表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「完結済」断罪イベント大炎上。悪役令嬢のわたしが冤罪証拠を突きつけたら、王子と聖女が一晩でざまぁ要員になりました  作者: 夢見叶
第1部 悪役令嬢、バッドエンドを知る

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/40

第3話 泣き虫聖女ミアと、お茶会の招待状

 宗教学の講義室で、わたくしは未来ノートの該当ページを思い出していた。

 ゲームでは、この授業から聖女候補ミア・ローゼットに関するイベントが動き出す。


「近年まれに見る、強い聖女の素質を持つ少女が現れた」


 教師の言葉と同時に、茶色の髪の小柄な伯爵令嬢に視線が集まる。

 ミアは肩を震わせ、胸の前のノートを落とした。


 ぱさり、と床に響く音。

 前列の令嬢がちらりと見て、わざと気づかないふりで裾をずらし、ノートの端を踏みつける。


 教師は板書に夢中で、何も見ていない。

 ……はい。見飽きた導入イベントそのまま、ですわね。


 わたくしは椅子を引き、静かに立ち上がった。


「失礼いたします、先生。前の方にノートを落とされた方がいらっしゃいますので」


 踏まれていたノートを拾い上げ、ミアに差し出す。


「お返しいたしますわ、ローゼット伯爵令嬢」

「あ、ありがとうございます…」


 近くで見ると、彼女の瞳は今にも泣き出しそうに揺れていた。

 ノートの端には、小さな文字。


 もっとがんばらなきゃ ごめんなさい


 自分に向けた謝罪を、わざわざ書き込む子。

 ……これは、少し放っておけませんわね。



 授業後の廊下。

 ミアはノートを胸に抱き、壁際を小さく歩いていた。ぶつからないように縮こまって、かえって目立っている。


「ローゼット伯爵令嬢」


「ひゃっ…!」


 振り向いた瞳が、わたくしを見て大きく揺れた。


「先ほどはノートを。落とされたままだと、聖句の宿題が大変でしょう?」


「あの、その、ご迷惑をおかけしてしまって…」


「謝る場面ではありませんわ」


 ぴたりと言い切ると、ミアは口をつぐんだ。


「不便を放置する方が迷惑ですもの。落ちたから拾った、それだけですわ」


「でも、わたし、いつも何かを落としたり、こぼしたりしてしまって…。教会の方にも、聖女なんだからしっかりしなさいって言われていて…。助けてもらうたび、迷惑をかけてしまったって…」


 ノートを抱える指が震えている。


「ローゼット伯爵令嬢、と呼ぶのも堅苦しいですわね。皆さんと同じように、ミア様とお呼びして?」


「は、はい…。その方が、うれしいです…」


「では、ミア様」


 自然と、声が柔らかくなった。


「あなたは、奇跡を起こす道具ではありませんわ。祈りを捧げる手を責める前に、その手を支える体制を整えるのが、大人の仕事です」


「わたしは、ちゃんとしなきゃいけなくて…。聖女様なんだからって、何度も言われて…。だから、がんばらないと…」


 細い声が震え、俯いたままの唇が小さく動いた。


「そんなに、わたしのためにしなくても…」


 ゲームでも見た台詞。

 けれど今耳にすると、嬉しさと怖さが混ざった響きに聞こえる。


「放課後、お時間は空いていまして?」


「え?」


「わたくしの友人たちも交えた、小さなお茶会を開こうと思っておりますの。聖女候補ではなく、一人の伯爵令嬢として、お話ししたくて」


「で、でも、公爵令嬢様のお茶会なんて、わたしなんか…」


「わたくしのわがままとお受け取りくださいませ。ほんの少しだけで結構ですわ」


 しばらく逡巡してから、ミアはうなずいた。


「…少しだけ、なら。お願いします」


「ええ。少しだけで十分ですわ」



 放課後のティーサロン。

 窓際の丸テーブルに、わたくしと友人令嬢が二人、それからミアが座っている。


「ミア様、どうぞ。ここの焼き菓子は学院一と評判ですのよ」


「は、はい…。こんな立派なもの、わたしがいただいてしまっていいんでしょうか…」


 背筋を伸ばしすぎて固まっているのに、視線だけは菓子に吸い寄せられていた。


「聖女様の力って、やっぱりすごいの?」


 友人が尋ねると、ミアは慌てて首を振る。


「わたしなんて、まだ半人前で…。でも、この前、村の子の熱が少し下がったことがあって…。すごく喜んでくれて、うれしかったです」


「祈りに伺う場所は、ミア様ご自身が決められるの?」


「ええと…。場所は、教会の方々が決めてくださるんです。たくさんお世話になっている方の領地には、やっぱり先に行くことが多くて」


「お世話になっている方?」


「寄付をたくさんしてくださる貴族の方とか、教会を守ってくださっている方とか…だと、思います」


 曖昧な答え。

 けれど、わたくしには十分だった。


 多額の寄付をする貴族や、教会を守る者の領に祈りが偏る。

 聖女は奇跡そのものではなく、奇跡の配分権。


 利権が生まれないはずが、ありませんわね。


「でも、村のおばあさんも、すごく喜んでくれました。お金なんて持っていないのに、わたしを教会まで呼んでくださって…。だから、できるだけいろんなところに行きたくて」


 ミアは自分の手を見つめ、ぎゅっと握りしめた。


「倒れそうになっても、祈ればきっと大丈夫って、皆さん言ってくださるから…」


「甘いものは、お好き?」


「す、好きです…。母が焼いてくれる、安い蜂蜜ケーキが好きで。お店みたいにはいかないんですけど、その、あったかくて」


 その瞬間だけ、ミアの顔から「聖女」という肩書きが外れた。

 ただ、母の手料理が好きな娘の顔。


 ……やはり、この子を聖女利権の札としてだけ扱う気にはなれませんわ。



「こんな素敵な場所、初めてで…。本当に、ありがとうございました」


 お茶会を終えた廊下で、ミアは何度も頭を下げた。

 そのとき、封筒の束を抱えた学院事務の職員が駆け寄ってくる。


「ローゼット伯爵令嬢をお探ししておりました。教会を通じて届いた招待状が、ここ数日でこれだけ…」


「え、ええっ?」


 どさっと渡された封筒の山に、ミアの腕が埋もれる。

 封蝋に押された紋章が、廊下の灯りを受けて光った。


 レオン派と噂される侯爵家。

 教会強硬派と繋がる家。

 父の仕事で聞いた、急成長中の商会の印。


「教会の方が、聖女候補として社交にも慣れなさいって…。断るのは失礼ですし、行けるだけ行かなきゃって…」


 困惑した声でそう言うミアの顔には、「期待に応えなければ」という焦りだけが見える。


「ミア様」


 わたくしは一歩進み出て、封筒の山を受け取った。


「日中は授業もございますのに、これを全てこなせば身体が持ちませんわ。必要であれば、公爵家から調整の申し入れくらいはいたします。あなたが行かなくてよい場には、行かないべきです」


「でも、皆さん、わたしなんかを招いてくださって…。期待に応えられなかったら…」


「期待とは、相手が勝手に積み上げるものですわ。あなたの体力と時間は有限です」


 きっぱりと言うと、ミアは一瞬だけ顔を上げ、小さく呟いた。


「そんなに…わたしのためにしなくても」


「わたくしが動くのは、わたくしの利害のためでもありますのよ。聖女様が倒れれば、この国はたちまち大騒ぎですもの」


 本当は、戦争エンド直通の騒ぎだ。

 もちろん、口には出さない。


「とにかく、招待状の整理はわたくしに任せてくださいませ。ミア様は宿題を。よろしいですわね?」


「……はい」



 夜。寮の自室で、わたくしは未来ノートを開いた。


 新しいページに見出しを書く。


 聖女ミア宛の招待状


 その下に、先ほどの封筒から読み取った情報を簡潔に箇条書きしていく。


 招待主の家名。

 教会の関与度。

 ミア本人の負担。


 途中で、ある侯爵家の名にペン先が止まった。

 夜会好きで有名で、あそこに行った令嬢の評判が妙に変わる、という噂の主。


 その名を赤で丸く囲む。


「ここが、聖女囲い込みお茶会の主催者、というわけですわね」


 ページの片隅に三つの点を打ち、線で結ぶ。


 教会強硬派。

 レオン派貴族。

 特定商会。


 三角形の中心に、小さくミアと書き添えた。


 聖女個人の囲い込みが、静かに始まっている。


「悪役令嬢の仮面くらい、喜んで被ってさしあげますわ」


 窓の外で、学院の灯りが点々と瞬いている。


 処刑エンドも、戦争エンドも。

 ゲーム通りには進ませない。


 そう胸の内で書き込み、未来ノートを閉じた。

 聖女ミア宛の招待状は、一枚目のページに静かに挟まれている。

ここまで読んでくださりありがとうございます!

泣き虫聖女ミアと腹黒(?)悪役令嬢アリシアのタッグは、ここから本格的に「断罪イベント大炎上」への道を転げ落ちていきます。

続きが気になる、応援してもいいかもと思っていただけましたら【★評価】や【ブックマーク】をぽちっとしていただけると、とんでもなく励みになります。

感想もお待ちしています!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編掲載中!
よろしければ応援お願いします!
婚約破棄?上等、封印証拠で公開監査し監査公爵と溺愛契約
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ