最初の仲間
メル――本名、メルロット=ガーメイジは、このジェノン王国に存在するエルフの里における最高の魔法使いであり、同時に俺が最初に召喚された際、最初に仲間となった頼れる存在でもある。
エルフは元々人間と比べ保有する魔力量が多く、魔法の扱いに長けているのだが、そのエルフの中でも優秀な能力を持っている……と、俺は彼女が所属する里の族長から聞かされている。
なんでも、全エルフの中で十本の指に入るとか……当のメルは「過大評価です」と謙遜するが、その卓越した魔法技術に俺は大いに助けられた。右も左もわからないまま戦っていた最初の冒険は、彼女の助力がなければまともに旅をすることも怪しかったし、魔王を討伐できた理由の半分くらいは彼女の支援があったためだと断言できる。
――というのも、最終パーティーは五人いたのだが、勇者の俺は魔法も使えるが基本的には剣で戦う前衛。他には竜族で脳筋と言って差し支えない屈強な戦士と、神に仕え聖なる剣で前線を維持する戦乙女。最後に攻撃魔法に特化した魔法使いと攻撃要因ばかりだった。
味方を強化したり支援したり、というのをほぼ彼女が担っていた……実際、戦いが終わった後、仲間達は口を揃えて「メルがいなければ終わっていた」と言ったし、俺も心底同意だった。
そんな彼女とは二度目に召喚された際も共に戦った。悲劇ばかりの戦場で、希望を捨てず戦い続け、間違いなく彼女の存在が俺にとって心の支えになっていた――
「……見苦しいところをお見せしました」
場所を移した後、俺へ向けまず謝罪した。
そこは王都の大通りから少し移動した路地のカフェ。個室も備えたこの場所は、じっくり話をするのに最適な場所だ。二十年前から変わらぬ佇まいに、店に入る直前俺は懐かしく思えたし、まだ店が残っている事実に嬉しくなった。
で、メルは先ほど冒険者ギルドで盛大に叫んだことを謝罪した。それに対し俺は、
「えっと、なんであんなことに?」
「……理不尽だと思ったからです」
恨めしげに……といっても、その対象は俺ではなくこの国に対してのものらしい。
「魔王が二度目の復活を果たした……のはいいとして、すぐにあなたを召喚するというのは、あなたの意思をないがしろにしているでしょう?」
「正直、今更な気もするけどなあ」
「だとしても、です。それに、二度目の魔王討伐を果たした後、あなたは元の世界へ戻ることを熱望していた……元の世界で好きな仕事をしていて、戻りたいと語っていました」
「そうだな」
俺は肯定する……そう、二度目の魔王討伐後に帰ることにした理由は、当時やっていた仕事が面白く、絶対に戻りたいと思ったためだ。
勇者としての功績を携えてこの世界で生きていくという選択を捨ててまで、俺は戻った……そうした経緯を知っているため、メルは三度目の召喚をしたこの国に怒っている。
本人が望んで元の世界へ帰ったのだ。もう放っておくべきだ――そう彼女は思っていたのだ。
「……トキヤ、あなたはもっと怒って良いのでは?」
「確かに、理不尽な目に三度も遭っているわけだし、俺には怒る権利があるとは思うけど……なんというか、まあこれはこれで仕方がないか、と思っている自分がいる」
「仕事はどうしたんですか?」
「あー、それなんだけど」
俺は頭をかきつつ答える。
「辞めたんだよな」
「……は!?」
メルはびっくりしたように声を上げた。
「辞めた!? あれだけ帰ることを熱望していたのに!?」
「というのも、理由は別に仕事が嫌になったとかじゃないんだ。体を壊したのが原因。働き過ぎでさ」
その言葉に、メルは信じられないような表情を見せ、
「魔王を二度も倒した御仁が体を壊す仕事とは一体……?」
「詳細とか話していなかったな、そういえば……まあ、魔王を倒せたのは剣の力が大きいし」
言いながら俺は傍らに置いた剣を見る。
「これがなければ俺はただの人だからな。無理をすれば体も壊すよ」
「……では、今トキヤは――」
「仕事を辞めて、体調が回復したから求職中だった。で、そこでこの世界に召喚された」
話を聞いてメルは沈黙する。どう声を掛けて良いかわからない、みたいな顔だ。
「あー、別に同情とかはしなくていいよ。仕事によって無茶しすぎた代償だからな。体を壊したのは自分の責任だ」
「……私の手で、治すことはできますか?」
「うーん、どうだろう。この世界の治癒系魔法って外傷を治すとか解毒とかが主だろ? 俺の場合は内臓とかを痛めたからな。さすがにメルとしても専門外だろ」
「……腕の良い魔法医を紹介できますが」
「考えておくよ……で、だ。俺としては魔王復活について思うところもあるから、とりあえず討伐できるかは置いておいて頑張ろうと思ったわけだ」
「なるほど……そうですか」
「ただし、問題がある。体を壊して……今はマシになったが、それでも今の俺に戦う力があるのか。剣の力で強化するとはいえ、若かった頃と比べ明らかに能力は落ちているはずだ。年齢の問題もあるし」
俺の言葉にメルは小さく頷き、
「トキヤの懸念はもっともですね」
「そこで、ギルドで仕事をして検証しようと思ったわけだ……あと、魔王が復活した以上、配下の魔族達……その動向についても情報を集めるべきだと考えた」
「事情はわかりました……召喚され、行動を開始しようとした段階で私が来たというわけですね」
「そうだ。ちなみにメルはどうして王都に? 俺が召喚されたのは昨日だし、いくらなんでも俺の気配が現れたから王都に来たわけじゃないだろ?」
「私は国からの要請です……依頼そのものは十日も前ですから、トキヤが召喚されたことと関連性はありません」
そう言いつつ、メルは一つ提言する。
「トキヤの検証ですが、私が受けた要請……それ自体が、使えるかもしれません」
「本当か? 依頼内容は?」
「魔物討伐です。ただ現段階では不明な点が多く、まずは調査という名目で……自然発生した個体か、それとも魔族が生み出した個体か。それについても調べないといけません」
「メルはその仕事を単独でやる気だったのか?」
「王宮に赴いて騎士を借りようと考えていました。けれどトキヤが手を貸してくれるなら、必要ないでしょう」
「俺が戦力になれるかわからないぞ」
こちらの言葉にメルは「大丈夫」と応じる。
「年齢を重ね肉体的には全盛期から落ちているかもしれませんが……あなたのまとう魔力は何も変わっていません。以前のように戦えると思います」
「本当か?」
「それを確かめるために、検証を行っても良いかと……あ、もちろん国にあなたが調査に参加する旨を告げ、報酬は用意させますよ」
……うん、悪くないな。ジェノン王国が彼女に仕事を依頼するほどだから、普通の魔物と比べ強いのは確かだろう。検証するにはよさそうだ。
「わかった、なら協力させてもらうよ」
「ありがとうございます、トキヤが手を貸してくれるのは心強いです」
「正直、どこまでやれるかはわからないけどな……」
俺が応じるとメルは「心配なさらず」と、フォローを入れるように告げた。




