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「完結済」断罪イベント大炎上。悪役令嬢のわたしが冤罪証拠を突きつけたら、王子と聖女が一晩でざまぁ要員になりました  作者: 夢見叶
第2部 学園編中盤・陰謀の影と隣国皇太子

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第8話 二年目の終わりと、階段の影

 二年目の総合試験の成績表は、大講堂の壁一面を埋めていた。

 ずらりと並んだ紙の前で、生徒たちの声が波のように押し寄せては引いていく。


「聞いた? ○○侯爵令嬢、今年は落ちたらしいわよ」

「騎士科の実技、今年はかなり厳しかったって。落馬したら減点どころじゃないとか」


 ひそひそと交わされる噂を横耳に聞きながら、わたくしは自分の名前を探した。

 文官系の学科一覧、そのいちばん上。そこに「リリアーヌ・アルベール」の文字があるのを確認して、胸の内で小さく息を吐く。


(今年も、首位は確保できましたわね)


 これで、公爵令嬢としての外聞はひとまず守れた。そう思いながら、少し視線を横にずらす。

 別の紙に、より強い視線が集中している一角があった。騎士科実技と、特別項目の成績表だ。


「さすが殿下だ」「騎士団でも通用する記録ですって」


 ひときわ明るい声に釣られて目を向けると、そこにはレオン殿下の名前。

 学科の欄は中ほどに並んでいるが、騎士科実技の列では、ほとんどトップに近い位置で数字が光っていた。


(剣の腕前は、相変わらず優秀ですのね)


 そして、その少し離れたところ。金色のインクで装飾された紙が、一枚だけ特別扱いされている。

 「聖女としての働き」という項目の付いた、ミア専用の成績表だ。


「ミア様、この一年で何人の方を癒やされたんでしたっけ」

「祈りで村全体の病が収まったって話、あれ本当だったのね」


 成績表そのものよりも、周囲の囁きの方がずっと華やかだ。

 そこに書かれている文字を辿ると、ぎりぎり合格ラインすれすれの学科成績と、花丸印だらけの「聖女としての働き」が並んでいた。


 紙の前で、ミアが困ったように笑っている。


「あの……わたし、勉強の方は本当にぎりぎりで……皆さんに申し訳ないです」


 申し訳なさそうに俯くミアの隣で、レオン殿下が当然のように言った。


「君は勉強なんてしなくていいよ。君の祈りがどれだけ人を救ったか、皆知っているから」


 その一言に、周囲の空気がふわりと温度を上げる。


「殿下、素敵……」

「あの二人、本当に絵になるわよね」


 感嘆混じりの囁きが、自然と輪になっていく。

 わたくしはその輪の少し外側から、形だけの拍手を送った。


(勉強しなくていい、ですって。数年後、その言葉の結果が国境でどう爆発するのか、ご存じなのかしら)


 未来ノートの中に書かれた「戦争エンド」の文字が、脳裏をかすめる。

 けれど、今この場でそれを口にしたところで、「空気の読めない公爵令嬢」として扱われるのがオチだろう。


「……あ、また中央階段で誰かが転びかけたらしいわよ」


 成績表の前から人波が少しずつ散っていく中、そんな声が耳に引っかかった。

 何気ない世間話の一つ、と言ってしまえばそれまでだ。けれど、その単語だけが妙に鮮やかに聞こえる。


(また、中央階段)


 二年目に入ってから、何度も耳にした場所の名前。

 胸の奥に小さな棘のような違和感を覚えながらも、わたくしはその場を離れた。


 ◇


 夜になり、寮の自室に戻る。

 制服を脱いで部屋着に着替え、いつものように机の前に座った。


 引き出しから取り出したのは、未来ノート……ではなく、今日新しく下ろしたばかりの革表紙のノートだ。

 表紙をめくり、一枚目の上にさらさらと書き込む。


「二年目・聖女嫌がらせ&階段周辺事件一覧」


 少しだけ、ペン先に力がこもる。

 ページを三つに区切り、左から順に「日時」「場所」「残された証拠」と見出しをつけた。


「一年目事件メモ」に比べれば、ずいぶんと物騒な題名だ。けれど二年目は、最初からそういう年だった。


 わたくしは記憶を辿りながら、時系列で行を埋めていく。


 ――春先、朝の教室。

 机の上に届いていた花束。その中に紛れ込んでいた、ミアを揶揄する落書き入りのカード。

 送り主は不明。カードはすぐに破られて捨てられたが、「リリアーヌ様がお渡しになっていた」という噂だけが教室を歩き回った。


 ――初夏、女子寮前。

 玄関前の植え込みに引っかかるようにして、引き裂かれていたドレス。

 そのドレスは、前日にわたくしが「その色は聖女様より目立ちますわよ」と笑った令嬢のものだった。


 ――宗教棟前の階段。

 祈りから戻る途中のミアが、誰かに押されかけたという「ちょっとした騒ぎ」。

 誰が押したのかは分からず、結局「人込みで足を滑らせただけ」という話にすり替わったけれど、なぜかそこでも「すぐ近くにリリアーヌ様がいたらしい」という尾ひれだけが残った。


 ――中央階段の踊り場。

 ミアの足元にだけ、水たまりができていた日。

 持っていた桶は「誰か」が片付けてしまい、現場には何も残っていなかった。ただ、「ミア様を庇ってリリアーヌ様が転びかけた」という目撃証言だけが、妙に具体的に語られた。


 ――レオン派の男子生徒が、あちこちで耳打ちして回った日。

「この前、リリア様と聖女様が階段のところで言い合いをしていたらしい」と。

 実際には、ミアが足元を気にして立ち止まっていただけで、わたくしは注意を一言告げただけだったのに。


 一つ一つ書き連ねるたびに、ページの余白がじわじわと黒く埋まっていく。

 その横に、細い字で付け加える。


「証拠:花束の送り主不明/カードは破棄済み、噂のみ残存」

「証拠:階段の水たまりは消失/『庇ったリリアーヌ』の証言だけが残る」

「証拠:言い合いの現場は不明/『聞いたことがある』という噂話のみ」


 ペン先で行をトントンと叩きながら、わたくしは眉を寄せた。


(……どの事件にも、犯人を特定できる証拠は綺麗に消されておりますのに)


 それなのに、決まって一つだけ、「リリアーヌ・アルベール」という名前にぴたりとくっつく証言が残る。

 カードを手渡したとされるのも。

 注意した一言が「罵倒」として語られるのも。

 庇ったつもりの一歩が、「突き飛ばそうとしていた」と噂に変わるのも。


(まるで、誰かが最初に『テンプレート』を用意しているみたいですわね)


 ページの端に、小さな枠を描いて、その中に書き込む。


「テンプレ:ささやかな出来事

 → 第三者の解釈と噂

 → リリアーヌの名前にくっつく証拠ひとつ」


 最後の一文字を書き終えた瞬間、背筋に冷たいものが走った。


(……悪趣味にもほどがありますわ)


 ペンを置き、ふうっと長く息を吐く。

 そこでようやく、机の端で待っていた未来ノートの存在を思い出した。


 事件ノートを一旦閉じ、代わりに未来ノートを開く。

 「ゲーム本編・二年目聖女ルート」とラベルをつけたページには、前世の記憶を頼りに書いたメモが並んでいた。


「中央階段で聖女がいじめられるミニイベント A〜D」

「悪役令嬢リリアーヌ、階段で侍女を突き飛ばした疑い」

「卒業前、決定的な突き落としイベントで好感度大幅変動」


 あの頃のわたくしは、ただ断罪イベントを避けるための資料として、このページを書いたのだ。

 けれど今は違う。事件ノートを左に、未来ノートを右に並べてみると、別の図が浮かび上がってくる。


 指先で、メモとリストを一つずつなぞりながら、違いを書き足す。


「ゲーム:ミニイベントAは一年目秋/現実:似た事件は二年目春」

「ゲーム:犯人=プレイヤー操作のリリアーヌ/現実:わたくしは現場にすらいなかった」


 書けば書くほど、「完全一致ではない」という事実が浮き彫りになっていく。


(これは、本当にわたくしだけのせいと片づけられるものでして?)


 余白に、抑えた筆圧でそう一行を書き込む。

 一年目の終わりにも、似たようなことを考えた。けれどあの時はまだ、「自分が悪役令嬢だから」という枠の中での話だった。


 今、目の前にあるのは違う。

 ゲームのシナリオと現実の出来事が、少しずつ時期と形をずらしながら、それでも中央階段という一点に集まってきている。


(まるで、誰かがゲームの筋書きをなぞろうとして――けれど、完璧には真似できていない)


 ノートを閉じかけた手を止め、窓の外から吹き込んできた夜風に気づく。

 カーテンがふわりと揺れ、遠くから二年目最後の夜を告げる鐘の音が届いていた。


 わたくしはペンを置き、椅子から立ち上がる。

 窓を開けてバルコニーへ出ると、冷たい空気が頬を撫でた。


 中庭と、校舎と、その中央を繋ぐように伸びる大きな階段。

 昨日までドレスが投げ出されていた芝生は、何事もなかったかのように月光に照らされている。

 遠くの寮の窓から、まだ起きている生徒たちの灯りと笑い声がこぼれていた。


(言葉では届かないのなら)


 胸元で抱きしめた未来ノートの表紙を、ぎゅっと指先に力を込めて押さえる。


(証拠で、この茶番の脚本家を引きずり出すまでですわ)


 誰がテンプレートを作り、誰がシナリオをなぞっているのか。

 その答えを見つけるまでは、わたくしもまた、この学院という舞台に立ち続けるしかない。


 ふと、背中に視線が刺さるような気がして、振り返りかけた。

 けれど、そこには誰もいない。揺れるカーテンと、自分の影が床に伸びているだけだ。


(……気のせい、ですわね)


 そう決めつけて、再び中庭と階段へ視線を戻す。

 後になってから知ったことだが、この夜、別の棟の上階の窓から中庭と中央階段を見下ろしていた影があったという。

 その存在を、このときのわたくしはまだ知らない。


「この物語の筋書きを知っているのは、わたくしだけではないのかもしれませんわね」


 誰に向けるでもなく、静かに言葉を零す。

 その一文は夜気に溶け、月と星のあいだへ吸い込まれていった。


(二年目は終わりましたわ。でも――ゲームには存在しなかった別の物語は、まだ始まったばかり)


 胸の奥でそう呟きながら、わたくしは未来ノートを抱きしめたまま、ゆっくりと部屋の中へ戻る。

 ドアが閉まる直前、風がもう一度だけカーテンを揺らした。


 それが、二年目の終わりの合図だった。


ここまでお付き合いありがとうございます。

二年目編はこれで一区切りですが、階段事件の黒幕と「脚本家」の正体はまだ霧の中。

リリアーヌの反撃ノートが、やがて断罪イベントをひっくり返す伏線になっていきます。

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