清めの儀式
いよいよ、1章大詰めに差し掛かってきました
さて、ここからどうなるのか・・・・・・。
作者も分かりません(・ω・)
祭りの当日は、朝から慌しかった。
零香がいつもの様に太陽が顔を出すぐらいの時刻に起きると、すでに外は人の声で賑わっていた。
ゆっくりとした動作でソファから起き上がり、毛布を畳んで鏡の前に座って櫛で髪を梳く。
梳いている途中、シュラとエリミアと狐に戻っていたクオが眠りから覚めた。
「…おはようございます。零香」
「おはよ~」
「おはよう。主よ」
「おはよう、皆」
朝の挨拶を交わしながら、髪をポニーテールに結び、これから服を着替えようとした時、いきなり部屋の扉が開いた。
驚いて扉のほうを見ると、ユーリリアとアミュエルが立っていた。
「ユーリリアさん、アミュエルさん。どうしたんですか?」
「ユリアと呼んでください。レイカ様、後10分ほどで清めの儀式があります」
零香は、前日に聞いた清めの儀式についての説明を思い出す。
精霊の踊り子達は最初、水の精霊によって清められ、祝福を掛けられる。
だが、水の精霊は純粋な心を持った人間を好むというらしい。邪悪な心を持つ踊り子は、祝福を受ける事ができない。
そして、祝福を受けなかった者は天から降りてくる精霊達を呼ぶ資格が無いと認められる。祝福を受けた者は、ようやくそこで精霊の踊り子として認められ、精霊達を呼ぶ資格が与えられるという。
この清めの儀式によっては、その年の農作物の収穫量が大幅に増えたり、減ったりするらしい。
とても、重要な儀式だと聞いた。
でも、早過ぎないか?まだ太陽、完全に顔を出してない状態ですよ。
「すぐに踊り子の衣装を着て、広場に行かないと間に合わなくなるわよ」
そう言って、彼女達に腕を掴まれ、すぐにドレスに着替えさせられる。
マーメイドドレスだが、背中は大きく開き、踊るために裾は所々にスリットが入っている。
胸元の水色から下にいくに連れて、青から濃紺色になり、裾の所々に銀色の糸で刺繍された様々な大きさの蝶が飛びまわっている。
「ドレスを着るだけで十分美しいのですが、髪も少し結ってもっと美しくしましょう」
「それじゃあ、私は化粧でもしますか。ちょっとその鏡の前に座ってね」
アミュエルに促され、なすがまま鏡の前の椅子に座る。
すると、髪は下ろされ、顔には化粧水のような物を塗られ始めた。
目に入らないように瞼を閉じていると、今度は口にグロスのような物を塗られる感触がした。
「よし、化粧は終わったわ。素が良いだけに、少しで十分綺麗」
「こちらも終わりました。さぁ、目を開けて見て下さい。レイカ様」
恐る恐る目を開けると、そこには別人のような私がいた。
薄いピンク色の艶のある唇に、白い雪の様な肌。髪は横と後ろを少しだけ編みこんで、残りは下ろしただけ。
彼女達は黙って鏡を見ている私の様子を見て、まだ不満だと勘違いして、髪や化粧をやり直そうとして、私は「もうこれ以上綺麗にしてもらうのは十分です!」と言うと、微笑んだ。
ずっと鏡を覗き込んでいると、髪に青い宝石の髪飾りが付けられる。
首にも、同じ青い宝石のネックレスが掛けられる。
月をモチーフにしたそのネックレスは、以前アラトエルの所で格安で買ったネックレスの一つだ。
私はわくわくして逸る鼓動を抑えながら、エリミアが着替え終わるのを待った。
彼女は踊り子として参加せず、観客として参加する。だけど、服を作ってもらったのだから着なければいけないだろう、という訳で彼女の好きなゴスロリ風の踊り子の衣装を着る事になっているのだ。
エリミアの着替えが済むと、私は急いで広場に向かった。
踊り子は祭りの間ずっと素足で歩かなければならないのを思い出して、いつも履いているパンプスを脱ぐ。
走るたび、足の裏が石や土に当たって痛い。
痛いけど我慢しながら広場まで向かうと、すでに踊り子候補の女性達が集まっていた。
その中には、もちろんカミィラもいる。
私が走ってくるのに気づいたのか、彼女達は一斉に振り返る。
その顔は待ち望んだような、惚れ惚れしているような顔だった。
「ようやく来ましたわね。お待ちしておりましたわ、レイカ様」
「遅れちゃ駄目なのよ~?」
「すいません。ライラさん、シウカさん」
双子の姉妹のライナリア・チーチェとシェウカ・チーチェ。
二人共17歳で、デザインは一緒だが色が正反対のドレスを着ている。ライラが赤、シウカが青だが、二人がもし服を入れ替えてどっちが誰か答えてみろと言われると、すぐには分からないほど瓜二つの姉妹だ。さらに美人。
彼女達は、双子の創造と破壊の神、「ラル」と「メル」を称える舞を踊り、精霊達を呼ぶ。
「もう!女神様が一番最後って、駄目だよ」
「うっ、ごめんなさい……」
カミィラに強く言われて、自分の役割をもう一度思い出す。
零香は何度か全ての役の舞を踊ったのだが、指導者のユーリリアいわく、
「女神以外はありえませんね。他の役だと他の人の女神より目立ちすぎて、駄目ですね」
という事らしい。女神なんて自分には無理だと言ったのだが、他の踊り子達にも同じような事を言われ、渋々踊る事になったのである。
女神とは、双子の神よりも上の存在でありながら、精霊、人間、魔物、全てのモノを平等に愛し、助けを真に求めるのならば何事からも救ってくれるという女神らしい。
ただし、女神は全てのモノを愛すが、同等に全てのモノを憎んでいるという。
女神の愛から精霊が生まれ、女神の憎しみから魔物が生まれ、その二つを混ぜ合わせて人間が生まれたのだと、ユーリリアが説明してくれた。
双子の神は女神の代わりに世界を管理し、世界を素晴しいものにするため、創造と破壊を繰り返すのだと彼女は言った。
少し変わった神様達だな、と最初は思ったが、人間らしい神様達という事で、零香の中では結論付けた。
カミィラと残りの踊り子達は、3人で精霊・人間・魔物の舞を踊る。
神達を称える舞を踊る人は先に決める事が出来るのだが、精霊・人間・魔物の舞を踊る人は清めの儀式を行う水の精霊が決めるらしい。
誰がどの舞を踊るか分からないため、カミィラたちは零香の倍以上練習しているのを見ていた。
その光景を思い出して、カミィラには精霊の舞を踊って欲しいと思う。
他の二つの舞に比べると、精霊の舞は明るくそして陽気な音楽で軽やかに踊るのだ。
カミィラがその舞を踊った時、思わず見惚れて彼女の姿をずっと目で追っていた。
似合っているのだ。彼女の笑顔に。
カミィラの頭を撫でながら、「頑張ろうね」と言うと彼女は大きく頷いた。
気合は十分なようだ。空回りしない事を祈っておこう。
ふと目を周りに向けると、ライラが周りをせわしなく見回しているのに気づく。
「もうすぐ迎えが来るはずなのですが……遅いですわね」
「ね。何してるのかな、あの第一王子様達」
「え、迎え?それに第一王子って……」
「あぁ、レイカは聞いてなかったんだっけ。毎年ね、水の精霊のいる場所に行くために、選ばれた人達が迎えに来てくれるの。今年は殿下達、騎士団の中から数名なんだよ」
「そうなんだ……」
村の入り口のほうへ顔を向け、目を凝らすと、遠くから馬と数名の人の姿が見えた。
どうやら来たらしい。遠くで見ても、分かりやすい人たちだ。
数分すると私達の目の前で馬を止め、優雅に下りてくる白い騎士服を着たエリク。
その隣で同じような白い騎士服を着たリュナミスが、馬の手綱を二つ持ったまま傍に控えていた。
他の兵士達は灰色の騎士服を着て、その後ろに並んでいる。
エリクは優しく微笑むと頭を大げさに下げた。それだけなのに、私とカミィラ以外は黄色い悲鳴を上げる。
(さすが王子。頭を下げただけなのに、仕草一つ一つが美人の女性より綺麗……)
「遅くなって申し訳ありません。さぁ、儀式の場所へと移動しましょう」
そう言って彼は私に手を差し出した。戸惑っていると、彼に手を握られ彼の乗っていた白馬の傍に連れて行かれる。
「少し失礼」
「えっ!?」
いきなり体を抱きしめられたと思うと、軽くジャンプして馬の上に座らされていた。
すぐ後ろを向こうとすると、自分の顔の近くに彼の顔があって、振り向いたらある意味私は死ぬかもしれない。
いや、確実に死ぬ。後ろを振り返ったら、天使の様な笑顔で見つめられて死ぬ。
「皆、乗りましたね。……レイカさん」
「なっなんですか?」
「馬に乗るのは初めてですか?」
「…初めてです」
そう言うと、いきなり腰に腕を回された。
腰にある腕と、彼と密着している背中が異様に熱く感じて、零香は心の中で悲鳴をあげた。
「揺れるので、しっかり僕に寄りかかって下さいね」
耳元で囁かれ、心臓が爆発しそうなぐらい早くなる。顔も真っ赤になっているかもしれない。
それを隠すように何度も首を縦に振ると、後ろで彼に小さく笑われた気がした。
零香達が乗っている馬がその場で旋回すると、村の入り口に向かってゆっくりと歩き始める。
零香は道中心を無にする事で、なんとか儀式の場所に到着するまで、平常心を保つ事ができた。
儀式は村から徒歩で30分ほど掛かる、巨大な人工池で行われる。
村人と騎士団、村の周辺に住む人達はすでに集まって、池から数m離れた場所で雑談している。
馬から下ろされ、芝生の生えた地面に降りると「精霊が来るまで自由にしていていい」と言われた。
頷くと、微笑んだエリクに一度頭を撫でられ「楽しみにしていますね」と言って、彼は馬を連れてどこかに行ってしまった。
他のメンバーもそれぞれで友人や家族と話をしているようで、零香は一人だけになって樹にもたれ掛って空を見上げていた。
エリミアやクオやシュラ達は、まだ姿は見ていない。遅れているらしい。
「……暇」
そう呟いて、空から目を離すと見知った人たちの姿が見えた。
向こうも気づいたようで、零香のほうへ近づいてきた。この前とは違う、正装を着た彼らに零香は一瞬誰かと思ったが、目や仕草で彼らと分かった。
「お久しぶりです。レナードさん、ミューさん、シェイドさん」
「久しぶりだな、レイカ」
そう、領主の息子とその友人達だった。もちろん、あの奴隷の子もいたが、今日は綺麗に髪も洗われ、きちんとした服を着ていた。それでも、彼の首にある首輪を見ると苦い思いになる。
彼のふわふわしたピンク色の髪を撫でると、照れくさそうに彼は笑った。
「あの、僕の名前……」
「うん、ちゃんと考えたよ。フィラルード、略してフィル」
「確か、『小人』って意味だよな。それ」
「そうです。フィル君って、なんだか小人みたいな印象があって……カミィラに教えてもらったんです」
「小人みたいな印象って何だよ」とミューが言ったが、名前を付けられた本人――フィルは嬉しそうに、何度も自分の名前を呟いた。
彼の頭を、シェイドが撫で「よかったな」と小さく言ったのが聞こえた。
レナードの顔を見ると、穏やかな笑みを顔に浮かべ、じっとフィルを見つめていた。
穏やかな雰囲気の中、ふと周りが騒がしくなっているのに気付く。
村人達の視線の先を追って見ると、池の上に人が立っていた。
人々は口々に「精霊が天から降りてきた」と言っているのが聞こえ、そこでようやく水の精霊が来たという事が分かった。
「すいません。儀式が始まるようなので、ここで失礼します」
「あぁ、また後で」
彼らに頭を下げ、少し早歩きで池の傍に近づく。
傍にはカミィラ達が横に一列で並んでいる。零香は、ライラとシウカの真ん中に立ち、一斉にその場に座る。
周りの声が無くなった時、儀式が始まった。
水の精霊に頭を下げ、全員で池の中に足を伸ばす。少し冷たい水に肩まで浸かり、瞼を閉じる。
水が体を包み込むのを感じながら、ゆっくりと瞼を開ける。
目の前にいたのは、青の鱗を持った龍だった。だが、一瞬で青の瞳と青の髪を持った小さな少女に変わる。
少女はかわいらしい見た目に反して、威厳のある瞳で零香達を一瞥すると、両手を広げた。
ふわりと浮き上がる体に、心の中で驚いているとゆっくりと池の傍に下ろされる。
水に入ったはずなのに、ドレスや髪は濡れていなかった。
その場に座り、精霊に頭を下げる。
すると、水の精霊の声が頭の中に聞こえてくる。その声は、初めてクオと会った時の様な男でも女でも無い声だった。
『これほど純粋で清らかな心の持ち主は、そうそうおらぬな。そなた達を、舞手として認めよう』
「ありがとうございます」
『神の代理として、そなた達に祝福を捧げよう。受け取るが良い』
頭を上げじっと見つめていると、精霊は順番に踊り子達に祝福を渡していく。
それぞれの頭に、少女の姿の精霊が口付ける。そして、舞について一言、言っていく。
他の人の祝福を終え、零香の番になると精霊は一度零香の顔を覗き込んだ。
『ほぉ……初めて見る顔だ。そなた、名を何と言う?』
「レイカ・キアラと申します」
『……ふむ、そなたは我らの女神と似ているな。生き写しのようだ』
精霊は何度も頷きながら、そう言った。
零香は(似ているかな?)と会った事の無い女神を思い浮かべつつ、精霊に礼を言った。
すると、精霊は微笑んで零香の頭に口付ける。
そして、高らかに歌うように言った。
『さぁ、祭りの始まりだ!人も、精霊も、存分に楽しもう!』
その声に、歓声が沸く。
周りの人達が笑い、歌い、音楽を奏でているのを耳にしながら、零香は頭の中でこれからやる事の確認をしていた。
そして、ため息を付いた。
「そういえば……これから一人一人に祝福のお裾分けしないといけないんだった」
女神の役をする人限定の優先事項の一つに、こんな物がある。
『女神役は、人々に精霊の祝福を分けること。やり方は、手に口付けを貰うだけでOK』
要約すると、こんな感じ。
そう、祭りに参加している全員に手に口付けしてもらわなくてはいけないのだ。
老若男女、嫌いな人も好きな人も含めて、この場にいる全員。
100人以上は確実である。
「でも、やらないと!」
零香は自分を元気付けながら、自分に近い村人に話しかけ、手に口付けを貰う。
そして、他の人のほうへ向かおうとしたのだが……。
「おい、そこの女」
その声に振り返って相手の姿を見た瞬間、零香は背筋を撫でられたような感触に襲われた。