表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「完結済」断罪イベント大炎上。悪役令嬢のわたしが冤罪証拠を突きつけたら、王子と聖女が一晩でざまぁ要員になりました  作者: 夢見叶
第3部 孤立と準備、そして断罪

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/40

第2話 モブ少年の罪悪感と、階段の影

 目覚まし代わりの鐘が鳴った瞬間から、胸のあたりが重かった。


 俺はアルフレッド・カーライル。どこにでもいる侯爵家の次男で、成績だけが取り柄の奨学生だ。寝癖を手ぐしで押さえつけながら、机の隅の成績表の控えをちらりと見る。


(成績さえ落とさなければ、うちの家計も文句は言わない)


 父の声を思い出して、ため息をひとつ。制服の襟を整えて部屋を出ると、男子寮の廊下はいつも通り騒がしかった。


「おいアル、遅いって。今日からもう3年目だぞ」

「……分かってるよ」


 同室のベンが笑いながら背中を小突いてくる。その後ろから、幼なじみのロイドが声をひそめた。


「なぁ、聞いたか? またリリアーヌ様がミア様にきつく当たったってさ」

「これ以上レオン殿下の足を引っ張らないでくださいだっけ? こえーよな、公爵令嬢」


 ベンの肩すくめに合わせて、俺も口角だけ上げる。


「……こわ〜……」


 自分でも情けないと思うくらい薄い声だった。


 学院の門をくぐる頃には、同じような噂があちこちから聞こえてくる。


「聖女様、かわいそう」「でも殿下が守ってくださるし」


 そんな言葉が、春の風に乗って教室までついてきた。


 教室に入った瞬間、空気が少しだけ固くなる。前列付近ではミア様の周りに輪ができていて、レオン殿下もそこに腰掛けている。笑い声とささやき声。


 反対側、窓際の列の真ん中に、黄金色の髪の令嬢がひとり。リリアーヌ・アルベール公爵令嬢。


 彼女の前後左右だけ、ぽっかりと席が空いていた。昨日配られた席順表には、ちゃんと名前が並んでいたはずなのに。


(……まぁ、あれだけ噂があれば、近づきづらいよな)


 俺自身も、その空白の一部であることを意識して視線をそらし、別の席に腰を下ろした。


 ホームルームで担任が「3年目ともなれば卒業後の進路も視野に」と話していたが、頭にはほとんど入ってこない。代わりに、別の光景が浮かんでいた。


 1年目の春。中央階段の壁に、でかでかと落書きがされていた。歪んだ似顔絵と、子どもじみた悪口。


「ひでぇな、これ」「でもなんか、似てない?」


 友人たちと踊り場からそれを見下ろしていたとき、彼女が現れた。完璧な姿勢で階段を上ってきた公爵令嬢は、一瞬だけ落書きを見て、表情を動かさないまま侍女に言った。


「消しておきなさい」

「かしこまりました、お嬢様」


 それだけ。怒鳴りもしないし、泣きもしない。


「やっぱ怖いよな、公爵令嬢って」


 俺は、そのとき友人に合わせてうなずいた。あの時の自分の顔を思い出すと、今でも胃のあたりが重くなる。


 少しして、階段近くでいきなり名前を呼ばれた。


「カーライル様」


 振り向くと、そこにいたのはリリアーヌ様だった。刺すような視線を覚悟したのに、その目はただ真っ直ぐで、少し疲れて見えた。


「この学院でおかしいと思ったことがあれば、わたくしに教えてくださる?」

「え、えっと……」


「あなたのような立場の方は、いろいろな場所をご覧になるでしょう。噂ではなく、事実を知りたいのです。できる範囲で構いませんから」


 それはお願いの口調で、命令でも脅しでもなかった。……のに、翌日にはもう形が変わっていた。


「なぁ聞いたか、カーライル、リリアーヌ様に全部報告しろって脅されたんだってよ」

「うわ、こえー」


「違――」


 否定しかけた声は、笑い声に押し流された。俺は「まぁ、そんな感じ……」と誤魔化してしまった。


 二年目になると、中央階段の同じ段で、よく誰かが足を取られるようになった。


「リリアーヌ様が通ったあとだったってよ」

「聖女様の裾を踏んだのを見たって人もいるんだって」


 そんな噂を聞きながら、俺は遠くから結果だけを見ていた。散らばった教科書。泣きそうな下級生。眉をひそめる横顔。


(僕は、ずっと見てた。なのに、何も言わなかった)


 3年目の今、同じ中央階段の踊り場にもたれながら、その言葉を飲み込む。


 ふと視線を下ろすと、金色が動いた。階段の下を、リリアーヌ様がひとりで歩いていた。数段を、つま先で確かめるように静かに踏んでいく。裾を少しだけ持ち上げて、石の端を見ながら。


(危ない場所だって、分かってるんだ)


 本当に、この人は人を突き落とすためだけに階段を見ているのか。そんな疑問が、ようやく形になった。



 昼休み前。担任から紙束を渡された。


「この書類を教授室まで頼む。急ぎだ」

「はい!」


 胸に抱え、俺は廊下へ飛び出す。いけないと思いつつ、足が自然と小走りになった。


(廊下は走るなって、いつも言われてるのに)


 中央階段に差しかかったとき、上の方から声が降ってきた。


「……そんなに、わたしのためにしなくても……」


 ミア様の、申し訳なさと怯えが混じった声。


「あなたが守られるべき立場だと理解していない方の方が、よほど危険ですわ」


 続いたのは、リリアーヌ様の落ち着いた声だった。意味までは追えなくても、真剣な会話だと分かる。


(……また、何かあったのか)


 気づけば俺は階段を数段上がり、踊り場の柱の陰に身を寄せていた。


 リリアーヌ様とミア様は、中央あたりの段に立っている。外側の手すりから二段ほど内側。俺はそこから6段ほど下、内側の柱の影。半分だけ見えるふたりの横顔は、ぱっと見には言い合いにも見えた。


 俺は、ほんの少し身を乗り出す。


 その瞬間、靴底がぐにゃっと嫌な感触を伝えてきた。


「あっ――」


 昨日の雨で、石段がうっすら湿っていたのだろう。バランスが崩れ、書類が宙に散り、視界が大きく揺れた。


(落ちる)


 そう思った瞬間、視界の端から白い手が伸びてきた。


「危ないから、その位置からは下がりなさい」


 腕をきゅっと掴まれる。細いのに、驚くほど強い力だった。引き寄せられる形で前の段に倒れ込み、膝を段に打つ。


「だ、大丈夫ですか」


 上からミア様の声。彼女は一段下りかけて――リリアーヌ様に止められる。


「下りてこないで。巻き込みますわ」


 その声は淡々としているのに、はっきりと焦りが混じっていた。俺の腕を掴む指先も、少し震えている。


「カーライル様。廊下で走らないようにと、何度も言われているはずですわ。足元を見なさい」


「す、すみません……ありがとうございます……」


 しがみつくように頭を下げる。見下ろすと、あと数段で本当に空中に投げ出されていた高さだった。


(今、僕を掴んでくれた手が、噂の中では突き落とす手にされている)


 背筋に冷たいものが走る。


 散らばった書類を拾い集めてくれたリリアーヌ様は、自分の裾を踏まないよう気をつけながら、最後の一枚を差し出した。


「これで全部ですわね。……急ぎなら、ここからは気をつけて」

「は、はい!」


 裏返った声で返事をして、俺は書類を抱えて階段を駆け下りた。


 背後で、別の声がした。


「今の見た? またリリアーヌ様、誰か捕まえて説教してた」

「あの位置、もし足滑らせたら危ないよな」


 階段の上から降りてきた別クラスの生徒たちが、途中から見ていたらしい。


「いや、今のは――」


 否定しかけた言葉は、喉の奥で止まった。振り返る勇気が、どうしても出てこない。



 夜。男子寮の部屋で靴を脱いでいると、ベンがベッドから身を乗り出してきた。


「アル! 今日さ、階段でリリアーヌ様に掴まれてただろ。何言われたんだよ、脅された?」

「べ、別に。危ないから下がれって、それだけで……」


 事実をそのまま言おうとした瞬間、ロイドが笑って被せる。


「それ、次に変なこと見たら分かってるわねって意味だろ。こえー」

「うわ、それはあるかも」


 部屋の空気が、一気に「怖い話」で盛り上がる。


「いや、違――」


 俺の否定は、笑い声の中にあっさり飲み込まれた。


 笑いに合わせて口元だけ動かしながら、胸の奥では別の声が響いている。


(違う。そんな言い方じゃなかった)


 布団に潜り込み、天井を見上げる。瞼を閉じると、白い手と紅い瞳、落書きの壁、階段で足を取られそうになった下級生たちが、一度に押し寄せてきた。


 中央階段は、寮の窓からその輪郭だけが見える。夜の校舎の真ん中で、白い石がぼんやり浮かんでいた。


(僕は、ずっと見てた。なのに、何も言えなかった)


 同じ言葉が、ぐるぐると頭の中を回る。


「……次こそは」


 誰にともなく、小さく呟いた。


 次こそは、見て見ぬふりをしない。そう決めたはずなのに、胸のどこかで、もう一度同じ言葉がこだまする。


(僕は、何も言えなかった)


 その悔しさだけが、いつまでも消えないまま、夜が更けていった。

第3部では、いよいよ「モブの罪悪感」にもスポットが当たります。

今回のアルフレッド視点が、後の大炎上イベントにどう繋がるのか、こっそり想像していただけたらうれしいです。

続きが読みたいと思っていただけましたら、ブックマーク&評価☆で応援してもらえると、とても励みになります!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編掲載中!
よろしければ応援お願いします!
婚約破棄?上等、封印証拠で公開監査し監査公爵と溺愛契約
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ