表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「完結済」断罪イベント大炎上。悪役令嬢のわたしが冤罪証拠を突きつけたら、王子と聖女が一晩でざまぁ要員になりました  作者: 夢見叶
第3部 孤立と準備、そして断罪

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/40

第6話 悪役令嬢、ひとりで泣けない夜

 馬車の車輪が石畳を叩くたびに、殿下の声が胸の内で揺り返します。


『君はいつも、自分の正しさばかり押しつける』


 夕焼けに染まる学院の塔が、窓の外で遠ざかっていきました。

 膝の上で指を組み、爪が食い込む感覚だけを確かめます。

 未来ノートには触りません。今開けば、「庭園決裂イベント」などと書き込みたくなってしまいそうでしたから。


(押しつけていたのが誰なのかを考えるほど、元気ではありませんわ)


◇ ◇ ◇


 公爵家の門をくぐるころには、空は薄紫色に変わっていました。


「ただいま戻りましたわ」


 扉が開き、執事とメイドたちが一斉に頭を下げます。

 いつもの笑みを貼りつけてドレスの裾を持ち上げると、横にいた侍女が、握りしめた指先の震えに気づき、そっと目を伏せました。


「お嬢様、今夜はお疲れでしょう。お部屋にお茶を」

「いいえ、先に食堂へ参りますわ。お父様をお待たせするわけにはまいりませんもの」


 食堂には、変わらない光景がありました。

 父は書簡を脇に置き、母はグラスを回しています。


「おかえり、リリア」

「ただいま戻りました、お父様、お母様」


「学院はどうだ」


 いつも通りの、何気ない問い。


「試験の準備は順調ですわ。教授方も変わらずご熱心で」

「そうか」


 そこで終わらせればよかったのに、舌が勝手に続けていました。


「ミア様も、ご健勝です。周囲の皆様に、とても大切にされていらっしゃいますわ」


 手元でフォークが鳴り、金属音がやけに大きく響きます。


「それは、何よりね」


 母がわたくしの顔を眺め、軽く首をかしげました。


「……少し顔色が悪いように見えるけれど?」

「昨夜、本を読んでいてつい夜更かしをしてしまいましたの」


 冗談めかして返すと、母は苦笑します。


「本は逃げないのだから、ほどほどになさい。今夜はあまり遅くまで灯りをつけていてはだめよ」

「承知いたしましたわ、お母様」


 食卓の会話はそのまま流れていきます。

 けれど今夜だけは、ナイフとフォークの音も時計の音も、少し遠くから聞こえました。


 食事が終わるころ、父がグラスを置きます。


「リリア」

「はい」


 視線がぶつかりました。

 公爵ではなく、父としての目。


「……無理はしていないな」

「もちろんですわ」


 自分の声が、少しだけ乾いて聞こえました。


「お父様、お母様」


 席を立つ前に、一礼します。


「わたくし、必ずこの家に恥じない卒業にいたしますわ」


 優秀な娘の決意としては、問題のない台詞。

 けれど胸の内では、別の意味を帯びていました。


(死ぬ代わりに、戦うだけですわ)


 父は「頼もしいな」と笑い、母は「楽しみにしているわ」と微笑みます。

 そのどちらにも、わたくしの本心は触れません。


◇ ◇ ◇


 部屋に戻ると、侍女が手早くドレスを解いてくれました。


「ここからは自分でできますわ。ありがとう」


 彼女を下がらせると、帯をほどく音と、アクセサリーを箱に戻す音だけが広い部屋に響きます。

 鏡の中には、髪型の崩れた公爵令嬢がひとり。


「……つまらない顔ですこと」


 自分に向けてそう呟き、視線を逸らしました。


 ベッドに腰を下ろし、膝を抱えます。


(条件は、十分そろっておりますのに)


 幼馴染みに決定的な言葉を投げつけられたこと。学院での立場がほぼ詰みであること。聖女も、この国も、守れるかどうか分からないこと。


 深く息を吸い、目をぎゅっと閉じました。

 喉が痛くなり、胸がきゅうっと縮みます。


 それでも――肝心のところで、何もこぼれ落ちてきません。


「……泣き方を、忘れてしまいましたわね」


 驚くほど落ち着いた声が、静かな部屋に溶けました。


 枕元の引き出しから、未来ノートを取り出します。

 ページをめくると、乱暴な字が目に入りました。


『処刑エンド 5年目』

『戦争エンド 7年目』


 その余白に、ペンを走らせます。


『3年春・庭園決裂イベント(ゲーム外)』


 括弧書きの「ゲーム外」をしばらく見つめました。


(ゲームの外に出ても、結局同じ場所に追い詰められている気分ですわね)


 苦笑してノートを閉じかけたその時、扉を叩く音がしました。


「……どうぞ」


「お嬢様。帝国より急ぎの書簡が」


 侍女が差し出した封筒には、銀糸の封蝋と帝国の紋章。

 見慣れた印に、胸がわずかに熱を帯びます。


「ありがとう。あとはひとりにしてちょうだい」

「かしこまりました」


 扉が閉まり、静寂が戻りました。

 手の中の封筒だけが、今この瞬間の現実を証明しています。


 指先で封蝋をなぞりました。


(今の顔を殿下がご覧になったら、どう思われるかしら)


 一瞬ためらいがよぎります。

 今にも崩れそうで、けれど崩れ方すら分からない顔。


「情報を共有すると決めたのは、わたくしですものね」


 小さく息を吐き、封を切りました。


◇ ◇ ◇


 便箋を広げると、柔らかな文字が並んでいました。


『先日君が好きだと言っていた菓子に似たものを、宮廷料理長に作らせてみた』

『味は悪くなかったが、どうも君の国の蜂蜜の方が美味しいようだ』


 思わず、口元が緩みます。続く一文では、学院の庭園の白い花のことにも触れられていました。


 やがて、文体が少しだけ硬くなりました。


『前回の君の推測に基づき、帝国側でも「戦争になれば誰が得をするか」の洗い出しを始めた』


『兵を出さず、祈りも供給せず、ただ物資と貨幣だけを動かす者たちが、どれほど甘い汁を吸えるか。

 机上の計算だけでも、吐き気がする数字だ』


 具体的な名は書かれていませんが、「候補は少しずつ絞れてきている」と続いていました。


 そして再び、筆致は柔らかくなります。


『ここに列挙した事実は、君ひとりに背負わせるつもりで書いているわけではない』


『「君が知ってしまったから」ではなく、「君が教えてくれたから」動ける者たちがいる。

 どうか、それを忘れないでほしい』


 胸の中で、固まっていた何かが少しずつ溶けていきました。


 続く、一行。


『君が泣けない夜には、せめてこちらで少しだけ世界を前に進めておく』


 息を呑みます。


 つい先ほど、自分でこぼしたばかりの言葉。

 誰にも聞かれていないはずの弱音。


 それと同じ響きが、遠い帝都から届いた紙の上に並んでいました。


「……あら」


 視界がじわりと滲み、インクの線が少しにじみます。


「まだ、出るのですね」


 指先で頬に触れると、ちゃんと温かい涙がありました。

 ひとりでは泣けなくても、誰かの言葉があれば、まだ泣ける。


◇ ◇ ◇


 涙を拭き、未来ノートを再び開きます。

 先ほどのページをめくり、その裏に新しい見出しを書き込みました。


『第三部・3年目/断罪イベント準備』


 上部に二本線で枠を描き、「ここから先は自分が書くルート」だと示します。


『帝国:戦争利得者の洗い出し開始/兵を出さず祈りを握る者ほど危険/情報を共有する限り、共犯者は増える』


 手紙の要点を一行にまとめ、その下に矢印を引きました。


『教会強硬派 → 特定商会 → 一部貴族?』


 いくつかの名前が頭の中で線でつながり、ぼんやりしていた輪郭が形を帯びていきます。


 ペン先が、ページ中央の空白で止まりました。


(守るだけでは、足りませんもの)


 ゆっくりと、一行を書きます。


『今後の方針:言葉ではなく、証拠で殴る』


 少し行儀の悪い言葉。

 けれど、悪役令嬢を名乗るなら、このくらいの覚悟は必要でしょう。


「悪役令嬢、ですものね。これくらいはいたしませんと」


 ひとりごちてペンを置き、別の便箋を取り出しました。


『あなたのおかげで、今夜は少しだけ泣けました』


 まず、その一文。

 続けて、インクを足します。


『次にお会いする時までに、わたくしの国の脚本家の正体を、証拠付きでお見せいたしますわ』


 封筒に手紙を収め、蝋を落として公爵家の紋章を押します。


「……これでよし」


 窓の外には、雲の切れ間から星がいくつか覗いていました。

 学院の中央階段は見えませんが、あの場所に積もり始めた影の気配だけは分かります。


「泣くのは、今夜だけ」


 誰にともなく宣言して、灯りを落としました。


 明日からのわたくしは、もう少しだけ――悪役令嬢らしくある必要があるのです。

そっと物語の端を摘まんで閉じるあなたの指先に、登場人物たちの息遣いが微かに残っていたなら嬉しいです。

第3部も折り返しに差し掛かり、彼らの選んだ道がいよいよ形を帯びてきました。

続く話では、これまで積み上げてきた伏線が静かに、しかし確実に動き出します。

もし物語の行き先を少しでも気にかけていただけたなら、評価やブックマークで応援してもらえると励みになります。次章も、どうぞ見届けてください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編掲載中!
よろしければ応援お願いします!
婚約破棄?上等、封印証拠で公開監査し監査公爵と溺愛契約
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ