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君が必要  作者: ぴあ
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出会い

初投稿です!これから頑張って書くので、楽しみにしていてください。

雨の日の校舎裏って、変な匂いがする。


 湿った土と、コンクリートと、誰かが捨てた空き缶の甘ったるい残り香。

 そういうのが全部混ざって、息を吸うたび胸の奥にじっとり張りつく。


 私は膝を抱えて座ったまま、スマホの画面を見ていた。


 母からの通知が三件。


『どこいるの』

『既読くらいつけなさい』

『帰ったら話あるから』


 短い文なのに、それだけで胃のあたりがきゅっと縮む。


 別に怒鳴られるって決まったわけじゃない。

 でも、こういう時の“話”がろくなものじゃないことを、私はもう知っている。


 帰りたくないな、と思う。


 思ったあとで、そんなこと考える自分に少しだけほっとしてしまって、余計に嫌になる。


「またいた」


 すぐ近くで声がして、肩が跳ねた。


 見上げると、朝倉さんが立っていた。


 傘もささずに来たのか、前髪の先が少し濡れている。

 彼女はいつも教室でも静かで、休み時間も誰かと騒ぐタイプじゃない。なのに不思議と、一人でいる感じが似合う子だった。


「……部活は?」


 とっさに出たのは、どうでもいい質問だった。


「今日は休み。そっちは?」


「ちょっと、ぼーっとしてただけ」


「ふうん」


 たぶん、信じてない声だった。


 朝倉さんは私の隣にしゃがみこむ。スカートの裾が濡れるのも気にしてないみたいで、そういうところがこの子らしいなと思う。


 少しの沈黙。


 雨どいから落ちる雫の音だけがやけに大きい。


「帰りたくない?」


 唐突で、でも変にやさしい聞き方だった。


 その一言で、喉の奥に何かつっかえたみたいになる。


 否定しようと思えばできた。

 できたのに、うまく声が出なかった。


 たぶん、図星だったから。


 朝倉さんはそれ以上追及せずに、ただ少しだけ視線を逸らした。


「うち来る?」


「……え?」


「今日、誰もいないから。静かだよ」


 言い方が、あまりにも自然だった。


 助けるとか慰めるとか、そういう大げさな感じじゃなくて。

 ただ“寒いなら中入る?”くらいの温度で言うから、余計に断れなかった。


「でも、急に行ったら迷惑じゃ」


「迷惑なら言わないよ」


 即答だった。


 それがなんだか嬉しくて、でも嬉しいと思ったことを悟られたくなくて、私は小さく俯いた。


「……じゃあ、少しだけ」


 そう言うと、朝倉さんは「うん」とだけ返した。


 それだけなのに、胸の奥のざわつきが少し静かになる。



---


 朝倉さんの部屋は、思っていたよりずっと普通だった。


 白いカーテン、机の上の開きっぱなしの英単語帳、ベッドの隅に寄せられたうさぎのぬいぐるみ。

 きれいにしてるのに、ちゃんと人が暮らしてる感じがする。


「そこ座ってて。飲み物いれる」


「あ、うん……お邪魔します」


 ベッドの端に腰を下ろした瞬間、変に緊張して背筋が伸びた。


 同級生の部屋ってこんなに落ち着かないんだ、と思う。

 しかも相手が朝倉さんだと、なおさら。


 少しして、マグカップが差し出された。


「ココア。甘いの平気?」


「好き」


「よかった」


 その時ふっと笑った顔を見て、少しだけ息が止まった。


 教室で見るより、ずっとやわらかい顔だった。


 なんでだろう。

 ただ笑っただけなのに、変に意識してしまう。


 視線を逸らそうとして、私は自分の手元を見た。


 爪の跡が、また赤く残っている。


「あ」


 思わず袖を引っ張ったけど、その前に朝倉さんの指がそっと手首に触れた。


「……痛そう」


 責める言い方じゃなかった。


 ただ、ほんとうに痛そうなものを見るみたいな声だった。


「別に、大したことないよ」


「そっか」


 そう言いながら、彼女の指先はやさしく跡のそばをなぞる。


 それだけで、変に泣きそうになる。


 痛いからじゃない。

 こんなふうに触れられたことが、たぶんなかったから。


「なんで、そんな優しいの」


 気づけば口から出ていた。


 朝倉さんは少し黙って、それから小さく笑う。


「優しいっていうか……放っておけないだけ」


「なんで?」


「前の私に、ちょっと似てるから」


 その言い方が、妙に本当っぽくて。


 この子も、同じような夜を知ってるんだって、なんとなくわかった。


 その瞬間、張っていた糸が切れたみたいに涙が出た。


 みっともないと思ったけど止まらない。


 朝倉さんは何も言わず、ただ私の頭をそっと肩に引き寄せた。


 あたたかい、と思う。


 体温とか、匂いとか、そういうの全部ひっくるめて。


 帰りたくない理由がまた一つ増えた、って。

 そんなことを思ってしまった。

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