現在の実力
――この世界において魔物と呼称される存在は大別すると三種類いる。まず自然界に存在する魔力が結合し、形を成した存在。これは非常に不安定かつ魔物の見た目も不定形であり、遭遇するまでどういった特性を持つかもわからない。
もう一つはこの世界に存在する、言わば固有の個体。例えば人に近しい外見を持つ存在――エルフなんかは、亜人種と呼ばれ魔物とは違う。一方で、例えば動物が魔力の影響で異形に変化してしまった場合。これは魔物と呼ばれ、より凶悪な存在は魔獣と呼称される。
そして最後は、魔王やその配下である魔族達が自身の魔力で生み出した存在。魔族からしたらこの魔物は使い魔と呼ばれ、言わば人間達と戦う兵士的な役割を持っている。この場合、見た目は魔族の能力などによって反映されるが、特徴として使い魔を作成した魔族の特性によって姿形が画一的であったりする。
で、俺達が遭遇した魔物は……例えるなら真っ黒い人間。四肢もあるし頭部もあるのだが、その全てが漆黒。なおかつそいつらは右腕が剣で左手には盾がひっついている……剣と盾を持った魔物。自然発生するような見た目ではないため――
「魔族の使い魔だな」
「そのようです」
森の奥に確認できた魔物は現時点で数体だが、さすがに視界に入っている個体が全てではないだろう……森を進めば、十数体……あるいは、それ以上の魔物がいるかもしれない。
「問題は魔族がいるかだが……メル、どう動く?」
彼女へ問う――明晰な頭脳は十年前の戦争でも作戦を提示したケースがあった。
魔物の数を確認した彼女は、何かしら策を私案しているはず……と思っていると、
「魔力を探ってみたところ、魔物がいる周辺には魔族はいないようです。あくまで周囲には、ということなので魔物を倒している間に魔族が襲い掛かってくる危険性はあります」
「なるほど……」
「しかし」
そう言って、メルは俺へ説明を加える。
「魔物の能力から考察すると、魔物を生み出した魔族自身の能力も推測できます」
「十年前の戦争では、生み出した魔物の強さに比例して魔族も強かったな」
「はい、もしこの国を脅かすために活動しているとしたら、相当な力を持つ魔族がいる可能性もありましたが……どうやら、そうではなさそうです」
「さほど強くない、というわけか」
「おそらくは……とはいえ、例えば魔物の生成が苦手で魔族は強い、などという可能性もゼロではありません。よって、速攻によりまず魔物を倒し様子を窺いましょう」
「……速攻?」
問い返すとメルはにこやかに、
「はい、トキヤなら難なく倒せるかと」
「……魔物の能力を確認した上での考えだと思うんだけど、本当に倒しきれるかはわからないぞ」
「魔族が近くにいてもこちらへ来る前に倒せると思います」
……結構無茶だな。これ、俺が魔物を倒せるにしても、その速度は十年前の戦いのことを前提にしていないか?
俺はじっとメルを見るが、彼女の表情は一切変わらない。どうやら先の作戦で動く気らしい。
「私も援護しますから」
「……わかった、フォローは頼むよ」
まあ、ここに来るまでの短い道中で、彼女は俺の能力を再確認している。それを考慮した上での作戦なのだから、信用しよう……魔力による判断で、彼女が間違ったことはないのだから。
俺は剣を一度握り直した。次いで呼吸を整え、魔物を見据え――
「……仕掛けるぞ」
「はい」
メルの返事と共に、俺は森へ勢いよく踏み込んだ。直後、明らかに魔物が反応した。俺達が向かってくる方角へ体を向け、さらに剣の切っ先を俺達へ向けた。
威嚇しているが、俺は構わず突き進んだ。後方には援護するために追随するメル。そして俺は――魔物へ肉薄するまでに、十秒もかからなかった。
そこから、これまでの経験――十年前、そして二十年前に剣を握り戦っていた時の感覚を伴い、剣を振った。
斬撃の軌道は、俺が考える通り。魔物は剣をかざし盾を構え防ごうとしたが……俺の剣戟は全力。魔王を二度倒したそれを、いくら魔族が生み出した存在とはいえ、防げるはずはなかった。
次の瞬間、剣は魔物を腹部から上下に両断した。それが致命的な攻撃となったか、上半身と下半身は同時に地面へ倒れ、灰のように粒子になり始める。
魔族の使い魔は魔力の塊であるため、体を構成する魔力がなくなれば灰みたいにサラサラと分解していく……俺はそれを確認した後、奥から迫る魔物を目に留めた。
それに対し剣を構え直すと、魔物が右腕を振り上げる光景を目撃する。突撃と共に剣を放つようであり、対策なくまともに食らえば無事では済まないだろう。
しかし俺の体は即座に動いた。一閃された魔物の剣を自分の剣でまずは受けた。力はそれなりにあって、突撃の勢いと合わせて腕に衝撃が伝わってきたが、俺の動きに影響はなかった。
魔物の剣をいなし、反撃に転じる。魔物が次のアクションを起こすより先に、首へ向け剣を振った。それを魔物は一切防御できず、あっさりと首が胴体と分離。そして魔物の体は動きを止め、そのまま崩れ落ちながら灰へと変化していく。
頭部や胴体を潰せば、動きは止まるらしい――さらに魔物が接近してくる。単独では勝てないと悟ったか今度は複数体同時の攻撃。囲まれれば防御を突破される危険性はあったが、俺は構わず足を前へ。
次いで迫る魔物へ大振りの横薙ぎを放った。その斬撃は正確に近づく魔物達の首を捉え――刹那、俺の剣は相次いで首を刎ねた。魔物は同時に崩れ落ちて……すると、後続から魔物がさらに来る。
ここに至り、俺は十年前と同じように動けていると悟った。どうやら魔力による身体強化は、年齢的な衰えをカバーするらしい……ブランクがある以上、全力を出す場合は十年前や二十年前と比べれば動きが悪いだろうし、腕が落ちているのは明白だ。けれど、この調子なら似たように戦えるかもしれない……そんな淡い希望さえ胸の内で生まれた。
そして俺は魔物を斬り続ける……森の入り口で捉えていなかった魔物も押し寄せるが、今の俺にとって不安はない。
そして俺は魔力による強化を維持しながら戦い続け――やがて、全ての魔物をメルの助力なしに倒しきることに成功した。




