第7話 国王の宣言と、二つの国の約束
完結まで後1話
会談最終日の朝、わたくしはまた円卓の間へと集められた。
頭上のステンドグラスから差し込む光は昨日と変わらない。それでも、並ぶ席ははっきりと違っている。
王太子殿下が座っていた場所には、王家の紋章だけが残され、椅子は片づけられていた。斜め向かいの一席では、「聖女」と書かれていた札が外され、「ミア・ローゼット」とだけ記された名札が新しく立っている。
(王太子も聖女も、役職としての席を降りられましたのね。では今日は、残された大人方がどう名乗る番なのかしら)
わたくしは帝国側、セドリック様の隣に用意された席に腰を下ろし、円卓を見渡した。
教会側にはひとつ空席がある。昨日、失脚した強硬派大司教の席だ。その脇で、穏健派司教が落ち着かなげに手を組んでいる。
王と宰相、父と母。帝国宰相と護衛騎士たち。会議の主役はもう、若い王太子でも聖女でもない。遅れてきた大人たちだ。
やがて、王が立ち上がった。
「本日の議題は二つだ」
低く響く声が、静まり返った空間に広がる。
「一つ。王国と教会の関係の再定義。もう一つ。ローゼリア王国とガルディア帝国の今後の関係」
陛下は円卓をゆっくりと見渡し、言葉を続けた。
「昨日までに、誰が過ちを犯したかの答え合わせは終わった。本日は、これからどう責任を取るかを決める日とする」
(ようやく、本当の意味で前に出てこられましたわね)
胸の奥で小さくつぶやく。あの日、わたくしを守れなかった王は、もういない。
「まず、王としての私の過ちから語らねばなるまい」
ざわめきが起こる。王はそれを手で制し、静かに続けた。
「私は、聖女の奇跡に頼りすぎた。民の不安も怒りも、神意の一言で教会へ預け、王としての責任を先送りにしてきた。その結果が、ここにいる者たちの苦しみだ」
視界の端で、ミアが小さく息を呑むのが見えた。空になったレオン殿下の席を思い出し、胸がきゅうと痛む。
(守られなかったあの日の答えが、ようやく返ってきましたのね)
王は一呼吸おき、言い切った。
「信仰は民のものであり、王の盾ではない」
その一言が落ちた瞬間、空気が変わった。
「ゆえに今後、教会を政治決定の場から退かせる。戦争の是非、戦費の決定に、教会の公式意見を関与させない。聖女と奇跡の名をもって戦を正当化することを禁じる。教会は倫理と救済のための機関として、孤児院や療養院、施粥に専念する」
教会側で、穏健派司教が立ち上がる。
「教会は、その決定を受け入れます。神の御名を、これ以上争いの旗印にさせぬために」
短い言葉だったが、その声に迷いは少なかった。
王が座り、今度は宰相たちが前へ出る。
「それでは、ローゼリア王国とガルディア帝国との間に結ばれる条約案について、ご説明いたします」
王国宰相が巻物を広げ、淡々と読み上げていく。
「第一条、相互不可侵条項。両国は互いの領土に対する先制攻撃を禁じる」
(ここ。ゲームの戦争エンドで最初に火がついた国境の小競り合い)
「第二条、戦場への聖職者派遣の禁止。ただし治癒のための限定的な派遣を除き、宗教的旗印を掲げての参戦を禁じる」
(聖女の祈りを加護の証として兵に与えたルートも、これで潰せますわ)
「第三条、戦争の火種となる情報の共有。両国は、特定商会や軍事的強硬派など、戦で利益を得る勢力の動きを互いに監視し、報告するものとする」
未来ノートの赤い丸印が脳裏に浮かぶ。「戦争で得をする者」の名前は、もう出そろっている。
帝国宰相が一歩前に出た。
「なお、帝国陛下はすでに本条約文に署名されており、帝国内でも同様の改革を進める意向であることを、お伝えします」
続いて、セドリック様が前へ出る。銀の髪が、光を受けて淡く揺れた。
「かつて、この大陸では、勝者が敗者の首を刈り取ることで戦を終わらせてきた」
静かな声が、円卓を一巡りする。
「だが本日、我々は首の代わりに、約束の文を差し出す」
断頭台。血の匂い。群衆の罵声。最初の悪夢が一瞬だけ脳裏をかすめ、わたくしは思わず指先を握りしめた。
(ようやく、この場の主役が処刑台から交渉の机へと変わりましたのね)
王国宰相はうなずき、巻物の末尾へ目を落とす。
「そして、付則として――」
ここから先の文言を、わたくしはすでに知っている。夜更けまで揉まれた一文。
「本条約は、ガルディア皇太子セドリック=ガルディア殿下と、アルベール公爵令嬢リリアーヌ=アルベールとの婚姻をもって、その絆を象徴するものとする」
一瞬の静寂のあと、ざわめきが波のように押し寄せた。
「やはり」「帝国へ嫁ぐのは」「王太子殿下は」
わたくしは父と母へ視線を向ける。
父は、いつもの公の顔でまっすぐ前を見据えていた。けれど、その指先がほんのわずか動く。
「……寂しくなるな」
唇の動きだけでそう告げられた気がして、胸が少し熱くなる。
母は目だけでこちらを見て、小さく笑った。「今さら驚かないわよ」とでも言うように。
(本当に、決まってしまうのですのね)
王が、こちらをまっすぐ見た。
「アルベール公爵令嬢リリアーヌ」
名を呼ばれ、わたくしは立ち上がる。
「この婚姻条項は、王と帝国との合意であると同時に、そなた一人の人生をも左右する。受けるかどうか、そなたの口から聞かせてほしい」
断罪の日、わたくしに言葉を与えなかった王が、今度は選択を問うている。その事実が、じんわりと胸に沁みた。
深く息を吸い、わたくしは一礼する。
「ローゼリア王国公爵令嬢、リリアーヌ=アルベールにございます」
顔を上げ、王国側と帝国側、両方を見渡した。
「わたくしは、帝国へ嫁ぐことをお受けいたします」
自分の声は落ち着いていた。
「ローゼリアで生まれ、帝国に救われた者として、二つの国のあいだに橋を架ける役を、自分の意志で選びたいのです」
視線が集まるのを、肌で感じる。
「かつてのわたくしは、悪役令嬢として首を刎ねられる未来しか知りませんでした。けれど今は、その代わりに、交渉で終わる未来を書き足せます」
未来ノートの最初のページに大きく書いた「処刑エンド」。その横に、小さく「同盟エンド」と書き足す自分の指先を思い描きながら、言葉を結ぶ。
「そのためなら、公爵令嬢でも皇太子妃でも、肩書きはなんでもかまいませんわ」
王は静かにうなずき、席へ戻った。
「では、最後に」
セドリック様が椅子を引き、わたくしの斜め前に並ぶように立つ。誰かの背中ではなく、同じ列に並ぶ位置。
「ガルディア皇太子として、この条約の履行と、ローゼリアとの友好を守り抜くことを誓う」
帝国側から、短い同意の声が上がる。
彼はわずかに口調を和らげ、こちらを見た。
「そして一人の男として、君が何度でも未来ノートを書き換えられるよう、その隣で戦い続けると約束する」
「……未来ノートの存在をご存じなのは、少々ずるいと思いますわ」
小さく返すと、セドリック様は口元だけで笑った。そのささやかなやり取りに、場の空気がほんの少し和らぐ。
やがて、条約文書が円卓の中央に運ばれてきた。厚い羊皮紙にびっしりと並ぶ文言と、いくつかの署名欄。
王がペンを取り、自らの名を記す。続いて帝国宰相が、皇帝陛下の代理として署名した。
次に、セドリック様がセドリック=ガルディアと書き添える。その隣、空白の欄がひとつだけ残る。
「リリア」
呼びかけにうなずき、わたくしは前へ出た。
差し出されたペンを握る。指先がわずかに震えかけて――深呼吸ひとつで静まる。
わたくしは、自分の名を丁寧に書きつけた。
その瞬間、ステンドグラス越しの光が少しだけ強くなり、紙の上のインクを淡く照らす。
あの日、断頭台を照らしていたのと同じ色の光が、今は条約と二人の名前の上に落ちている。
本条約は、双方の信義と、セドリック=ガルディアおよびリリアーヌ=アルベールの婚姻によって証される――。
最後の一節を目で追いながら、わたくしは胸の奥で小さく息を飲んだ。
(処刑台の代わりに並べられたのは、約束と名前)
(ずいぶんと、贅沢な終わり方ですこと)
そう思ったとき、ようやく心の底から安堵の息を吐くことができた。
第7話までお付き合いありがとうございます!
ついにリリアとセドリックの婚約&二国の約束が形になりました。
ここから先は夫婦未満な甘々攻防戦が始まります。
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