洞窟にて2
彼らと離れ、見事に穴の中に落ちた零香というと
「はぁ……たすかったぁ~……」
運よく、穴の底に地下から湧き出していた水が溜まっていたため、体が地面とぶつかる事はなかった。
だが水面から上がると、服はびしょ濡れだし、洞窟の中はやけに冷え切っていて体から体温がすぐに奪われた。
「さむっ……おっ、薪みたいな物発見」
暗闇の中を手探りで見つけたのは、木の棒のようなものだった。暗闇だから、手の感触でしか分からない。
この木に火をつけて、明かりと暖をとろう。
寒さで震えるのを耐えながら、手に力を込める。
すると、ボッという音と共にちいさな火の玉が現れ、辺りが照らされた。そのまま火を持っていた棒につける。
棒に火がついたのを確認すると、手から火を消し、棒を地面に置いて座り、暖をとった。
「暖かい……まだ木あるかな?」
座ったまま、周りを見回すと少し奥にある石の下に、薪の様な物が沢山あった。
これでもっと暖かくなる。近くまで行き、薪の一つを掴んで引っ張る。
「んっ、引っ掛かってて、なかなか取れない…っ、よっ、と!!」
力を込め、勢いよく引っこ抜くと薪の山が崩れ、上に乗っていた石が落ちてきた。
慌てて、薪を抱きしめながら後ろに下がった。
ガラガラガラッとものすごい音をたてながら、さらに上から石が元いた場所に降り注ぐ。
もし、あのままその場にいたら大量の石に押しつぶされて、死んでいただろう。
想像するだけで、背筋がゾクッとした。
ようやく音が治まり、石が落ちてこなくなった頃にはもう火が小さくなっていた。
慌てて、持っていた薪をそっと火の上に重ね、もう一度石が落ちてきたところを見る。
「あれ?道がある……」
そこには、つい先ほどまではなかった整備された道があった。
石で隠されていたのだろう。そっと、石を乗り越え覗いてみると、奥で何かが光っているのが見えた。
「何があるんだろう……くしゅっん!……行ってみよう」
くしゃみをしながら、置いていた火のついた薪を拾い、石の下からもう一つ薪を取り出し、新たに出てきた道へと足を踏み入れた。
足元が少し水で濡れていて、歩くたび音が鳴る。
道の所々に人骨のような物が無残な姿で残っていた。だが、ネズミ一匹見当たらない事が不思議でならなかった。
いや、正確には水と自分の歩く音しか聞こえないのが、不思議でならなかった。
それでも黙々と先に進んでいくと、ようやく光の正体が分かった。
それは、大きな空洞の地面に描かれていた魔法陣だった。魔法陣は、鈍く点滅しながら光っている。つい先ほどから見ていたのは、この光だったのだ。
「なんで、こんなところに……」
黒魔術などの本に書いてあるような、六つの星が大きく描かれ、その中心に小さな石が埋まっていた。その星たちから中心に向かって線が描かれ、大きな棺の様な物に繋がっていた。
恐る恐る、その棺に近づく。
棺は、ガラスで作られ、中にあるものが見えるようになっていた。
持っている松明で中を照らした。
「………っ!」
中に入っていたのは、色とりどりの花とその花の蔓に巻かれて、瞳を閉じている20歳ぐらいの女性だった。
紫色の長髪と白い肌、綺麗な白と金の装飾品をあしらったドレスを着て、彼女は瞳を閉じていた。まるで、眠り姫の様に眠っているが、胸は上下に動いていなかった。
「死んでる……」
そっと棺に手を触れる。すると、カタンッという音と共に蓋が開いた。
驚いたが、ゆっくりと蓋を下に落として彼女を見つめる。
死んでいるとは思えないほどに、綺麗だった。今にでも目を開けて、動き出しそうだった。
突然、彼女に触れてみたいという気持ちが湧いてきた。
持っていた松明を傍に置き、ゆっくりと、手を彼女の頬に伸ばした。
だが、彼女に触れた途端
「っ!?」
腕に蔓が巻きついていた。勢いよく引き剥がし、後ろに下がる。
蔓は棺から何本も伸び、自分を捕らえようと迫ってきた。そして、動かないはずの彼女がこちらを見ていた。
その目は暗闇に近い環境でも、赤く光っていた。獲物を狙うように、見つめてくる。
その瞳から、何故か目が離せなかった。
動けないでいる私に、蔓が容赦なく巻きついて身動きが取れなくなる。
身動きが取れない私に、彼女はゆっくりと顔を近づけてきた。
そして、笑みを浮かべた。
『ミツケタ』
「見つけた…?何がっ」
全てを言う前に、彼女に顔を横に向けさせられた。勢いよく向けさせられて、首からゴキリッと音がした。痛い。
痛みで少し涙が出たが、首に熱くそしてぬるっとした感触に、体が震えた。
この感触は―――――
認識する前に、首に鋭い痛みを感じた。
耳の近くで、何かを啜る様な音が聞こえる。そして、だんだんとうまく体に力が入らなくなってくる。
視線を下に向けると、服が赤く染まっている。
あぁ、そうか。血を吸われているんだ。
頭は冷静だった。
体に力が入らなかったが、意識だけはっきりとしていた。
軽く手を握ってみる。まだ動くのを確認して、手に意識を集中する。
『アァ、オイシイ』
そう呟きながら私の顔を覗き込んできた彼女に、笑顔を見せる。
彼女は何故か頬を赤く染めながら、私の顔をじっと見つめてきた。そして、私の頬に手を添えた。
冷たくて、少しだけ暖かい。
『オモシロイネ、キミ。コワガラナイノ?』
「………怖くない」
これ以上の苦しみを味わったから。怖さを知っているから。
「……だから、ごめんね……?」
『エッ?』
そして、手に込めた意識を驚く彼女に向けて解き放った。
解き放った意識は、彼女を吹き飛ばし、体に巻きついていた蔓を切り裂いた。
「かはっ、はぁ……はぁ……」
急に自由になった体と意識が合わず、眩暈がして膝が地面についた。
周りには、切られた蔓がまだ動いていた。霞む目で、吹き飛ばされた彼女を見る。
『コレハヨソウガイ、ダッタカナ。モウ、ヨウシャシナイ』
彼女はふらふらと立ち上がりながら、こっちを睨みつけているのが分かった。
だが、もう抵抗できない。体が重い。手を動かそうとするだけで、眩暈がする。
意識が、朦朧とする。
『アハッ、モウオワリ?』
「っ!」
彼女の笑う声がすぐ近くで聞こえた。
髪の毛を摑まれ、むりやり顔を上に向けさせられた。意識を必死に保ちながら、彼女の顔を見る。
彼女は、残忍な笑顔を浮かべていた。その口からは、私の血か彼女自身の血が流れていた。
『サイゴマデテイコウシテヨネ、ツマラナイジャナイ』
「無理…言わないでよ……」
『フフフフフフフッ、ドウサレタイ?ナニサレタイ?クビヲキッテアゲヨウカ、ソレトモカラダダケノコシテ、オトモダチニデモオクロウカ?』
「殺すなら、さっさと殺して」
死なせてくれるなら、楽に死なせてよ。
その返答に、彼女は不満げだったが私の顔に爪で傷をつけながら、笑っていた。
『イイヨ。コロシテアゲル』
彼女の言葉を聞いて、すぐに目を閉じる。
目を閉じると、この世界で会った人たちの顔が浮かぶ。
さよなら、エリミア。さよなら、カミィラとパルサーシャさん。
ごめんなさい、リュナミスさん。ごめんね、リック君。もう、一緒に遊べない。
私は、家族の所に行きたいんです。
優しくしてくれて、ありがとう。こんな私に、親切にしてくれてありがとう。
「さよなら……」
そして、私は意識を無くした。
意識がなくなる前、誰かに名前を呼ばれた気がしたが、気のせいだろう。
必死に私の名前を呼ぶ声を、私は無視した。
『バイバイ♪』
最後に、彼女の笑い声が聞こえた。