第1話 帝都到着と、有能すぎる隣国
ガルディア帝国の都は、近づくほどに「戦争を知る街」の顔を見せてきました。
高い城壁の石には欠けと補修の跡。兵士たちの鎧はよく磨かれているのに、小さな傷が幾筋も残っています。
わたくしを乗せた馬車の中で、セドリック殿下が窓の外を眺めたまま言いました。
「門番の目つき、君の国とは違うだろう?」
「ええ……実戦をご存じの目でいらっしゃいますわ」
「戦争を二度やれば、嫌でも学ぶからね」
本来なら検問を免除される皇太子の馬車列は、殿下の命であえて一般列に並べられていました。
「ここから先は、見ておいてほしい」
荷馬車は一台ずつ止められ、兵士が荷を改め、書類と照合し、短く指示を飛ばします。儀礼より、負け方から学んだ効率が優先されている動きでした。
門内の帝都も同じ空気です。制服姿の官吏が書類を抱えて駆け、広場の片隅には戦没者の名を刻んだ石碑と、その足元に花束。
(わたくしの国では、戦争の危機は噂と、前世で見た画面の中にしかありませんでしたのに)
「帝都の防備は、戦争をするためじゃない」
セドリック殿下が横で呟きます。
「二度と同じ負け方をしないためさ」
その一言で、この国の在り方がすとんと腑に落ちました。
◇
謁見の間は広いのに、装飾は控えめでした。天井から垂れる旗は帝国と古い同盟国の紋章が少しだけ。
上座にガルディア皇帝。その右に宰相。左にセドリック殿下。そして、その少し下に、わたくしの椅子が一つ。
(祖国では断罪の台。今度は作戦会議の席、ですのね)
裾をつまんで一礼しました。
「リリアーヌ・アルベール、謁見の栄誉を賜り、恐悦に存じます」
皇帝の銀の瞳が、静かにわたくしを測ります。
「君が、断罪劇を裏返した公爵令嬢か。先に言っておこう。帝国は君の無実を証明する場ではない。君は祖国にとって厄介者であり、我が国にとっては扱いを誤れば被害を呼ぶ危険物だ」
胸がちくりとします。それでも、目を逸らしません。
皇帝は机上の書類に視線を落としました。そこには、わたくしが送った報告とセドリック殿下の補足がまとめられています。
「だが同時に、君は火薬樽の位置を先に指さした者でもあるらしい」
宰相が、わずかに身を乗り出しました。
「ここに記された危機の構造を、戦争を知らない者にも分かるように三行で説明してみなさい。帝国官僚は長文と感情論に弱いので」
わたくしは一度目を閉じ、未来ノートのページを頭の中でめくります。
「第一に、聖女の祈りが特定の領地に過度に偏っている事実」
「第二に、その領地の多くが教会強硬派と特定商会、レオンハルト殿下派の貴族の支配下にあること」
「第三に、もし聖女が奇跡の供給源として失われれば、その穴埋めを名目に大陸規模の戦争を正当化しようとする者が現れるであろうこと、でございます」
言い終えて一礼すると、謁見の間に沈黙が落ちました。
「要点は理解した。君の祖国は、火薬樽の上で居眠りをしているらしい」
皇帝が静かに告げます。
「帝国は、その火薬樽を抱えて一緒に寝る趣味はない。ただ、爆発に巻き込まれるつもりもない。ゆえに、ここからは被害を最小限にする方法だけを考える」
宰相が頷き、今度はわたくしを見ました。
「リリアーヌ嬢。あなたは祖国にとっては厄介な存在でしょうが、我が国にとっては未来の地形をある程度知っている地図係になり得ます。あなたの知識を、帝国の判断材料の一つとして扱いたい」
皇帝が続けます。
「協力するかどうかは君が選べ。だが、選んだ以上は途中で投げ出すな」
祖国の断罪の夜、誰もわたくしに選択を与えてはくれませんでした。今、目の前には小さくても確かな選択肢があります。
「……もったいなきお申し出にございます。帝国と大陸全体の被害を少しでも減らせるのであれば、わたくしの知る限りを提供いたします」
そう告げると、横でセドリック殿下が小さく息をつく気配がしました。
悪役令嬢は、この国ではどうやら有能な地図係として扱われるらしい──そんな実感が、ひそやかに胸に灯ります。
◇
歓迎の晩餐は、祖国のものと比べれば質素でしたが、無駄がありませんでした。
上座に皇帝と宰相。向かい側にセドリック殿下とわたくし。
「口に合うと良いが」
「ええ、お腹と相談しながら食べられる宴席というものは、新鮮でございますわ」
そう答えたとき、扉が勢いよく開きました。
「兄上ー! 断罪ショーの主役を連れてきたって本当ですの?」
飛び込んできたのは、ガルディア第三皇女イザベル殿下です。
「イザベル。晩餐に乱入するなと何度言えば」
「だって、あの日の構図を直接語れる方がここにいらっしゃるのですもの」
イザベル殿下はわたくしの正面に腰掛け、目を輝かせました。
「はじめまして、リリアーヌ様。イザベル・ガルディアと申します。断罪イベントの記録、何度も読み返しましたの。政治も恋もひっくり返した、最高の一夜でしたわ」
妙な熱量で褒められ、返事に詰まってしまいます。
イザベル殿下は、ふと真顔になりました。
「あのときあなたが一歩も引かなかったこと。あれは、聖女ブランドで大陸を揺らそうとしていた人たちへの牽制でしたのよ」
「……わたくしの、あの一手が」
「ええ。あなたが声を上げなければ、聖女様はもっと酷い使われ方をしていたかもしれませんもの」
胸の奥が温かく、少しだけ痛くなりました。
「……恐れ多い評価にございます」
そう答えると、イザベル殿下はまた笑顔に戻ります。
「それにしても兄上、謁見の間からずっと視線が甘すぎますわよ? 国家的資産を見る目ではなく、大事な人を見る目ですもの」
「むせるようなことを言うな」
セドリック殿下が本当にむせ、宰相が小さく咳払いをしました。
「イザベル」
「はいはい、分かっておりますわ。戦争の話ですわね」
イザベル殿下はグラスの水面を見つめ、声を落としました。
「わたくし、戦争は嫌いですの。物語として読むぶんにはともかく、現実で人が死ぬ話は、ハッピーエンドになりませんから」
◇
晩餐のあと、与えられた客間のバルコニーに出ると、夜の帝都が静かに光っていました。
遠くの塔のひとつ、戦争記録庫のある区画だけが、不自然なほど明るいままです。
(この国は、眠っている間も戦争の数字を数えている)
冷たい風に肩をすくめたとき、背後から声がしました。
「寒くないかい」
振り向くと、セドリック殿下が上着を片手に立っていました。
「少しだけ、でございますわ」
「そういうときは大体、かなり寒いんだ」
そう言って、殿下は上着をわたくしの肩にかけます。
「……ありがとうございます」
視線を夜空に戻すと、殿下も同じ方向を見上げました。
「今日の陛下の言葉、きつく聞こえただろう?」
「いいえ。むしろ助かりましたわ。帝国はわたくしの国を庇わない。ただし、飛び火は自分たちの庭で払う。その線引きを示してくださったのですもの」
「やっぱり君は、うちの官僚に混ぜても違和感がなさそうだ」
殿下の冗談に笑いながら、わたくしはポケットから小さなノートを取り出しました。断罪後に作り直した未来ノートです。
帝国専用のページを開き、さらさらとペンを走らせます。
「帝国のスタンス、陛下と宰相殿の第一印象、イザベル殿下の戦争観……共同戦線の可能性、あり」
「共同戦線、か」
セドリック殿下が、手すりにもたれて呟きます。
「ここから先は、君一人の国の問題じゃない。僕の国の未来もまとめて、君と一緒に握りたい」
「それは、ガルディア帝国の皇太子としてのご判断で?」
「僕個人のわがままでもある」
風が強まり、殿下の指先が手すり越しにそっとわたくしの手を包みました。
(今度こそ)
(正しさだけでなく、現実も一緒に見てくださる方と未来を選びたい)
指先の温もりを、わたくしはそっと握り返しました。
「明日は、君に帝国が支払った戦争の代金を見てもらう」
セドリック殿下の横顔は、星明かりの下で静かに前を向いています。
「覚悟はできておりますわ」
わたくしは未来ノートの帝国ページを閉じ、夜空を仰ぎました。
『帝都到着と、有能すぎる隣国』まで読んでくださりありがとうございます!
帝国の合理主義と、セドリックのじわ甘さに少しでもときめいていただけたら、評価やブックマークで応援してもらえると、とても励みになります。次回は「戦争の代金」と二人の距離が同時に動き出す回です。




