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「完結済」断罪イベント大炎上。悪役令嬢のわたしが冤罪証拠を突きつけたら、王子と聖女が一晩でざまぁ要員になりました  作者: 夢見叶
第3部 孤立と準備、そして断罪

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第4話 悪役令嬢、ひとりぼっちの教室

 階段事件の翌朝、学院の廊下はやけに笑い声が高かった。


 わたくしは背筋を伸ばし、いつも通りの歩幅で教室へ向かう。


(さて。どこまで物語が進んでいますの?)


 扉を開けた瞬間、空気が一度だけ止まり、それからざわりと揺れた。


 わたくしの席の上には、小ぶりな白薔薇の花束。

 カードには、丁寧な筆致で一行。


『神の罰は、きっと見ている』


 黒板には、色チョークで大きく書かれている。


『聖女様を突き落とそうとした人は、教室から出ていって』


 なるほど。朝から判決文とは、仕事が早いことで。


 わたくしはため息もつかず、黒板へ歩み寄る。

 チョークを取り、文字をなぞり、消しゴムで何度も往復した。


 粉の落ちる音だけが響く間、背中に小さな囁きが刺さる。


「見た?」「本当に消してる」「こわ」


 書き終えた板書を確認し、チョークを戻す。

 机の上の花束を手に取り、香りだけ確かめた。


「校則で、生花の持ち込みは原則禁止ですわ。虫がつきますもの」


 淡々と告げ、教室の隅の窓際に花瓶ごと移す。


 しかし、すぐに背後から声。


「やだ、証拠隠滅?」

「図星だから、慌ててどかしたんじゃない?」


 想定内の台詞に、肩すら動かさない。


「階段で起きたことは、担任の先生にも報告済みですわ。誤解のないよう──」


 最低限だけ伝えておこうとした瞬間、女子Aが明るく遮る。


「誤解、ですって。そうやって全部言い訳するんだ」


 教室の空気が、ぴたりと固まる。


(なるほど。ここでは、言葉はもう燃料ですのね)


 そこで口を閉じ、椅子を引いて腰を下ろした。


     ◇


 昼休みの食堂。

 中央の大きなテーブルにはレオン殿下とミア様、その周囲を囲む令嬢たち。

 そこだけが、舞台のセンターのように眩しい。


 わたくしは一瞬だけ空いている席を見て、視線を外す。

 かつて一緒に座った令嬢が、目を合わせかけて慌ててパンへ視線を落とした。


(あちらの居心地まで悪くしてしまうのは、趣味が悪すぎますわ)


 窓際の小さなテーブルにひとりで座り、スープに口をつける。

 耳は、自然と殿下たちの方へ。


「ねえ聞いて、昨日の階段、本当に怖かったんだから」


 噂を盛るのが得意な女子Aの声。


「リリアーヌ様、ミア様の腕、ぎゅって掴んでさ」

「次に殿下に泣きついたら分かっていますわよねって」


 スプーンを持つミア様の手が、ぴたりと止まった。


「そんな……リリアーヌ様、そこまでひどいことは」


 ささやかな否定。

 だがAがすぐにかぶせる。


「ミア様はお優しいから、悪く言えないだけよ。ね、殿下?」


 レオン殿下は真面目な顔で頷いた。


「ミアが嫌な思いをしたのは事実だ。だからこそ、僕が守らないと」


 ミア様が、勇気を振り絞るように顔を上げた。


「でも……階段の時、リリアーヌ様、わたしの腕を──」


 え、と息を呑む気配。

 取り巻きたちの視線が、一斉にミア様へ集まる。


 一拍の沈黙。

 その重さに耐えかねたように、ミア様は視線を落とした。


「……ごめんなさい。何でもないです」


 スプーンが皿に触れて、小さな音を立てる。


(レオン殿下に嫌われたくない。聖女の物語から外れたくない。……そういうことですわね)


 少し離れた席から、その全部を見ていながら、わたくしは立ち上がらない。


 今ここで近づけば、「加害者が被害者にプレッシャーをかけている」という、分かりやすい絵が完成するだけだ。


(ミア様がいつか、自分で選んで言葉を発せられる日まで。わたくしは、嫌われ役に徹しますわ)


 皿を空にしてから、静かに席を立った。


     ◇


 午後の授業。

 教科書を取り出そうとした瞬間、机の中から紙切れが数枚、ばさりと落ちた。


『中央階段に近づかないで』

『聖女様に謝って』


 字の癖はばらばら。

 誰かひとりの悪意ではなく、「みんなで少しずつ」書き込んだ形だ。


 わたくしは拾い上げ、折り畳んでノートの間に挟む。


「そのページ、少し見せていただけかしら」


 前の席の令嬢に声をかけると、彼女は一瞬だけ硬直してから笑った。


「ごめんなさい、今手元に無くて」


 机の上には、開かれた教科書。


 教壇から先生の視線が流れてくるのを感じた。


 花束の置かれた窓際。

 黒板の隅に残った白い粉。

 わたくしの周囲だけ、妙に空いている席。


 先生の眉間に小さな皺が寄り、それでも何も言わずに板書へ視線を戻す。


 質問タイム。

 名前を順に呼んでいき、わたくしのところで一瞬だけ沈黙が落ちた。


「……その、隣の君。答えてみなさい」


 わざと外した気遣いか、それとも巻き込まないための距離か。


 後ろの席から、ささやき声。


「やっぱり先生も怖いのよ」

「怒らせたら大変だもんね」


     ◇


 放課後、教室に残ってノートを片付けていると、背後から声がした。


「リリアーヌ嬢。少しよろしいか」


 振り返れば、担任の先生が教壇の前に立っている。

 生徒たちはすでに誰もいない。


 わたくしは前へ進み、礼を取った。


「先ほどの授業内容に、不備でも?」


「いや。そうではない」


 先生は周囲を確認し、声を落とす。


「階段での件だが……私は、君が誰かを突き落とそうとするような人間だとは思っていない」


 胸の奥に、ほんの少しだけ温度が灯る。


 しかし、それは次の一言で容易く吹き消された。


「だが、今の空気の中で、私が公然とそう言えば、かえって君への風当たりを強めるだろう」


(大人でさえ、空気には逆らえない)


 先生は申し訳なさそうに続ける。


「授業の中でできる限り公平にはする。それ以上は……すまない」


「お気持ちだけで十分でございますわ、先生」


 完璧な淑女の微笑みを貼り付け、頭を下げる。


(先生の一言で世界が変わるなら、とっくにゲームオーバーは避けられていましたわね)


 そんな毒を心の中だけで転がしながら、教室を後にした。


     ◇


 寮へ向かう中庭。

 グループで笑い合う生徒たちの流れから、少し離れた位置を歩く。


「やっぱり怖いよね」

「聖女様に何かあったらどうするの」


 背後から飛んでくる声は、決してわたくしを呼ばない。


 部屋に戻り、制服を掛け、髪をほどき、机の前に座る。

 引き出しから未来ノートを取り出し、三年目のページを開いた。


 原作ゲームのメモには、「花束イベント」「落書き」「階段転落未遂」と並んでいる。

 本来の時期も、状況も、すでに大きくずれている。


「……ここまで来ると、未来というより過去資料ですわね」


 自嘲気味に呟き、ノートを閉じる。


 代わりに、新しい薄いノートを取り出した。

 まだ何も書かれていない、真新しい表紙。


 一ページ目の上に、ゆっくりとタイトルを書く。


『階段事件メモ』


 その下に、箇条書き。


『日時・場所:学院中央階段/昼休み後』

『関係者:聖女候補ミア、王太子レオンハルト、奨学生アルフレッド、周囲の生徒』


 左側に「事実」、右側に「噂として語られている物語」を並べて書いていく。


『事実:リリアーヌ、足を滑らせたアルフレッドを引き寄せて支える』

『噂:リリアーヌ、聖女の腕を乱暴に掴み、階段の縁へ追い詰める』


『事実:ミア、庇いかけて言葉を飲み込む』

『噂:ミア、恐怖で声も出せなかった』


 赤インクのペンを取り、未来ノートの階段イベントの項目をぐるりと囲む。


『原作:ミアが階段から落ち、軽傷』

『原作:悪役令嬢が突き落とした前提』


 未来ノートのページ下部に、大きな字で一文を書く。


『ここから先は、ゲームの外』


 二重線で囲み、角を折る。


 窓辺に立ち、夜の学院を見下ろした。

 暗い教室の中に、昼間わたくしの席に置かれていた白い花束の残像が浮かぶ。


(これは本当に、わたくしだけのせい?)


 そして、今度は迷わず答えた。


(いいえ。そうなるように仕組んだ者たちがいる。ならば、彼らごと物語を書き換えて差しあげましょう)


 階段事件メモの白いページに、ペン先が音もなく走る。

 それは、断罪イベントという最終幕へ続く、新しい台本の一行目だった。


第3部第4話までお付き合いありがとうございます。

孤立する悪役令嬢の教室編、少しでも胸に刺さるものがあれば嬉しいです。

続き執筆の何よりの燃料になりますので、よろしければ感想・評価・ブックマークで応援していただけると泣いて喜びます!


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