第8話 卒業パーティ前夜、悪役令嬢は笑う
朝のホームルームで、担任がにこやかに言った。
「今年の卒業パーティの日程が決まった。場所は王城大広間だ」
黒板横の予定表に、赤い丸が一つ。教室が一気に沸き立つ。
「やっとだわ」
「ドレスどうしよう」
「ファーストダンス、誰に……」
恋バナのざわめきの中、わたしは笑みだけ整えて、時計と赤い印を見比べた。
未来ノートに書いた断罪イベント予定日と、数日の誤差もなく重なっている。
(予定どおり、ですわね)
「リリアーヌ様は、どんなドレスをお召しになるの」
隣の令嬢が身を乗り出してくる。
「せっかくですもの。最後まで悪役令嬢らしく、少し派手に」
軽口を返すと、周囲がくすくす笑った。
「またそんな」
「でもきっと、お似合いになりますわ」
彼女たちは、ここが死刑宣告の会場になるとは知らない。明日、王城の大広間で誰が檻の中に立つのかも。
チャイムが鳴り、担任がまとめに入る。
「卒業パーティは、王都社交界への正式なお披露目でもある。各自、恥をかかぬように準備をしろ」
はい、と声が重なり、椅子が引かれる音が一斉に響いた。
皆が昼休みへとなだれ出る中、わたしはそっと息を吐く。
(明日は、わたくしの処刑エンド予定日。けれど今回は、観客席ごとひっくり返してみせますわ)
そう決めているからこそ、笑っていられる。
◇ ◇ ◇
放課後、公爵邸の書斎に入ると、大きなテーブルいっぱいに王城大広間の見取り図が広がっていた。
「戻ったか、リリア」
父と母、それに側近たち。空気は軍議そのものだ。
「卒業パーティの舞台を、確認しておこう」
「舞台、でございますのね」
わたしは椅子に腰かけ、見取り図を覗き込んだ。階段、窓、柱、王族席。悪夢で見た処刑台と同じ大広間。
「王族席はここ。殿下の位置はこの演壇の前だろう」
父が指で示す場所を、赤いインクで囲む。
「殿下が婚約破棄と断罪を宣言されるとすれば、この辺り。わたくしが立つのは……ここですわね」
王族席から最もよく見える、中央寄りの空白。母が小さく息を呑む。
「娘をそんな場所に立たせるつもりはなかったのだけれど」
「だからこそ、こちらで条件を決める必要がある」
父は淡々と言い、別の紙を引き寄せた。魔導録音具の図が描かれている。
「録音具はどこに仕込む」
「音が反響しすぎず、陛下にも客席にも届く場所。人払いもしやすく、目立ちすぎない位置……ここはいかがでしょう」
王族席と教会席の中間、柱の陰。指で印を付けると、父がうなずく。
「なるほど」
母がくすりと笑った。
「完全に軍の作戦会議ね。娘の晴れ舞台が公開処刑ショーにならないようにする会議だけれど」
「母様、その表現はさすがに辛辣ですわ」
笑い合いながらも、ペン先は止めない。
「証拠を提示する順番も、ここで決めておきましょう」
わたしは別紙に数字を振って書き出す。
「まず階段事件。アルフレッド様の証言と録音の再生。次に、学園で繰り返された嫌がらせのパターン。こちらも録音と書類で」
「その後で、教会と商会、レオン派貴族の金の流れだな」
「最後に、帝国からの補強証言。セドリック殿下の立ち位置を、正式に」
父と視線を交わす。
「見る者の感情が、きちんと事実に追いついてこられる順ですわ。最初から戦争の話をしても、誰も理解できませんもの」
「舞台の照明が眩しすぎるなら、舞台裏から押さえる。よし、王にも同じ順番で話そう」
◇ ◇ ◇
王城の執務室は、重かった。
「卒業パーティで、事実の確認の場を設けたい」
父が要点を述べ、わたしが補う。
「ミア様への嫌がらせの多くが、別の意図で仕組まれている可能性がございます。陛下には、誰かの涙ではなく、事実をご覧いただきたく」
セドリックや帝国の関与は、今は伏せる。
王は眉間に皺を寄せた。
「また教会か」
低く呟き、それからゆっくりとうなずく。
「よかろう。ただし感情的な場にしてはならん。わたしは裁きではなく、確認の立会人としてそこにいる」
「ありがとうございます、陛下」
深く一礼し、顔を上げる前にもう一言だけ告げた。
「どうかその日、最初から最後まで席をお立ちになりませんよう。途中で視線を逸らされませんように」
「……変わった願いだな」
王はほんの少しだけ口元を緩める。
「約束しよう。最後にお前が差し出すものを、見届けるまでは席を立たん」
その重さを背中に感じながら、わたしは執務室を辞した。
◇ ◇ ◇
翌日の放課後。学院の廊下で、アルフレッド様の姿を見つけた。
「アルフレッド様」
呼びかけると、彼は肩を震わせて振り向く。腕には書類の束。
「アルベール公爵令嬢……」
「少しだけ、お時間をよろしいかしら。階段の件で、確認しておきたいことがございますの」
窓際まで誘い、向き合う。
「まずは、お礼を申し上げますわ。あの日、あなたが足を滑らせたおかげで、あの段の危険に気づけましたもの」
「お、僕は……むしろ、ご迷惑を……」
「いいえ。あなたは、あの場にいらした。見ていた。それだけで十分です」
逃げ道を塞がないように、事実だけを並べる。
「あなたはミア様にぶつかりそうになり、わたくしが腕を掴んで止めた。その場に、殿下もミア様もいらっしゃらなかった」
「……はい」
「ですが噂では、わたくしが誰かを突き落とそうとしたことになっている。あなたが公爵令嬢に脅された、という形で」
アルフレッド様の指先が震えた。
「違うんです。本当は、そんな言い方はしていなくて。ただ、皆が面白がって……僕が、止められなくて……」
「分かっておりますわ」
責めないよう、微笑みながら首を振る。
「今すぐ、何かをしてほしいわけではございません。ただ――」
ひと呼吸置き、窓の外の空を見上げた。
「いつか。本当のことを話したくなったら。その時は教えてくださいね」
「いつか……」
彼は俯いたまま、かすれた声を漏らす。
「僕なんかに、できるでしょうか」
「僕なんか、とおっしゃる方が、一番物事を変えてしまうこともありますわよ」
前世で読み散らかした物語の定番を、ここで現実にしてもらうだけ。
廊下の向こうから、レオンとミアが並んで歩いてくるのが見えた。取り巻きに囲まれた、物語の主役たち。
アルフレッド様はそちらを見て、それからもう一度、わたしを見上げる。
どちらの物語の端に立つのか。まだ揺れている目だった。
「明日は、きっと騒がしくなりますわ」
それだけ告げて、わたしは会釈し、彼の横を通り過ぎた。
◇ ◇ ◇
卒業パーティ前夜。準備を終えた公爵邸は、静かに息を潜めていた。
わたしは一人でバルコニーへ出る。夜風が髪を撫で、遠くに王城の明かりが瞬く。
手には、ボロボロになった未来ノート。
表紙の角は擦り切れ、何度も書き足した跡で分厚く膨れている。
「入学式前夜に、処刑エンドと書き込んでから……ずいぶん書き換えてしまいましたわね」
ページを繰ると、かつて大きく書いた文字が目に入った。
卒業パーティ=断罪イベント→処刑エンド
真っ赤な二重線が、その上を走っている。
その下には、新しく書き足した一文。
卒業パーティ=断罪ショー大炎上→帝国皇太子との公開求婚(予定)
自分で書いておきながら、思わず苦笑した。
「本当に、そこまで辿り着けるかしら」
ペンを取り、今日の出来事を短くメモする。
王城の動線確認完了。
王は立会人として協力。
アルフレッド様、いつかと言ってくださった。
それらを眺め、深く息を吸った。
そして、余白にゆっくりと書き込む。
明日、わたくしが王城の大広間に立つとき――それは悪役令嬢リリアーヌとしてではなく、この国の未来を書き換える者として。
インクが染み込んでいくのを見届けてから、その一文を指先でなぞる。
「次にあの場所に立つときには、もう悪役令嬢ではありませんわ」
夜空に向かって、呟く。
「断罪される役ではなく、筋書きを暴く側として」
視線の先で、王城の窓に月明かりが差し込む。揺れるカーテンの影が、明日の幕を静かに待っているように見えた。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
第8話は、いよいよ「断罪前夜」編でした。嵐の前の静けさの中で、リリアーヌがどんな顔で笑っていたのか、少しでも伝わっていたら嬉しいです。
次話はいよいよ卒業パーティ本番、断罪ショーと大炎上、そして――の予定です。
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