魔族
戦闘が終了した直後、俺は小さく息を吐いて一度剣を鞘に収めた。
結果から言えば、完勝……しかもメルの援護もなしに全てを倒すことができた。
魔物の能力はそう高いものではなかったが、少なくとも俺自身思い描いたように体を動かすことができたのは間違いない……つまり検証した結果、俺は勇者としての役目を果たすことはできるという結論でよさそうだった。
もっとも今、二十年前、十年前に魔王と戦った時のようなパフォーマンスを出すことはできないだろうけど……魔力はそのままであることを踏まえると、魔法や魔力による強化次第で近づけることはできるだろう。
うん、三度目の魔王を討伐するにしても、それを果たすだけの力が必要なわけだが。まずはそれを取り戻すことが第一の目標と言えるだろうな……心の中で考えていると、メルが俺に近づいてきて口を開いた。
「調子は戻りましたか?」
「全盛期ほどではないけど、ひとまず戦えることはわかったよ」
「なら、ここで仕事は終わりなので最寄りの町へ……と、言いたいところなのだけれど」
「ああ」
言いたいことは理解できていた。魔物を全滅させた後、山の方向に明らかな気配。
しかもそれは魔物とは違う……その魔力量は相当多い。なおかつ魔物がいた場所へと向かってきていることを考えると、どういった存在が近づいてくるのかは予想できた。
「今更魔族の登場だが、メル……どうする?」
「迎撃しましょう」
メルは即答した。
「魔物が倒されたため様子を見に来るつもりなのでしょう。その一方で、何者の仕業なのかはわかっていない様子」
「根拠はあるのか?」
「もし私達の仕業とわかっていれば、どれだけ自信過剰な魔族でも向かってくることはないでしょう」
「……そうだな」
同意する……魔族にとって俺という存在はもっとも警戒するだろう。俺が再召喚されたのは昨日なので、王都内に情報が回っているにしても、さすがに魔族の間ではまだ伝わっていないはずだし。
突然魔物が消え、誰の仕業なんだと焦って様子を見に来る……といった感じだろうか。
「メル、迎撃するにしてもその方法は?」
「気配を消して隠れ、近くまでやってきた魔族を結界により退路を塞ぎます」
「そして俺が倒す……と。魔族相手だが、いけるのか?」
「大丈夫だと思いますよ」
あっさりとした口調……本当か? と疑問に思うところだが……魔物を倒した感触を考慮すると、
「……魔族はどれだけ能力が低くとも、脅威であるのは間違いない。油断しないようにかつ、状況に応じて援護を頼む」
「わかりました。私は隠れていますので、状況に応じて奇襲や援護を行います」
メルが承諾すると、俺達は行動を開始する。茂みの中に隠れ、息を潜めこちらへ近づいてくる魔族の動向を窺うことにする。
さて……沈黙していると、やがて魔族が姿を現した。見た目は男性であり、その姿は黒い貴族服かつ銀髪……美形で常人離れしたその見た目は、町中では注目の的になるかもしれないが、森の中ではあまりに浮いている。
「……どういうことだ?」
そして魔族は声を発した。
「突如使い魔共が消えた……自然消滅したわけではあるまい。かといって、これだけの短期間で人間が討伐できるのか?」
魔物が消えた理由を探っているらしい。あの様子だと、魔物は魔力を探知してその数を確認していたらしい。で、短時間でその気配が消えてしまった……時間的にも人の手で倒したという事実を受け入れづらく、原因を調べに来た。
うん、このまま何が起こったのかを調べる気だ。なら、ここは――と思ったタイミングでメルが動いた。彼女の魔法……結界魔法が、俺達と魔族を取り囲むように形成された。
「……何っ!?」
驚愕する魔族。どうやら魔族は俺達の気配を探ることはできなかった。高位の魔族なら気配を消していても気付くはず。目前にいる魔族は能力そのものは、俺が過去に戦ってきた魔族と比較すれば強くはない。
これなら結界を破壊する能力もないだろう……俺が姿を現す。剣を握る俺を見た魔族は最初、驚愕した。
「……人間……」
どうやらそれは、気配に気付かなかったことによる驚愕。だが遅れて、
「……貴様、は」
俺が何者か、気付いたらしい。
「十年前の戦場で、見たことがあるのか?」
「馬鹿、な。貴様はこの世界を脱したはずだ」
「そうだな……だが残念ながら戻ってきた。戻ってきてしまった、と言った方がいいかもしれないな」
俺が返答した直後、魔族は魔力を発した。それは魔力により圧を掛ける威嚇行為。普通の人間ながら腰を抜かすようなプレッシャーだが、俺にとってはそよ風同然だ。
「……そうか、陛下が復活したのを聞きつけ、この国は貴様を呼んだのか」
「そういうことだ」
「結界を構築したのは貴様ではないな? 結界の外か、中か。どちらかに仲間がいるのだろう」
魔族は冷静に分析する。推測は正解だが、メルの居場所はわからない様子。よって魔族に取れる選択肢は少なかった。隠れているメルを警戒しつつ、戦うほかない。
「いいだろう、窮地というやつだが、障害を乗り越えられぬようでは、上り詰めることなどできない」
魔族はさらに魔力を高める。完全な臨戦態勢へと移行する。
「ならば全力をもって応じよう。陛下を破った怨敵よ、聞け。我が名は――」
名乗りを上げるより先に、俺は魔族へ間合いを詰めた。完全に虚を衝かれた相手は驚愕し、その間に俺は魔族の体へ剣戟を――決めた。
相手は何もできないまま斬撃をその身に受け、
「……貴様」
「魔族相手だ。名乗りを待って馬鹿正直に戦う方がおかしいさ」
語る間に魔族の体が手先から灰と化していく。
「不意を突けるなら、さっさと決着をつけるに限る。勇者らしくない戦い方だと思うか?」
「……いや、だからこそ貴様は、陛下に勝てたのだろう。名乗りを上げ、正々堂々貴様の上をいこうとした私の、敗北か――」
悔恨に満ちた声を上げながら、魔族は消滅。戦いは俺達の勝利に終わった。




