何も願わないで済む事が願い事だと気付かされた件【完結】
初回の顔合わせから、ずいぶん時間が経った気がする。
私はいつもの占いの館で、打ち合わせの準備をしていた。
書類は揃っているけれど、今日は使われないかもしれない。
時間になると、カーテンがゆっくり開き、青年が少し疲れた顔で顔を出した。
「こんにちは」
「こんにちは。願いを考えてきました」
席に座る青年を見て、私は小さくうなずく。
ここ最近、彼は何度も「世のためになる願い」を考え、どれも決めきれずに帰っていった。
「どんな願いですか?」
「その前に、一つ聞いてもいいですか」
青年は少し言いづらそうに続ける。
「願いって……本当は、自分で叶えるものなんですよね」
「多くの場合は、そうですね」
「ですよね……」
青年は苦笑した。
「大きな願いほど、自分じゃどうにもならないと思ってた。でも、色々考えて……」
少し間を置いて、彼は言った。
「何も願わない夜が、一番幸せだったなって。
仕事が終わって、ご飯を食べて、特に嫌なこともなくて。
寝る前に『今日は平和だったな』って思える日が、一番いいなって」
静かな声だったが、その言葉には重みがあった。
「それで?」
私は促す。
青年は少し照れたように頭をかく。
「寝る前に、スマホに一通メッセージが届いたらどうかなって」
「メッセージですか?」
「はい。
『今日も幸せだったね。おやすみ』って。それだけ」
青年はうなずいた。
「契約として成立しますか?」
「成立しますが、契約にするには勿体ないですね」
少しの沈黙。
青年は申し訳なさそうに笑った。
「それでも構いません。願いにします」
私は鞄から未記入の契約書を取り出そうとしたが、手を止めた。
――――もしかすると。
会社支給のタブレットを取り出し、ホームページにアクセスする。
片隅にある「無課金サービス」の「固定メッセージサービス」を開くと、
複数の固定メッセージから選んで指定アドレスへ送信できる。
これなら『願い』を消費せずに済む。
「契約いりませんね」と青年。
「契約いりません」と私。
メッセージ不要になったら配信停止も可能。
初回限定の無課金サービスだ。
打ち合わせはそれだけで終わった。
私は契約書を鞄に戻し、青年に「リバース・ススメール保険」のQRコードを送った。
見送りながら、息をつく。
「あの青年からの連絡はもうないかもしれない。
契約は結べなかったけど、やりきった気がする」
その夜、青年は布団に入り、スマホを枕元に置く。
画面が小さく光る。
――今日も幸せだったね。おやすみ。
彼はそれを読んで目を閉じる。
深く息を吐き、静かに眠りに落ちた。
たった一つのメッセージで、幸せを感じられる件――
こんにちは、ナナミです。
結局、契約には届きませんでした。
私の奮闘記は一旦ここまで。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
読了サービスと言ってはなんですが
RSH保険の裏側(あの世サイド)のお話を
ちょっとだけお話しさせて頂きます。
転職死神おねえさんスピンオフ
【タイトル】
あの人が追いつくまで暇なので、
あの世の保険会社でバイトしています
ep1 死神おねえさんの営業日報を整理して
小銭を稼ぐ事にした件
ep2 今どきの若者の願いを知って
ジェネレーションギャップを感じた件
2026年3月22日 公開をお待ちください。




