決闘の結末
ヘレナが放つ剣に今度は応じる構えを見せた俺は――彼女の動きと握りしめている剣に宿る魔力量などをしっかり見極めて……剣が激突する。
彼女は間違いなく渾身の剣を放ったはず。だが俺はそれを真正面から受け……止まった。途端、鍔迫り合いになるような状況にヘレナの瞳に驚愕が宿る。
「っ……!」
ここで彼女は選択に迫られた。押し込むか、それとも一度退くか。ここまで彼女の剣は全て俺がいなしている。ならば、このまま押し合いになっても拮抗してしまうのではないか。
――彼女は神族である以上、魔力リソースという観点から見ればこのまま鍔迫り合いになっても問題はないはずだった。魔力の消費量が同じであるなら、いずれ俺の方が先に力尽きるのは自明の理。なら、ヘレナはこのまま力任せに鍔迫り合いを続けても問題はないし、それが勝利に繋がる……はずだ。
けれど彼女の選択は違っていた。拮抗した状態を抜け出そうとすぐさま俺の剣を弾いて後方へ下がろうとする。
その選択は――誤りだった。俺はそうするだろうということを見越し、既に準備はしていた。まず魔力の流れを悟られないよう秘匿していた魔力を解放する。それは足に込められていたものであり、その効果によって――彼女の後退速度を、俺が上回った。
ヘレナは完全に虚を衝かれた形であり、慌てて防御しようとした。どうやら速度で上回られると想定していなかったようで、少し気が緩んでいたらしい。
そんな油断を俺は見逃すことなく――彼女の剣を捉え、弾き飛ばした。
カアン、と小気味良い音と共にヘレナの剣が空中へ飛び、やがて地面に落ちた。俺は黙って剣の切っ先を彼女の首元に。そこで、
「……降参する」
悔しそうに、彼女は宣言した。
「いやあ、さすがだな。トキヤ」
戦いが終わった後、ザナオンは俺へそう言った。
「全盛期の実力から程遠いなんて言ったが、嘘だろ。むしろまだまだ現役だ……ヘレナも残念だったな。けど、これほどのパフォーマンスを出すトキヤ相手に善戦したって言えるんじゃないか?」
笑いながら話すザナオンに対し、ヘレナは剣を拾いつつ無言。なんだか空気が悪くなりそうな気配だけど……ふむ、
「ザナオン、一ついいか?」
「おう、どうした?」
「そっちだって歴戦の戦士だ。魔族との戦闘経験もある以上、今のやりとりだって見慣れたものだろ……なら、どういう戦いの経過を辿ったのか、理解しているんじゃないか?」
俺の問いにザナオンはこちらに視線を合わせ、ヘレナ同様無言となったが……やがて、
「ま、そういうことだな」
「……どういうこと?」
問い掛けたのはヘレナ。俺はザナオンへ向け喋って良いのかと視線で問うと、彼は頷いたので口を開く。
「……君の目から見て、さっきの戦いはどう映った?」
「どう、って……私の剣をいなして反撃で倒した、でしょ?」
「簡潔に説明するとそうだが……それが薄氷の勝利だとしたら?」
俺の言葉にヘレナは眉をひそめる。
「薄氷? 今のが?」
「最後の攻防が一番わかりやすいかな。俺達は一時鍔迫り合いになったわけだが、ヘレナはすぐに退いた。けど、強引に押し込んできたら君がが勝ってたよ」
「私が?」
「力が拮抗したから仕切り直そうとしたみたいだけど、抱える魔力量からして俺と君とでは違う雲泥の差がある以上、長丁場になれば君の方に分があった」
そう語る俺にヘレナは本当か? みたいな顔をする。そんな彼女に向けこちらは続ける。
「そして、退却したのに追随して俺は接近したけど……魔力の流れからおおよその移動速度とかはわかったからな。それを上回るだけの出力で接近し、虚を衝く形で剣を弾いて勝った……君は俺と剣を打ち合っても互角になるから何度か仕切り直していたわけだが、どこかで強引に攻め立てていれば魔力量の差で勝っていたと思うぞ」
「……つまり、戦術面で負けた?」
「そうだな。俺は君が持つ魔力の流れを読めたから、動きを予測して対処できた。情報戦で俺は勝っていたから、上手くいなせた。それこそ、君が決闘の途中で見せたように、力押しによる猛攻を仕掛けたらどうなっていたか」
――彼女の表情は晴れない。戦術的に負けた、という点について悔やんでいるのもありそうだが、間違いなく他にも理由がある。それは、
「……あるいは、君に魔力量の差で勝つという戦術が取れなかった、か?」
ヘレナはそこでまたも目を丸くして驚いた。図星という様子だ。
「神族である以上潤沢に魔力がある……と思うんだけど、何らかの理由で時間制限がある、という解釈でいいのかな?」
「一つの決闘でそこまで察するとは、さすがだな」
ここでザナオンは感嘆の声を漏らした。
「ああ、その通りだよトキヤ」
「それによって、彼女は今ここにいる……ということか?」
「それも正解だ……さて、決闘をやってくれてありがとう。理由もちゃんと説明する」
「ならまずはメルと合流だな」
「お、メルもいるのか……よし、ならまずは彼女と顔合わせだな――」




