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「完結済」断罪イベント大炎上。悪役令嬢のわたしが冤罪証拠を突きつけたら、王子と聖女が一晩でざまぁ要員になりました  作者: 夢見叶
第4部 隣国編・共同戦線と内部の敵

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第2話 戦争記録庫と、数字になった死

 翌朝、帝都の客間の窓を開けた私は、息をのみました。


 灰色の屋根の向こう、ひときわ白い塔が天を刺しています。昨夜、セドリック殿下が「帝国が払った戦争の代金が眠る場所」と呼んだ建物でした。


     ◇


 記録庫までは、馬車で短い道のりでした。


 窓の外では兵士が訓練し、工房から煙が上がり、子どもたちが学校へ急いでいます。戦争を経験した国なのに、こんなにも「普通の朝」があることが、不思議でした。


 やがて街並みが途切れ、高台の上の建物が姿を見せます。飾り気のない石造り、ただ正面の大扉だけが重々しく、大陸地図と細い線が刻まれていました。「戦の記録庫」の古い文字。


 扉の前には門兵が立っています。セドリック殿下に敬礼した彼は、すぐに私へ視線を移しました。


「ご同伴の方の身分証を。ここは殿下でも、規定を無視してお通しすることはできません」


「アルベール公爵家令嬢、リリアーヌ・アルベールですわ」


 帝国で通用する身分証のペンダントを見せると、門兵は刻印を確認し、頷きました。


「確認しました。ようこそ戦争記録庫へ。内部では私語と資料の持ち出しは禁止です」


 分厚い扉の前で、殿下が振り返りました。


「リリア。辛くなったら、すぐ外に出るんだ。全部を見る必要はない」


「ゲームでは、何度も見た光景ですもの。今さら怖がってなど……」


 言いながら、私は胸元の未来ノートを握りしめていました。殿下の視線が一瞬だけそこをかすめ、何も言わずに扉を押し開けます。


 冷えた空気と、鉄と紙とインクの匂いが流れ込んできました。


     ◇


 中は、棚の森でした。


 天井まで届く棚が並び、金属のプレートには「戦死者名簿」「焼失都市」「物資損耗」「聖女関連派遣記録」などと刻まれています。


「ようこそ」


 静かな声に振り向くと、地味な制服姿の男が一礼しました。


「記録庫司書長です。閲覧には申請が必要。一度に持ち出せる資料は3点まで。記録への書き込みは禁止」


 簡潔な説明のあと、司書長は棚の端で少し飛び出していた帳簿を見つけます。落ちかけた背表紙を指先で支え、紙の端を撫でるようにして元の位置に戻しました。


「ここにあるのは統計ではなく、人の人生の残骸です」


 私たちに背を向けたまま、司書長は言います。


「忘れられないよう、壊れないよう、数字の形にして並べているだけですよ」


 胸の奥が、じわりと熱くなりました。


 まず案内されたのは、「戦死者名簿」の棚です。厚い帳簿の背には、地名と年号と戦の名前だけ。


「お好きな巻を」


 勧められ、一冊を抜き取ります。想像以上の重さでした。


 開いたページに、細かな文字がびっしりと並んでいます。


 名前、年齢、出身村、所属部隊、死亡理由。


「……21、23、19……」


 年齢の列で、指が止まりました。私と同じくらい、あるいは少し下の数字が、延々と続いています。


「君の国も、別の巻に項目がある」


 少し後ろから、セドリック殿下の声。


「自国分は、後で見ておいた方がいい」


 「後で」という言葉に、私は無意識に喉を鳴らしました。


 次に案内されたのは、「聖女関連派遣記録」の棚です。背表紙には「第七聖女派遣報告」「補助聖女候補損耗統計」などと並んでいました。


 鍵を開けた司書長が、帳簿を数冊、閲覧室の机に運びます。


 恐る恐る開いたページには、淡々とした文体で数字が並んでいました。


「祈りによる負傷兵回復:1日あたり32名」

「祈りの反動による聖女の体調悪化:記録あり9件」

「前線派遣を推奨した教会勢力:××派、△△評議会」


 祈りも疲弊も、全部、数字です。


 余白に、乱れた字の走り書きがありました。


「聖女は疲労を理由に派遣を拒否。代替として補助聖女候補3名を前線へ」


 その数行後には、「補助聖女候補死亡統計:3名」とだけ書かれています。


 ゲームの戦争エンドで、画面の端に小さく映っていた名もない聖女たちの姿が、頭をよぎりました。あれは、こうして数字に変えられた人たちだったのだと、今さら気づきます。


「聖女は、勝利を早める道具として扱われました」


 司書長の声は一定でした。


「誰がそれを望んだかは、あちらの棚に」


 視線を向けると、教会強硬派の派閥名や特定商会、王国の貴族の名が、背表紙に小さく並んでいます。


「……そろそろ、地図室に行こう」


 セドリック殿下が、私の肩に軽く手を置きました。


     ◇


 地図室の壁一面に、大陸地図が張られていました。


 その上に、赤と黒と青のピンが、隙間なく刺さっています。


「赤は焼失した都市、黒は大規模戦闘地、青は聖女派遣先です」


 司書長の説明を聞くまでもなく、青と赤がいくつも重なっているのが分かりました。


「ここが、前大戦で最も激しかった前線です」


 指し示された場所から、私は自然と、自国の北境へ視線を滑らせます。


 未来ノートに「北境暴動」「聖女失踪と同時期?」と殴り書きした地名。その上にも、赤いピンが一本、深く刺さっていました。


 視界が、ぐにゃりと歪みます。


 ゲーム画面では、ただの背景地図でした。ピンも、数字も、誰かの名前も、表示されなかった。


 私が「バッドエンドだわ」と笑っていた場所に、本当に人がいて、暮らして、戦って、死んでいた。


 数字になって、この壁に並べられている。


 息が浅くなり、赤だけがやけに鮮やかに見えました。


「リリア」


 肩に置かれた手の温度だけが、現実です。


「今日はここまでだ」


 セドリック殿下の声は低く穏やかでした。


「ま……だ……」


 続けて見ます、と言いたくて、言葉になりません。


「続きは、いつでも閲覧できます」


 司書長が淡々と告げました。


 部屋を出るとき、重い扉の隙間から、赤いピンが一本だけ見えていました。


     ◇


 記録庫の脇の小さな庭に、ベンチがひとつ置かれていました。


 冬枯れの芝と、石の記念碑。花束の代わりに、折りたたまれた紙片や古びた階級章が、そっと置かれています。


 私は腰を下ろし、前かがみに顔を覆いました。


「……わたくし、一度も考えませんでしたの」


 自分の声が、少しかすれていました。


「あの戦争エンドの地図の、赤い光一つ一つに、人の生活があったことを」


「わたくしが選んだ選択肢の先で、数字になって死んでいった方が、本当に、いたのですね」


 隣で黙っていた殿下が、静かに息を吐きました。


「君一人のせいじゃない」


 まず、その一言。


「けれど、君が知ってしまった以上、その知識を使わないのも罪だ」


 顔を上げると、蒼い瞳がまっすぐこちらを見ていました。


「全部を救うことはできない。全部を救おうとすれば、どこかで別の誰かが死ぬ。それは変えられない」


「それでも、死ぬはずだった人の数を減らすことはできる」


「……減らす」


 私は胸元から未来ノートを取り出し、「戦争エンド」と書かれたページを開きました。


 そこへ、新しい見出しを書き込みます。


「戦争エンド書き換え計画」


 続けて、箇条書き。


「戦死者の数字を、可能な限り減らすこと」

「焼失都市を増やさないこと」

「聖女を兵器として扱わせないこと」


 線で囲み、ページの端を折りました。


「処刑台そのものを壊したように、今度はこの地図を塗り替えますわ」


 震えるペン先でも、文字は紙の上に残ってくれます。


 覗き込んだ殿下が、少し笑いました。


「ずいぶん大胆な計画だね」


「後戻りするつもりはございませんもの」


「なら、僕も付き合おう。君の地図を、現実の方に合わせて書き換える役を買って出る」


 そう言って差し出された手は、記録庫の冷たい空気とは正反対に、温かかったのです。


 私はその手を握り返しました。


「どうか最後まで、お付き合いくださいませ。セドリック」


「もちろん。相棒だろう?」


 彼の言葉に、小さな笑いがこぼれます。


 もう、この地図は「バッドエンド」と笑って眺めるための画面ではありません。


 赤いピンの向こう側にいる人たちを守るための、攻略マップですわ。


 私は未来ノートを閉じ、戦争記録庫の白い塔を見上げました。


第4部第2話までお付き合いくださりありがとうございます!

数字になった「誰か」の死を、物語として少しでも掬えていたら嬉しいです。

続きが気になる、リリアやセドリックをもっと見たいと思っていただけましたら、ブックマークや評価をぽちっとしていただけると、とても励みになります。次回も全力で書きます!


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婚約破棄?上等、封印証拠で公開監査し監査公爵と溺愛契約
― 新着の感想 ―
飛鳥君みたいなことしてたんだなぁ、善意の集積か……
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