第10話 断罪大炎上と、隣国皇太子の求婚
「ひとつずつ確認してまいりましょう」
そう告げて、わたくしは玉座の上の国王陛下へ向き直った。
王城大広間。卒業パーティの会場だった場所が、今は断罪の場として静まり返っている。
「陛下。噂と感情だけで人を裁けば、この国そのものが歪みます。本日は公開の場での事実確認を、お許しいただけますか」
陛下は重々しく目を伏せ、それからわたくしを見据えた。
「よかろう。ただし、虚偽があれば、その責めも負ってもらうぞ」
「元より、覚悟のうえにございます」
「ではまず、聖女様を階段から突き落とそうとしたとされる件から」
再びざわめき。
レオン殿下の側近たちが口々に抗議するのを、わたくしは手を上げて制した。
「アルフレッド様。証言をお願いできますか」
観客席の一角で椅子ががたんと鳴り、侯爵家次男アルフレッド様が立ち上がる。
顔面蒼白、膝は震えている。それでも、彼は前へ出た。
あの日、階段の陰で何も言えなかった少年が、今度は王と教会と貴族たちの前に立つ。
◇◇◇
「そ、その日……僕は、書類を抱えて中央階段を急いでいて……足を滑らせて……」
震える声で、アルフレッド様はゆっくりとあの日を語る。
彼がミア様とぶつかりかけたこと。
そのせいでミア様の身体が傾いたこと。
そして──
「リリアーヌ様は、反射的にミア様の腕を掴んで、引き寄せたんです。あれは、突き落としたなんてものじゃありません。助けたんです!」
最後の一文だけ、驚くほど真っ直ぐに響いた。
大広間がざわめく。
ミアは手を口元に当て、アルフレッド様を見つめている。
「聖女ミア・ローゼット。その証言と、あなたの記憶にどれほど差がある?」
陛下の問いに、ミアは小さく震えた。
「……怖かったんです。階段の上で、腕を強く掴まれて……落とされるんじゃないかって……」
それは彼女の本当の感情だ。
けれど、感情と事実は同じものではない。
「聖女様。あなたが怖いと感じたことそのものを、わたくしは否定いたしません」
わたくしは胸元のブローチに指を添える。
「ただ、その怖さの原因が、本当にわたくしだけにあるのか──皆さまと一緒に確かめさせていただきたいのです」
◇◇◇
カチリ、と小さな音がして、魔導録音具が淡く光る。
『あなたは奇跡を配る道具ではありませんわ』
『聖女様の周りこそ、整えられるべきですのに』
サロンでの会話が、そのままの声で大広間に流れた。
ミアの「ごめんなさい」「迷惑ばかりで」という小さな声も含めて。
『証拠のない非難をしてはならない。王立学院は、そのような場ではない』
階段のそばで、教師が生徒たちに告げた注意の声。
『聖女様を囲い込めれば、祈り先の優先も……』
『戦など起こるはずがない。だが備えだけはしておこう』
レオン殿下の側近と、一部貴族の会話。
わたくしのきつい忠告も、教師の叱責も、側近たちの打算も。
全てが、噂とは違わぬ形で再生される。
陛下は静かに言った。
「たしかに口調は辛辣だが、お前が悪いとは言っていないな。むしろ聖女を守ろうとしているように聞こえる」
会場の空気が変わる。
最初は、わたくしを責める視線ばかりだった。
今は、膝の上で手を握りしめて俯く者、隣と視線を交わして目を逸らす者が増えていく。
ミアの取り巻きの令嬢のひとりが、小さくつぶやく。
「……でも、怖かったのは、本当なんだもん」
彼女の感情もまた、嘘ではない。
「偶然にしては、手際が良すぎますわね」
わたくしは一歩前へ出た。
「聖女様の周りで小さな騒動を起こし、必ず証拠をひとつだけ残し、あとは噂に任せる。同じ書き手が、裏で台本を書いているように見えませんこと?」
教会席と、レオン殿下の側近が座る一角が、はっきりとざわめく。
◇◇◇
「公爵令嬢。憶測で聖なる教会を貶める気か」
教会側から鋭い声が飛ぶ。
「女神の御名を──」
「だからこそ、第三者の目でご確認いただきたいのです」
わたくしは、深く頭を下げた。
「教会強硬派が関わる寄付と祈り先の記録、特定商会の買い占め伝票、レオン殿下の側近の領地にだけ祈りと物資が集中している報告書。公爵家が数年かけて整理したものを、陛下にお預けいたします」
父から受け取った書類束を、王の前の卓へと置く。
ざわめきが広がる中、別の椅子が静かに引かれた。
「では──隣国の者の目から見た戦争の匂いを、お話ししてもよろしいだろうか」
帝国皇太子セドリックが立ち上がる。
銀の髪が光を返し、その姿だけが舞台装置のように浮かび上がった。
「戦争で一番儲かるのは、兵を出さない者だ」
その一言で、わたくしの背筋に鳥肌が立つ。
「聖女の祈り先を操作し、物資の流れを抑え、両国どちらが疲弊しても帳簿だけ黒字になる位置に立とうとしている勢力がいる。この書類からは、そう見えます」
学生たちがどよめき、貴族たちが互いの顔色をうかがう。
「この国の聖女様が失踪し、戦が起これば、火は必ず我が国にも飛び火する。その未来を避けるために──」
セドリック殿下は、そこでようやく、わたくしを見た。
「彼女は共犯者として、僕に情報を送り続けていた」
共犯者。
その単語が落ちた瞬間、大広間の空気が変わる。
驚き、反発、安堵、いくつもの感情が一斉に渦を巻いた。
わたくし自身も、思わず目を見開いていた。
「……共犯、者……」
セドリック殿下は、少しだけ笑う。
「君だけに責任を押しつける気はないよ、と、ちゃんと伝えておきたかったからね」
陛下は長く黙し、それから宣言された。
「本件は、教会と関係貴族、商会の関与も含め、改めて調査する。今日ここでの断罪は、一時停止とする」
断罪ショーは、その一言で終わった。
処刑エンドの宣告とは逆の言葉が、現実として選ばれたのだ。
◇◇◇
それでも、大広間のざわめきは止まらない。
ステンドグラスの光が床の模様を染め、その中央に、一輪の白い花が飾られていた。
処刑台の夢で見たのと同じ、場違いなほどきれいな白。
「陛下。もうひとつだけ」
セドリック殿下が、王に向かって一礼する。
「本件の再調査のあいだ、彼女の身の置き所について、帝国として提案がございます」
「……申せ」
王の言葉を合図に、セドリック殿下は白い花の前まで歩み出て、片膝をついた。
会場が、一瞬息を止める。
「この国が君をいらないと言うなら、僕の国で一生甘やかす」
柔らかな声が、白い花のすぐそばで響く。
「君の未来を燃やす断頭台ではなく、君と一緒に新しい歴史を書く机を用意しよう。──リリアーヌ・アルベール。僕の隣国皇太子妃になってくれないか」
今度こそ、爆発した。
「こ、公開プロポーズ!?」
「国際問題では……?」
「でも、ロマンチックすぎませんこと!」
学生席は恋愛劇場と化し、貴族席はざわめき、教会席の一部は露骨に顔色を変える。
わたくしは、その喧騒を少し離れた場所から眺めていた。
頭の中に、ボロボロになった未来ノートの1ページが浮かぶ。
『卒業パーティ=断罪イベント→処刑エンド』
その文字に引いた赤い二重線。
その下に書き足した走り書き。
『→帝国皇太子との公開求婚(予定)』
……予定だったはずの文字が、現実になっている。
(いいえ。ここから先はもう、ゲームの中のバッドエンドではありませんわ)
自然と、足が前へ出る。
セドリック殿下の差し出した手へ向かう途中、一瞬だけレオンと視線がぶつかった。
彼は何かを言いかけて飲み込み、その隣でミアが小さく「ごめんなさい」と唇だけ動かす。
白い花の前で立ち止まり、セドリック殿下を見下ろす。
「処刑エンドも、戦争エンドも、もう知っておりますの」
静かな声で言うと、彼の蒼い瞳が細まった。
「けれど──」
差し出された手のすぐ上で、一拍置いてから告げる。
「ここから先は、わたくしが書く物語ですわ」
未来ノートに、自分で書き足す新しいページ。
ゲームのシナリオでも、誰かが作った悪役令嬢ルートでもない物語。
そう言って、わたくしはその手を取った。
ステンドグラスの光がわたくしたちを包み、床に落ちる影が、かつての断頭台の構図と重なって──はっきりと別物に変わっていく。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
断罪イベントがまさかの公開求婚に…と、ずっと書きたかった山場をやっとお届けできました。
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