精霊の踊り子
前回の更新から10日ほど経ってしまいました。
自分でもまさかこんなに遅くなるとは思ってもいませんでした。
……ネタが尽きてきたのかな?と少し不安です。
魔物との戦闘から数分後、祭りは滞りなく進められていた。
人達は、姿形が変わった広場を見て驚いたが、すぐに気に入り、踊り、歌い、笑っていた。
それは精霊達も同じで、つい先ほどとは比べ物にならないほど美しくなった池の上で、水の精霊は他の精霊達と酒を酌み交わしていた。
その視線の先には、この広場を美しく変化させた人間を見つめていた。
確かに、自分達は「この場所を綺麗にして欲しい」とは言った。
浄化してほしい、という意味で。
でも、まさか土地ごと浄化するとは思わなかった。それも強引なやり方で。
その所為で、今彼女はあんな状況になっているのだが、精霊達にとってはただの笑い話でしか無い。
『人間とは、やはり面白いな。まさかこんな事をするとは思わなかったわ』
『いや、あの人間だけだと思いますよ?その証拠に、あの男に説教されているではないですか』
『まぁ良いではないか。細かい事は、嫌いなんだ』
『水を司る者とは思えないセリフじゃな』
『お主には言われたくない。火を司る者とは思えぬほどの小心者め』
『こんな風になったのは、お前が原因であろうが!』
『静かに酒も楽しめないのか……』
楽しそうに話す彼らの様子は、一旦置いておいて……。
この広場を浄化(作り変えた)本人は、というと――――――
「………ごめんなさい」
地面に正座して、うなだれていた。彼女の目の前には、大鎌を何度も振り回しながら満面の笑みで立っている、白い騎士団の制服を着た男が立っている。
だが、その瞳は氷のように冷え切っている。
傍から見れば「騎士団の副隊長が、女神役の女性に礼を伝えているのを、女性は静かに頭を下げたまま聞いている」と、村の人達は考えるのだが、本当は違う。
その証拠に、兵士達はその女性に手を合わせて何か呟いてから、逃げるように去っていくのだから。
「………すいませんでした」
「それしか言わないつもりですか?」
彼女――――零香は、目の前の男性の普段とは違う言動にビクリッと体を震わせ、恐る恐る顔を上げた。
リュナミスと目が合い、その笑顔とは裏腹に怒っているのが良くわかった。
その目から顔をそらし、隣を見ると、そこには普通の人間から姿を見えないようにしているクオとシュラが座っていた。
精霊は、自分の魔力を強めたり弱めたりする事でその姿を消す事が出来るらしい。
実際今も精霊を見ることが出来ないリュナミスは、彼らに気付かず、ずっと零香を見ているのだけど、正直に言おう。
どこか別の場所に行ってください。
今さっきから小さくなってクルクル周りを回ったり、顔の前で手を振って見せたり、肩に手を置いてきたり………。
シュラは何もせず、ただ横に座っているだけだから別にいい。クオは邪魔。
その気持ちが分かったのか、クオは一度私を見ると、そのままどこかへ消えていった。
シュラも同じように消えていくのを見て、ホッと息を付く。
異様に寂しそうに去っていったのは、少し気がかりだったが、これで少しは安心できるかと思った矢先――――
息を付いたと同時に、頭を叩かれた。
その痛さに頭を押さえ、目に涙を浮かべながら前を見ると、至近距離で彼の顔があって、驚いて後ろに倒れそうになった。
「お説教の最中なのに、どこを向いてるんですかね~?」
「あの、お顔が、怖いんですが。後、その言葉遣いも……」
「これが普通ですよ、えぇ普通です」
「絶対、普通じゃないですよねっ?!さっきと全然違うじゃないですかっ」
「そう感じるのは貴方だけですよ」
微笑むリュナミスの表情に、何度も首を振りながらすばやく近くの人の後ろに隠れる。
盾代わりにされた兵士は、困惑して目の前を見ると、微笑んでいたリュナミスの顔が無表情に変わって、顔を真っ青にして逃げていった。
盾の代わりが無くなり、おろおろしていると、頭を片手で捕まれて
グリグリグリと指でこめかみを押される。
「ふみゃぁああああああああ!?痛い、痛い、痛いです!!」
「少し我慢すれば、これで許してやる」
「我慢します、我慢しますから、早く終わらせてくださいぃ!」
「暴れるともっと強くするからな」
「骨が、骨が痛い。暴れませんから、強くしないで下さいっ!」
体を震わせながら目を閉じて、頭の痛みから必死に逃れようとするが、なかなか終わらない。
耳元でパチンッという音が聞こえ、ようやく頭から彼の手が離れた。
痛さで目から涙が零れていたのを手で拭って、彼を睨み付ける様に見ると、何故か満足そうに笑った。
そして、頭を撫でられた。
いきなり頭を優しく撫でられて、彼の行動に思考が停止しかけたが、先ほどの仕打ちを思い出して、もう一度睨むようにして彼に質問する。
「あの、何で撫でられてるんでしょうか?」
彼は少し悩み、それでも私の頭を撫で続けながら、ボソリと呟いた。
「………撫でたかったから?」
「意味分かりません」
そう言うと何故か頭を軽く叩かれ、手に口付けをされた。
突然の事で頭が追いつかず、ポカーンとした顔のまま彼を見ていると、ハッとして勢いよく立ち上がる。
「そういえば、まだ全員祝福し終わってなかった!すいません、もう行きますね?」
「あ、あぁ、行って来い。女神の舞、楽しみにしてる」
「……はい!楽しみにしててください」
元気良く返事をして笑うと、彼の顔が一瞬赤く染まったのがチラリと見えたが、あえて気付かぬ振りをしてその場から離れた。
リュナミスから見えない位置まで移動すると、思わず笑みが零れた。
本当に、彼と話すと楽しい。ずっと話していたいけど、自分の心臓が持たない。
この数日で、彼とはとても仲良くなれた気がする。
……苦労人同士、仲良くなるのも当然か。
リュナミスは兵士や殿下、零香はクオやシュラ関係で苦労している。
例えばクオが初めて人の姿になったその夜、零香が一人で水浴びをしようとしていた時の事だ。
いきなりクオとシュラが「水浴びの仕方を教えてくれ」と言ってきて、シュラはカミィラが持って行ったのだけど、クオだけは自分が手伝うはめになって……
人間の姿のままだったら、男性陣に殺されていたかもしれない。
あの時は「狐の姿ならいいよ」と言っておいてよかったと、心から思う。
リュナミスの場合は、訓練を怠って舞の練習を覗きに来た兵士を連れ戻しに、何度も家と練習場を行き来しているのを毎日見た。
ほぼ同じぐらいエリクが乱入してきて、練習が度々中止になって、連れ戻しに来たのも彼だった。
ミケルは「仕事をしてくれれば、後は彼の自由ですから」と笑っているだけ。
普段からこんな事ばかりしているのか?と聞くと、彼はため息を付いて頷いた。
昔から彼は苦労してるんだろうなと思う。
(……何か甘い物でも作ってあげようかな……)
この後も彼は仕事で色々な人と話をして、祭りが終わる頃には疲れて果てているだろう。
疲れた時には、癒しと甘い物がいいよね。
熊に攫われる前に作って魔法で保存しておいたフルーツケーキは、男性も女性にも大人気だった。
多めに作って、エリミアやカミィラ達にも食べてもらおう。どうせ舞を踊ったら自由に行動していいと言われている。
何を作るかは後で決めることにして、零香はさっさと全員に祝福をお裾分けする事に専念する事にした。
自分の耳に、見覚えのない桜の花を模ったピアスがついている事に気付いたのは、カミィラ達と舞台に上がる少し前だった。
零香にようやくあれを渡す(?)事ができたリュナミスは、舞台が良く見える場所に立って静かに彼女を見ていた。
隣には髪と瞳が黒く、燕尾服を着た男性が同じように彼女を見ながら立っていた。
その男が彼女から目を離し、自分を見ていることに気付いた彼は男の頭を叩いた。
叩かれた男は軽く頭を擦り、それでも顔に笑みを浮かべる。
「気持ち悪い笑い方だな」
「お前には言われたくないぞ。ずっと主を見ながらニヤニヤしおって……」
「見間違いだろう。それより、お前なんでそんな姿なんだ?目だけ替えればよかったはずだろ」
「主と一緒が良いと、前から思ってたからな。服もこの姿に合う物を選んだつもりだ」
男―――クオは自分の体に触れながらそう言った。
白い髪は特に目立っていたのだが、今の黒髪も十分に目立っている。
赤い瞳=魔物という認識のため、精霊とは知らぬ人間達に驚かれぬよう瞳だけは替えろ、とは言ったがここまで変化していると別人としか思えない。
「主……マスターも気に入ってくれてな。普段はこの姿を取る事にしたんだ。戦いの時は元の姿か、この前までの人間の姿になるつもりだ」
「そんなに魔力を消費していいのか、辛くないのか?」
「我を誰だと思っているんだ。始祖精霊だぞ?このくらい、使った内に入らん」
「そうか。なら、いい」
そう言って視線をクオから零香に戻す。
舞は舞台で一役ずつ舞う。ちょうどこれからカミィラの番のようだ。
軽やかな音楽と共に、跳ねるように踊る彼女の姿はとても可愛らしかった。
舞うたびに衣装が羽の様に動く様は、伝承に残る様々な精霊の姿を思い出させた。
終わる頃には、彼女を取り囲むようにして様々な精霊が姿を現していた。
それでも、下級精霊と呼ばれる球の形をした精霊が多かった。
踊り終えたカミィラが村の人達から拍手を貰うと、彼女はこちらに気付いて走って近づいてきた。
「ね、リュナ兄。ワタシの舞、どうだった?」
「今年の舞は、今まで見た中で一番だった。頑張ったな」
彼女の頭を撫で、そう言うと、彼女は目を見開いて驚いた後、嬉しそうに頬を赤く染めた。
「初めて褒められた……」
「そうだったか?」
「そうだよ~。今まで一度も褒められた事無いんだから……あっ、次始まるよ」
舞台のほうへ向くと、双子の姉妹が舞台に上がって行った。
そして、荒々しい音楽と共に始まる舞。
赤い衣装を纏った片方が激しくもどこか愁いを持った仕草で踊り、青い衣装を纏ったもう片方が緩やかだがどこか怒りを感じさせる動作で踊る。
その姿は、まさしく破壊と創造の姿。双子の神の姿だと思えた。
その踊りには精霊も人も魅了されているのか、沢山の精霊達が舞い降り、人々は美しさからため息を何度もついていた。
彼女達の番が終わると、入れ替わるようにしてヴェールで顔を隠した最後の踊り子が舞台に立つ。
舞台に上がると、荒々しい音楽が穏やかな音楽に変わる。
ヴェールを被ったままゆったりと踊り始めた彼女の周りで、異変が起きた。
彼女の姿をかき消すほどの青い花びらが一瞬で舞い、彼女の姿を隠した。
そして、花びらが消えると同時に、音楽が明るく陽気な音楽に変わり、彼女の顔を隠していたヴェールが消え去っていた。
だが、その瞼は閉じたまま彼女は踊っていた。
気が付けば、彼女の踊る姿に夢中になっていた。
彼女の一つ一つの動作に魅了され、目が離せなくなっていた。
そして彼女の瞼が開いたと同時に、音楽が重く暗い音楽へと変わる。
仕草も清楚だった物が、妖艶な物へと変わった。
一瞬で表情が別人となった彼女と視線が合って、息が止まりかけた。
顔が熱を持ち、自分が平静を保ててないのが丸わかりだった。
何故こんなにも自分の心が乱れている原因はわからないまま、ただ今だけは彼女の姿を見ていたい気持ちだった。
彼女の舞が終わると同時に、周りで拍手喝采が巻き起こった。
本人は少しボーとした表情でゆっくりと舞台から降りてくる。彼女の周りには、上級精霊や下級精霊が今までで見たことが無いほどの数で、空に飛んでいた。
精霊を普段見ることが出来ないリュナミスだったが、毎年祭りの時だけは必ず見える。
それでも、この数は異常だと思った。
だが彼女は現れた精霊達に見向きもせず、ただ視線だけを泳がせていた。
彼女の目と合った時、彼女は一瞬視線を止め、一度瞼を閉じた。
そして、ゆっくりと開きながら頬を染めて、微笑んだ。
その笑顔はまるで満開に咲き誇った花の様でいて、優しくそして温かく包み込んでくれるような癒しの笑顔だった。
その笑顔を見た者は、ある者は倒れ、ある者は顔を隠し、ある者は彼女に向けて微笑んでいた。
リュナミスはその光景を横目で確認しながら、自分の心に湧き上がってきた感情を殺した。
彼女の笑顔を、誰にも見せたくない。
自分だけに向けて欲しい。
彼女の全てを独占したい。
初めて湧き上がってきたその感情に、自分自身が驚き戸惑いながらも、その眼だけは今だ彼女と彼女に仕えている精霊達が消えた方向を向いていた。
番外編を含め、今回のお話で30話となりました。
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