ひたすら配ったティッシュが、私のスマホを鳴らした件
現世に降りてから、私の毎日はだいたい決まっている。
朝は出社報告。
午前中はポスティング。
昼過ぎから駅前でティッシュ配り。
夕方は少しだけピンポン訪問。
そして、成果はほぼゼロ。
今日も私は駅前に立って、ティッシュを配っていた。
白地に青文字の、ごく普通のポケットティッシュ。
表に書いてあるのは、最低限の情報だけ。
――リバース・ススメール保険
――転生を勧める保険
――願いを叶えて、転生しよう
――フリーダイヤル(神辺直通)
ビラのときは、もっと詳しく書いていた。
死後三年経過後、無条件で転生。
転生しなければならない。
転生先は選べない。
チートなし。
願いは一つだけ先払い。
法律違反、他害行為、物理法則逸脱、超能力、時間跳躍は不可。
……全部、書いていた。
でも、誰も受け取ってくれなかった。
だからティッシュにした。
説明は削って、最低限にした。
結果、ティッシュは受け取ってもらえる。
でも、広告はほぼ見られない。
受け取って、
チラッと視線を落として、
そのままポケットへ。
今日も、そんな光景を何十回も見送った。
――と思っていたら。
一人だけ、少し違う反応をした人がいた。
高校生?大学生かしら?
通りすがりにティッシュを受け取って、
数歩進んだところで立ち止まった。
ティッシュを見ている。
じっと、ガン見。
そして、振り返って、私の顔を見る。
……え、何?
私は営業スマイルを保ったまま、動けずにいた。
青年は、もう一度ティッシュを見る。
それから、また私の顔を見る。
首を傾げた。
そのまま、何も言わずにティッシュをポケットに入れて、立ち去っていった。
「……?」
声に出さず、首を傾げる。
まあ、こういうこともある。
特別な意味はない。
きっと。
その日も、成果ゼロで帰社した。
それから数日後のこと。
ポケットの中で、スマホが震えた。
一瞬、気のせいかと思った。
でも、確かに振動している。
スマホを取り出す。
知らない番号。
営業電話だろうか。
いや、私が営業だ。
少しだけ深呼吸して、通話ボタンを押す。
「はい、リバース・ススメール保険、神辺です」
少しの間。
それから、若い男性の声。
『あの……駅前で配ってた、ティッシュの……』
それだけで分かった。
あの青年だ。
『あれに書いてあった保険の話、少し聞いてみたくて』
胸の奥で、何かが小さく跳ねた。
「ありがとうございます。商品説明ですね。承れます」
声が震えないように気をつける。
年齢を聞くと、18歳。
今年の春に高校卒業して、今はバイト生活とのこと。
日時を調整して、待ち合わせ場所を決めた。
場所は、あの駅からほど近い商業ビル。
その奥まった一角。
「占いの館」と書かれたレンタルスペース。
私はその中の一区画を借りている。
ティッシュとビラの保管場所。
そして、契約用スペース。
約束の時間。
……5分過ぎても、来ない。
少し不安になり始めた頃、
入口の方から人影が現れた。
周囲をきょろきょろ見回して、
こちらを見て、
少し迷ってから近づいてくる。
間違いない。
駅前でティッシュを見て、私の顔を見て、首を傾げた――
あの青年だった。
「……あの、リバース・ススメール保険の」
「はい、神辺です」
私は立ち上がって、営業スマイルを作る。
ついに。
やっと。
現世で、初めての本格的な商談が始まろうとしていた。




