第2話 両国会談開幕と、円卓の座り方
完結まで後6話
王城奥の大広間に、よく似た部屋がある。
高い天井、色ガラスの窓、柱の列。断罪の日と同じ光景のはずなのに、中央にあるのは処刑台ではなく、巨大な円卓だった。
磨かれた木の天板。その中央に、白い花が一輪。
「……断頭台から、円卓へ。ようやく、まともなルート分岐ですわね」
誰もいない会談の間に、独り言が落ちる。
ここで、聖女を巡る騒動の検証が行われる。祈りの偏りと利権まで含めて。
わたくしは円卓の縁を指でなぞりながら、一周して配置を確かめた。
扉、窓、柱、椅子の数。
「今日は上から見下ろされるのではなく、同じ高さの一席として座る日……悪くありませんわ」
王の反対側、帝国ブロックの内側にある自分の席札の前で足を止める。
右に父アルベール公爵、左にセドリック殿下。
そのとき、背後で扉が開いた。
「アルベール令嬢、準備は整っております」
王国宰相が、席順表を手に近づいてくる。
「玉座は……本当にございませんのね」
「はい。陛下自ら、『今日は王としてではなく、一人の出席者として座る』と」
控えめな報告に、わたくしは小さく息を吐いた。
「賢明なご判断ですわ。高い席をひとつでも置けば、話はすべて茶番になりますもの」
羊皮紙を受け取り、視線で席順を追う。
王の右隣にレオン殿下。その隣に聖女ミア。
ミアの真正面には、教会強硬派の大司教。その両脇をレオン派の貴族と特定商会代表が固めていた。
「聖女様の正面に、聖女ビジネスの総元締めとお仲間たち……分かりやすくて助かりますわね」
思わず零れた皮肉に、宰相が苦笑を浮かべる。
「この席順で、よろしいのですね?」
「ええ。誰が誰の隣に座ったかは、今日いちばん鮮やかに記録されますもの。後から『知らなかった』とは言いづらくなりますわ」
そう答えたところで、扉の向こうから人の気配が膨らんだ。
足音と甲冑の擦れる音。いよいよ幕が上がる。
◇
最初に入ったのは、王と王国の要人たちだった。
玉座ではなく、円卓の一角の椅子へと歩み、他の出席者と同じ高さに座る王。
それだけで、この場が「断罪の間」ではないと示される。
続いて、教会勢とレオン派貴族、特定商会代表。
大司教は当然の顔でミアの正面に腰を下ろし、その左右を貴族と商会代表が挟む。
最後に、帝国代表団。
セドリック殿下と帝国宰相に従い、わたくしも一歩進み出て一礼した。
「ガルディア帝国第一皇太子付き顧問、リリアーヌ・アルベール」
宰相の紹介に、王国側からどよめきが起こる。
「聖女様を誹謗した令嬢が……」
「帝国の肩書きまで」
聞き慣れた囁きばかりだ。わたくしは表情を変えず、自席に腰を下ろした。
向けられる視線の気配が、断罪の日とは違っていた。恐怖や好奇心だけでなく、計算と探りと、わずかな期待が混ざっている。
「では、まずは祈りを」
大司教が立ち上がり、両手を掲げた。
「天の御心のもと、この国と帝国に清らかな光がもたらされますように。
そして、聖女様のお心を傷つけた者にも、悔い改めの機会が与えられますように」
名指しこそされないものの、多くの視線がわたくしへと集まる。
本来なら、このあと王が開会を告げるはずだった。
しかし大司教は、祈りの余韻のまま言葉を継ぐ。
「このような神聖な場に、聖女様を誹謗し、断罪された者を同席させることには、いささか疑念もございますが……」
柔らかな声音に、わざとらしい棘が混ざる。
罪人。誹謗。取り繕った敬虔さの下から、わたくしを汚れとして扱う単語だけが浮き上がる。
ここで黙って俯くのが、ゲームの悪役令嬢ルートだ。
けれど、その選択肢はもう未来ノートから削除してある。
「大司教猊下」
王が口を開くより、一瞬早く。
わたくしは椅子から身を乗り出し、穏やかな声で名を呼んだ。
「本日の議題は、聖女様の名誉を傷つけた罪人を、その場で裁くことではございませんわよね?」
大司教の視線が、ぴたりと向けられる。
「わたくしの理解では、本日の会談は、『この国で誰が戦火を望んだのか』『どのような構造的危険があったのか』を確認する場と伺っております。もし違うようでしたら、今のうちに訂正をお願いしたく存じますが」
声はあくまで丁寧に。けれど、議題のすり替えを許さない一文だけははっきりと置く。
大司教の眉がわずかに歪んだ。
「私はただ、神の御心を汚された痛みを申し上げたまで。戦を望んだ者など、おりますまい」
「そうであれば、なお喜ばしいことですわ」
わたくしは微笑みを崩さずに応じる。
「本日以降、『知らなかった』『意図していなかった』と仰る方が出ないよう、祈りの運用と、その結果生じた恩恵の偏りを、皆様で確認してまいりましょう」
ざわめきが、円卓を一周する。
その波を切るように、王がゆっくりと立ち上がった。
「……本日ここは、誰かをその場で罰するための場ではない」
重い声が、会談の間に落ちる。
「事実を並べ、王として、そしてこの国として何を選ぶかを決める場である。大司教、その点に異論はあるまいな」
真正面から向けられた視線を受け、大司教は唇を結んだ。
「……陛下がお定めになるのであれば」
渋々腰を下ろす彼の横で、レオン殿下が驚いたように父を見上げる。
ミアは胸の前で手を組み直し、視線を落とした。
◇
「では、進行について説明いたします」
宰相が立ち上がり、羊皮紙を広げた。
「本日の会談は数日にわたって行います。本日は一日目として、聖女の祈りがどのように運用されてきたか、その共通認識を持つことを目的とします」
帝国宰相が続ける。
「帝国は、本日の場でいかなる国内処罰にも関与いたしません。ただし、戦火が帝国へと飛び火し得る構造については、共に検証させていただきます」
宰相は頷き、議題を読み上げた。
「本日の議題は、『聖女の祈りの運用と、その結果生じた恩恵の偏りについて』」
会談の間に、ささやかなざわめきが走る。
「具体的な数値や地図については、明日以降、帝国側の資料に基づき確認します。本日はまず、聖女殿の日々の務めと祈りの手順について伺うに留めます」
宰相の視線が、ミアへ向いた。
「聖女殿、ご負担のない範囲で構いません。分かることだけお答えください」
「は、はい……」
ミアは喉を鳴らし、小さく頷く。
隣のレオン殿下がそっと手を伸ばしかけ、途中で迷って引っ込めた。
……まだ、追い詰める日ではありませんわね。
◇
「本日はここまでとする」
ごく軽い質疑応答のあと、王がそう宣言した。
大司教は不満げに眉を寄せる。
「聖女様の名誉回復については、いずれ必ず議題に」
固い声を残して立ち去る背中。
レオン殿下は何も言えないまま、ミアを庇うようにその後ろ姿を見送っていた。
椅子が一脚、また一脚と引かれ、会談の間から人が減っていく。
わたくしも立ち上がり、帝国側の控室へ向かおうとして――扉の前でミアと鉢合わせた。
「リリアーヌ様」
彼女が一瞬だけ立ち止まり、裾を握る。
「その……今日は、ありがとうございました」
何に対する礼なのか、彼女自身まだ言葉にできていない顔だ。
「まだ何もしておりませんわ。明日以降、もっと忙しくなりますもの。今のうちに、しっかりお休みになって」
庇護とも予告とも取れる一言に、ミアは戸惑いながらも小さく頭を下げた。
「……はい」
彼女の背中を見送り、足を進める。
すぐ隣に、馴染んだ足音が並んだ。
「第一幕としては、上出来だね」
セドリック殿下が、歩調を合わせる。
「王自ら『罰ではなく検証』と言った。明日、数字と地図を円卓に並べるとき、その言葉はこの国自身の枷になる」
「ええ。円卓の上に並べる答え合わせの材料は、もうほとんど揃っていますわ」
「君は、最後まで見る側だ」
「光栄ですわ。プレイヤーの席は、見晴らしが良いので」
廊下の曲がり角で、ふと振り返る。
扉は閉ざされているのに、さきほどの光景がまぶたの裏に浮かんだ。
「……答え合わせ編の一日目としては、このくらいでよろしいでしょう」
わたくしは歩みを進めた。
「断罪の間」が「答え合わせの円卓」へと姿を変えた第2話、いかがでしたでしょうか。
まだ静かな火種のままですが、数字と地図が並ぶ次回以降、一気に本当の炎上編へ踏み込んでいきます。続きが少しでも気になる、と感じていただけたなら、ブックマークや評価で支えていただけると嬉しいです。
リリアーヌたちの選んだプレイヤー席の行く末を、これからも一緒に見届けていただければ幸いです。




