第6話 帝都の影、軍と商会の戦争利権
夜の帝都。皇宮の片隅の作戦室で、わたくしは壁一面の地図を見上げていました。
国境都市、王都、帝都。その上に刺さったピンと、机いっぱいの帳簿と寄付板の写し、特定商会の木箱マークのメモが、静かに積み上がっています。
「では今夜は、線を引く作業といきましょうか」
宰相閣下が指を鳴らすと、地図の上に三つの印が浮かびました。
「聖女を抱える教会。物資を供給する商会。兵を動かす軍部」
わたくしは寄付板の写しに赤ペンを走らせます。
「多額の寄付をしている侯爵家と特定商会、教会を守る会。どれもゲーム本編の戦争ルートで得をしていた側でしたわ」
未来ノートから一枚破り、簡単な三角チャートを描きました。
頂点に「教会」「軍」「商会」、辺に「寄付」「世論」「物資」。矢印でつないだ瞬間、紙の上にいやなほど整った三角形が浮かび上がります。
「分かりやすい図ですね」
宰相閣下が小さく頷きました。
「どこか一辺を折れば、戦争は立ち上がりにくくなる。ただ、教会は君の国の内政、商会は民間、軍は帝国の心臓。どこを叩いても反発が出る」
(この三角形に光を当てたのは、わたくし……)
胸の奥で罪悪感が顔を出したとき、宰相閣下がさらりと言います。
「揺れたのは、もともと腐っていた部分です。見えなければ、いずれもっと派手に爆ぜていた。あなたは火薬ではなく、灯りを持ち込んだのですよ、公爵令嬢」
隣でセドリック殿下が笑います。
「その灯りの向きを、一緒に決めよう。リリア」
◇
翌朝の軍議の間。長机の両側に将軍たちが並び、その端にわたくしの席があります。
殿下が状況を説明し終えると、宰相閣下が合図しました。
「アルベール嬢、利権の図を」
昨夜の三角チャートを掲げ、簡潔に告げます。
「教会と特定商会、一部レオン派貴族、そして利害を共有する軍人たちが、聖女を前線に出すことで得をする構図を作ろうとしておりますわ」
「しかし、戦とは本来そういうものだ」
タカ派と呼ばれる将軍が立ち上がり、笑みを浮かべたまま淡々と言います。
「聖女が出れば民は勇気づけられる。短期決戦で済むなら、長期の膠着より死者は減る。犠牲は必要だ。問題は、その犠牲をどこに集中させるか、だろう」
前世で見た戦争ルートのテキストが、頭の中でぴたりと重なりました。背筋が冷たくなります。
「戦争は、痛みだ」
隣でセドリック殿下が立ち上がりました。
「痛みを知っているからこそ、避けられるなら避けるべきだ。犠牲は必要だと最初から数えるものではない。避けられなかったものとして最後に残る数字だ」
重い沈黙のあと、宰相閣下がまとめます。
「帝国として他国の聖女を戦争広告塔にする案は、ここで公式に否定しておきましょう。世論を煽るために他国の象徴を使えば、その火種は長く残りますからね」
会議が解散に移る中、タカ派将軍がわたくしの横を通り過ぎざま、小さく微笑みました。
「あなたのような方が前線に立てば、戦はすぐ終わるのですがね」
耳元のささやきに、肌の上を冷たいものがなぞります。けれどわたくしは、ただ静かに会釈するだけでした。
◇
軍議のあと、殿下と腹心騎士と三人で乗った馬車は、帝都の朝の中を戻っていました。
「……妙に静かですね。見回りの兵が、さっきから一人も」
腹心騎士が眉をひそめた瞬間、馬車の側面に激しい衝撃が走りました。
外側の防御結界がきしみ、窓越しに鈍い音が伝わります。
ひびが走るのが見えた瞬間、わたくしは未来ノートと書類束を抱えて床に身を投げ出しました。
「殿下、下へ!」
セドリック殿下の袖を引き倒した頭上を、強化された矢が数本、天井すれすれに飛んでいきます。殿下は短く詠唱し、内側から第二の結界を張りました。
「外には出るな」
「承知いたしましたわ」
殿下と騎士が外へ躍り出ると同時に、魔術と矢の光が馬車を叩きます。黒い外套の影が数人、路地に散っていました。
(このパターン、知っていますわ)
攻略本で読んだ「国境イベント・聖女拉致」の項目が頭の中で開きます。けれど、今回乗っているのは。
「聖女ではなく、悪役令嬢ですの」
震えそうになる指を押さえ込み、窓から身を乗り出しました。
敵の足元の石畳に、小さな魔法陣をいくつも描きます。陣が光り、石畳が滑りやすく変質しました。
「うわっ?!」
もつれた足が転び、矢の軌道が逸れます。その隙に、殿下の魔術が一人を吹き飛ばし、腹心騎士の剣が別の一人の武器を叩き落としました。
短い攻防ののち、何人かは逃げ、何人かは石畳の上に倒れ伏します。
「殿下、三人ほど、まだ喋れそうです」
腹心騎士の報告に、殿下が短く頷きました。
「詰所に運ぶ」
◇
帝都の外れの詰所の一室。縄で縛られた実行犯たちが椅子に並び、その前に殿下と腹心騎士。少し後ろの席に座ったわたくしは、未来ノートを膝に乗せてペンを握っていました。
「本来なら、君たちの行為は敵国による破壊工作として扱われる。そうなれば、戦時法の下で裁かれる」
殿下が淡々と告げます。
「だが、ここで話すなら帝国の治安問題として扱う余地が生まれる。裁かれ方は変わる」
沈黙が続いたところで、わたくしは静かに口を開きました。
「あなたがたを切り捨てる人たちは、きっとこうおっしゃるでしょう。犠牲は必要だと」
さきほどのタカ派将軍の言葉をあえて引用すると、男たちの顔色が変わります。
「……国境で、小さな衝突を起こせと言われた。王国側の紋章を装備に偽装して、村を一つ燃やせばいい、と」
一人が観念したように吐き出しました。
「それから、聖女が泣けば民は動くとも言われた。だから、そのあとは聖女を狙う作戦があるって話だ。今日のは、その前段らしい」
「帝国の中にも協力者がいると聞いたが」
殿下の問いに、男は激しく首を振ります。
「名前なんて出したら、俺たちごと消される。あんたらにも守り切れねえ」
それ以上は何を聞いても口を閉ざしたまま。
けれど、その怯えだけで、帝都のどこかにまだ見えない影がいることは十分伝わりました。
「……あなたがたの証言は、戦争記録庫のどこかに必ず残しますわ」
◇
詰所の裏庭で、腹心騎士が実行犯たちの装備を検分していました。
鎧の内側から、小さな金属プレートをつまみ出した彼が、眉をひそめてこちらを振り向きます。
「殿下、紋章が」
差し出されたそれを見た瞬間、わたくしと殿下は同時に目を見開きました。
天秤と麦束を組み合わせた意匠。
寄付板の隅で何度も見た紋章。特定商会の木箱に刻まれていた印。王都で山のように届いた招待状の封蝋。
「○○侯爵家……」
家名が喉の奥からこぼれました。
ローゼリアでも帝国でも、戦時特需の利益を吸い上げてきた、レオン殿下側近の侯爵家。
わたくしは未来ノートを開き、その名をゆっくりと書き込みます。
国境都市、寄付板、聖女グッズ、今日の襲撃。そのすべてから矢印を伸ばしました。
「本当に、最悪な構図ですこと」
セドリック殿下が、その横顔をじっと見つめます。
「君が全部を背負う必要はない」
穏やかな声。けれど、その奥には鋭い決意がありました。
「だが、この名前は必ず会議室の真ん中に引きずり出す。聖女を戦場に出そうとしている連中を、今度は公開の場に立たせる番だ」
わたくしは家名の上に軽く指先を置き、深く息を吐きました。
(処刑台そのものを壊しなさい――お母様の言葉ですわね)
今度壊すべき台は、聖女を飾りにして戦争を正当化する壇上。
そこに刻まれるべき名前が、ようやく一つ、はっきりと見えたのです。
余白に小さく書き足しました。
『帝都・○○侯爵家を公開の場へ』
「殿下。わたくし、倒れる前にどこまで準備できるか、試してみることにいたしますわ」
冗談めかしたつもりの言葉に、殿下の眉がぴくりと動きます。
「倒れないところまで、だ。リリア」
その訂正が妙に嬉しくて、わたくしは小さく笑いました。
ノートの上の家名の周りで、インクの矢印が、まだ見ぬ会談のページへ向かって伸びていくように見えました。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
帝都編もついに本格的に陰謀パート突入です。
聖女を巡る戦争利権と、○○侯爵家の暗躍……リリアたちの選択が、これから国のかたちを決めていきます。
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次話も全力で書きますので、引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです。




