった、ここに案内してくれた男の子だった。今も気持ちよさそうに、眠っている。零香は男の子の頭を撫でながら、リュナミスの問いかけに答える。
「今日、この子のお父さん帰りが遅いらしくって…まだ眠いから寝る~と言って、この状態です」
リュナミスはその言葉に目を丸くした後、苦笑した。だが、うれしそうな顔だった。リュナミスは零香の隣に座ると、肩に自分の着ていた上着を掛けてくれた。リュナミスの顔を見ると微妙に赤い。
「また熱を出されても、困るからな。もう夕刻だから、体が冷える」
その態度と行動にまた笑い出した。まるで、昔付き合っていた男の子とそっくりだったのだ。リュナミスは真顔で「何がおかしいんだ?」と聞いてきた。
「だって…ふふふ、付き合ってた人と似てるんです、リュナミスさん」
「似てる?どこが似てるんだ?」
「性格です。とても判りやすい…くすくす、態度でわかっちゃうんです」
「俺は、そんなに態度に出やすいのか?訓練してるんだが…」
「えぇ、そうですよ?」
そう言って、零香はリュナミスの頬に軽く触れた。そのとたん、リュナミスの顔は真っ赤になった。その変わり様に、また笑い出した。リュナミスは「いつか同じ思いさせてやる」と拳を震わせた。
「あの人、元気かな……」
零香は、付き合っていた男の人を思い出していた。3年ぐらい前、2歳年上の男の子と付き合い始めた。その男の人は部活の先輩で、向こうから告白してきたのだ。零香も気になっていたので付き合い始めたのだが……意外な性癖の持ち主だった事は覚えている。
そんな彼と付き合い始めて一週間のある日、いきなり先輩の同級生に襲われた。先輩と零香との仲を引き裂こうとした、零香の同級生の仕業だった。その同級生は、普段から零香のことを毛嫌いしてきて、よく集団で虐められていた。先輩の同級生と付き合っていると聞いていたから、まさかと思った。そのまさかだった。その先輩は何回も同級生の名前を言いながら、言い訳を言ってきたのだ。その時はなんとかその先輩の隙を着いて、逃れる事ができたが、それ以降同級生の虐めが過激になった。その虐めに体が耐えられなくなって体を壊したとき、彼は一人暮らしの零香のために学校を休んで看病してくれた。顔を真っ赤にしたり、いきなり真顔になったりと、性格は本当にリュナミスと一緒だった。彼の親の転勤で、外国に行く事になって、彼の親に別れさせられてしまったが、彼とはこちらに来るまではメールを交わすほど仲の良い友達だった。
「いきなりメールが来なくなったら、心配するかな……」
「…向こうの家族や知り合いの事を心配しているのか?」
零香は素直に「はい」と頷いた。リュナミスは少し悲しそうな顔をした。そして、言った。
「お前は、向こうの世界に帰れたら、帰りたいか?」
「いいえ」
きっぱりと否定した零香にリュナミスは目を丸くした。普通、「帰りたい」というところだろうが、零香には帰りたくない事情があったのだ。それを明かすのはまだ早いと感じ、リュナミスには「まだ、こちらの世界を全て知ったわけではないですから。全部判るまで帰りたくないです」と伝えた。その言葉に、リュナミスは安堵の表情を浮かべる。そして、村の入り口付近に立っていた男性に気づくと、まだ零香の膝の上でスヤスヤと眠っていた男の子の体を揺さぶる。
「リック、起きろ。父さんが探してるぞ」
その言葉に、リックと呼ばれた男の子は勢いよく起き上がると、リュナミスを見て
「騎士様!」
と言った。零香は「騎士?」と頭にハテナマークを浮かべながら呼ばれた本人を見る。本人は苦笑を浮かべながらリックの頭を撫でると、その背中を押して「ほら、早く行って来い」と言った。リックは満面の笑みのまま父親と思われる男性のほうへ走っていった。零香はリックをある程度見送った後、立ち上がった。が、いつのまにかリックが目の前に戻ってきていた。それに驚いていると、いきなりリックに腕を引かれる。
「うわっ!」
そのまま倒れるのかと思ったが、それはリックが阻止した。倒れかけていた零香を抱きとめると、戸惑っている零香の頬に口付けをした。それには零香も驚いて、すぐにバッと体を離すと口付けられた頬を手で触り、困惑した顔になった。リックはそんな零香に
「お姉さん、俺、お姉さんの事大好きだ!また明日、遊ぼうな!」
そう言って後ろへ方向転換して走り去っていった。走る前に意味ありな笑みをリュナミスに見せて。リックのいきなりの行動に、後に残された二人は唖然とするだけだった。リックが家の中へ入っていったのが見えると、零香は思わずポツリと呟いた。
「…こちらの世界では、リック君みたいな子が多いんですか?」
「いや、反対に少ない……と思う。リックは親の影響を受けてるからな……」
「リック君のご両親って変わった方なんですね」
「あぁ、それも俺の幼馴染夫婦なんだよ……」
頭を抱えながら「今度会ったら、説教でもしよう…」と呟くリュナミスだったが、零香はそれ以前に「俺の幼馴染夫婦」という言葉が気にかかっていた。
「ちなみに、リック君のご両親の年齢って…」
「どちらとも俺と同じ21だ」
「リック君の年齢は?」
「……今年で6歳だ」
「……えっ?」
(えっと、逆算をすると、それって……、14歳の内に妊娠して、15歳で生んだ…ってことに)
「完全に犯罪じゃないですか!!!」
「お前の世界での結婚の定義は知らんが、こちらでは15歳で大人と認められ、結婚できるんだ。あいつらは家同士で決めた婚約者同士だったし、小さい頃から一緒だったからな。結婚する前に、子供が出来ただけだ」
「15で大人…でも、早すぎるような…。こちらでは20歳が大人って言われてましたよ?」
「この国が法で定めているからな。隣の国ではお前と同じく20歳が大人として認められている」
「この世界って何カ国あるんですか?」
「まぁ、そういう話は家でしよう。もう、日が落ちる」
そう言って先に歩いていくリュナミスの後を、追いかけようとした零香だったが、いきなり足が痛くなり、その場に座ってしまった。足を見てみると、足裏に無数の傷が出来ていて、そこから血が出ていた。今まで素足で行動していた所為だと思う。
「痛…」
「…はぁっ、先に手当てだな。見せてみろ」
零香はリュナミスに足裏を見せる。すると、リュナミスは右足に手を当て、目を閉じると「癒しよ、ここに…」と呟いた。そのとたん、周りで飛んでいた光の球の内、赤い球がその手のひらに集まったと思うと、強い光を放った。その光が消えると、そこには傷一つない足があった。零香はそれを見て
(魔法…だったんだよね?でも、あの光……もしかして私にも出来るかも…)
と考えていた。リュナミスはそれに気づかず、左足も同じように直そうとしていたが、それを零香は手で止める。リュナミスは、零香が何がしたいのか解らなかったが、何か試す気なんだろうと気づいてくれた。零香は「すいません」と謝った後、自分の足に右手を当て、
「癒しよ、ここに……」
と呟いた。すると、自分の掌から緑色の光が溢れ、傷が癒えていく感じがした。光が消えると、そこにはリュナミスが直してくれた足と同じく、傷のない左足があった。零香はそれに喜び、リュナミスは驚いていた。
「お前、今の魔法だよな」
「はい、見よう見まねでやってみました」
「何てことだ…最初から魔力を制御できるなんて…制御するのに数年掛かるのに」
「お前は驚かせてくれるな」と苦笑しながら頭を撫でられた。零香は解らなかったが、魔法を扱うためには、ある程度魔力を制御しなくてはならない。制御しなければ、他の場所やモノにまで影響が及ぶからだ。たとえるなら、暖炉に火をつけようとして魔法を使って、制御できずに家を燃やしてしまった、という感じだ。この魔力制御をするのには、仕官学校に通い数年掛けて訓練をするか、王都にある魔法学校で魔力制御をしながら、生活をするしかないのだ。それに魔力を持っている人なんて、自分で学んで身につけるか、生まれる前から素質があった者しかいない。まして、最初から膨大な量の魔力を持っているのは、その内の数人だろう。それを簡単に制御してみせる零香に、リュナミスは驚いたのが半分、ちょっと自分の中の何かが折られて、悲しいのが半分心の中を占めていた。そんな感情、表にはまったく出さないが。零香は、そんな事も知らず「明日から、いろんなこと試してみよう♪」とご機嫌だった。二人はそれぞれ違った事を考えながら、リック達の花畑を抜け、そのままカミィラが「アタシたちの家」だと言っていた、家に帰っていくのだった。