第3話 王城会議と、招かれざる聖女
「中央大陸諸国会議、ですって……」
早朝の馬車の中、窓の向こうに王城の塔が近づいてくるのを眺めながら、わたくしはつぶやいた。
前世で見た、あの最悪の未来の画面に並んでいた単語だ。
「顔がこわばっているぞ、リリア」
向かいで書類をめくっていた父――アルベール公爵が、視線を上げた。
「緊張なさっているのは、お父様の方ではなくて?」
「していないと言えば嘘になるが、王城の会議とはそういうものだ。笑顔で剣を突き合わせる場所だからな」
冗談めかしながらも、父の手元には帳簿の写しがある。
祈り地図、特定商会の取引先、ミア様宛ての招待状――先日サロンで突き合わせた紙束の一部だ。
「今日の議題は、諸国会議で何を話し、誰を出すか。教会も、当然関わってくる」
馬車が止まり、冷たい朝の空気が流れ込んだ。
◇
会議室前の前室には、既に数人の貴族が集まっていた。軽く挨拶を交わしつつ、案内役の騎士の後ろを進む。
扉の隙間から、ちらりと中が見えた。
壁一面の大陸地図と各国の旗。机の上の羊皮紙。学院で見た「聖女の祈り地図」とは違い、ここに塗られているのは国境線と利権だ。
やがて扉が開き、全員が膝を折る。
席順は、すでに決められていた。
奥の正面に王。
右手に教会席。豪奢なローブの大司教と、その隣に表情のこわばった穏健派司教。
左手に、レオン殿下と宰相。
長机の側面に、公爵家を含む有力貴族。
王を挟んで、「教会」と「次代の王」が向かい合う配置だった。
わたくしは父の一歩後ろに控えながら、その「図」を頭に刻む。
◇
「本日の議題は、数か月後に開催される中央大陸諸国会議の議題案と、我が国の代表団構成について」
宰相の声が響く。
「国境紛争の調停、魔物被害への共同対策、貿易路の安全確保……」
硬い単語が並んだあと、彼はわずかに言い淀んだ。
「そして、我が国は聖女の奇跡を有する国として、諸国から注目されよう」
その一文で、会議室の空気が変わる。
わたくしの背筋に、うすい寒気が走った。
わたくしが口を開く前に、椅子が一脚、音を立てて立ち上がる。
「その注目こそ、神の御名を広める好機にございますな」
柔らかな声で言ったのは、大司教だった。
銀糸の刺繍が光るローブ。指には太い金の指輪。
「聖女ミア様にも、ご同行いただくのがよろしいかと存じます。各国の民の前で祈りを捧げられれば、いかほどの心が救われましょう」
慈愛に満ちた提案。
けれど、その内側に潜む「看板」としての価値を、わたくしは知っている。
隣の穏健派司教が、一瞬だけ眉を寄せた。だが何も言わず、視線を伏せた。
「良い案だと思います」
真っ先に賛同したのは、レオン殿下だった。
「ミアなら、きっと自ら望むだろう」
「彼女の祈りで救われる者がいるなら、それを閉じ込めておくのは違う」
真っ直ぐな声。迷いのない瞳。
大司教は、殿下の言葉に乗るように微笑んだ。
「殿下の慈悲深さは、まさしく王道の徳にございます」
「聖女様がご同行なされば、諸国は神の加護にひれ伏すほかありますまい」
そして、何気ない調子で一文を足す。
「……聖女様がいらっしゃらずとも、我らにはやりようはございますが」
さらりとした一言。
けれど前世の記憶を抱えたわたくしには、「聖女を失っても別の手段で事を起こせる」と聞こえた。
大陸地図の上に、砲火と炎の画面が重なる。
◇
「聖女のご同行は、慎重に考えねばならぬ」
王の低い声が、場の熱を冷ます。
「アルベール」
名を呼ばれた父が立ち上がる。
「聖女様を神の贈り物ではなく、戦略資源と見る国も出ましょう」
「王城の加護を離れた場で、完全な警備は不可能です。教会の権威そのものを快く思わぬ国もあります」
淡々とした現実論が置かれていく。
王は小さく頷き、次にわたくしを見る。
「リリアーヌ。お前はどう見る」
椅子を引いて立ち上がり、一礼する。
「畏れながら、わたくしも父と同じく、聖女様のご同行には慎重であるべきだと考えます」
「聖女様の奇跡が眩しければ眩しいほど、それを独占したいと考える国も現れましょう」
「称賛だけならまだしも、嫉妬や恐怖の視線も、聖女様お一人に集まります」
本当は、「聖女拉致未遂」などという物騒な単語が頭の中で点滅している。
けれどそれは、誰にも見せられない「ゲームの文字」だ。
「殿下のお優しさが、聖女様を案じてのものであることは、わたくしも理解しております」
「ただ、祈る人を守るためには、祈りの場を選ぶこともまた、必要ではございませんか」
そこまで言ったところで、レオン殿下の瞳が鋭くなった。
「君は、あまりにも人を疑いすぎる」
静かな、けれど感情を含んだ声。
「ミアは人を救いたいと祈り続けてきた。その想いを、『危ないから駄目だ』で封じるのは違う」
ミア様の意思を代弁しているつもりなのだろう。
わたくしが返答を探す前に、大司教がまた口を挟んだ。
「恐れは、しばしば尊き志を曇らせるもの。……公爵令嬢よ」
「民は奇跡を求めておりますぞ。聖女様のお姿が、どれほど多くの心を結ぶか」
やわらかな声で、わたくしを「臆病なブレーキ役」に見えるよう刺してくる。
◇
「……聖女のご同行が諸国に与える影響は、今ここで測りきれぬ」
王が、ゆっくりと結論を口にする。
「我らはかつて、教会の力に頼りすぎて、見えなくなったものがあった」
「今回、聖女は同行させぬ。代わりに、記録と証言、資料を整えよ」
大司教は目を細めてから、穏やかに頭を垂れた。
「かしこまりました」
その笑みは、「この程度の後退なら、いくらでも巻き返せる」と言っているように見えた。
◇
会議が終わり、長い廊下を父と並んで歩く。
「教会からの反発は強まる。心しておけ」
低い声で告げる父に、わたくしは「はい」とだけ答えた。
角を曲がろうとしたところで、背後から呼び止められる。
「リリアーヌ」
振り返ると、レオン殿下が立っていた。周囲に人影はない。
「お先に失礼いたします、お父様」
「ああ」
父が歩み去り、わたくしと殿下だけが残る。
「なぜ、あそこまで強く反対した」
殿下の声は、抑えた怒りを含んでいた。
「ミアを案じているのは、君も同じだと思っていた」
「もちろん、案じておりますわ」
わたくしは丁寧な口調を崩さず、殿下を見る。
「だからこそ、です。わたくしは、ミア様を聖女利権の駒にさせたくないだけです」
「諸外国の思惑が渦巻く場にお連れすれば、聖女様個人ではなく、奇跡だけが取引される。……それが危険だと申し上げておりますの」
レオン殿下の眉が、きゅっと寄せられた。
「……君は、いつもそうだ。自分の正しさばかり押しつける」
冷たい一文が、廊下に落ちる。
「ミアの気持ちを聞く前に、『危ないから駄目だ』と決めつける。君の正しさが、誰かを傷つけているかもしれないとは考えないのか」
(正しさで人を追い詰める。それは、原作ゲームの悪役令嬢と、どれほど違うのでしょう)
喉元まで出かかった言葉を飲み込む。
「……失礼いたします、殿下」
わたくしは礼をして、ゆっくりと頭を上げた。
「わたくしには、わたくしにできる形でしか、この国を守れませんので」
それだけ告げて背を向ける。
◇
公爵邸の自室に戻る頃には、空は朱に染まっていた。
ドレスを脱ぎ、室内着に着替えると、わたくしは机に向かう。
鍵付きの革表紙ノート――未来ノートを開き、今日のページをめくった。
「中央大陸諸国会議 聖女同行案いったん見送り」
「王 教会依存のツケを自覚」
「レオン ミア同行に前のめり。わたくしの慎重論=正しさの押しつけと受け取る」
最後にペンを赤インクに持ち替え、ページの隅に一文を記した。
「聖女を国際舞台の看板に掲げる → 戦争エンド直通ルート」
二重線で囲み、しばらく黙って眺める。
窓の外では、王都の灯りが一つ、また一つと増えていく。
その光を見つめながら、わたくしは今日も、紙の上で別の道筋を探している。
ノートを閉じる音が、小さく部屋に響いた。
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王城会議での火花バチバチ回、楽しんでいただけましたでしょうか。
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今後のざまぁ&溜めてからのカタルシス展開も全力で用意していきますので、どうか見届けてください!




