神族の剣戟
戦闘開始直後、ヘレナは突撃を行い――それは、恐ろしい速度で俺の間近まで迫ってきた。
俺が対応するべく動き始めた時には、既に彼女は剣を振りかぶって斬撃を繰り出そうとしている状況。相当な速度特化の攻撃――俺は魔力を剣に込め彼女の剣に真正面から応じた。
次の瞬間、号砲と形容すべき金属音が天高く響いた。激突した衝撃は両腕を通して身体の芯まで届く。魔力によって体を保護しているためダメージは皆無だったが、まともに食らえばその衝撃だけでまともに動けなくなるかもしれない、と思うほどの威力だった。
強い――神族である以上当然だと思い直したが、それにしても突撃による斬撃はあまりに鋭い。俺は即座に後退して距離を置こうとする。
仕切り直そうという目論見だったがヘレナはそれを許さず追随してくる。これは俺自身予想できていたので、今度は彼女が放つ攻撃の魔力量を見誤らないよう注意して――
再び剣が激突。今度は体の芯まで届くような衝撃ではなく、両腕で押さえ込めた。
とはいえ――と、俺は考える。今のヘレナほどの威力を出せる戦士は、いるにはいる。実際、勇者として名が売れ始めた頃に色々と決闘もやったし、二十年前の猛者とも激闘を繰り広げたことがある。
体の奥まで響くような攻撃を受けたのも一度や二度ではないのだが、そういった戦士達と大きな違いがある。戦士はそれこそ、俺を倒そうと渾身の一撃を繰り出そうという勢いだった。中には威力を出すために防御を放棄した、言わば捨て身の攻撃だってあった。
けれど今のヘレナは違う。最初の突撃から攻撃の鋭さは目を見張るものがあるのだが、その動作は彼女にとっておそらく普通のこと……神族ということで人間とは隔絶とした魔力を持ち、それを大いに利用した一撃一撃がまさしく必殺技の威力……そういった剛の剣を、彼女は有している。
俺は一瞬審判を務めるザナオンを見た。どういう経緯で彼女を弟子にしたのか……と、彼女の剣が掠める。おっと、視線すら一時たりとも外せないな。
俺は後ろに下がりつつ迎え撃つべく体勢を整える――もし追撃が来ても対応できるよう心構えをしていたのだが、ヘレナは立ち止まった。ここで仕切り直しとなるらしい。
「……あなた」
ヘレナが不意に声を上げる。
「私の剣を受けても平然としているし、何より今のをきっちり受けて、体勢を立て直せる余裕もあった」
「正解だな」
「……さすが勇者、ってところかな」
彼女の言葉に「どうかな」と俺は応じる。
「君のような力による押し込みを得意とする戦士とも戦ってきたから、その経験が活きているんだろう……俺が勇者として活動していたのは、二十年前と十年前足しても五年程度だが、それでも様々な戦いを経験できた。量より質……一戦一戦がそれこそ、死線をくぐり抜ける戦いだったからこそ、体勢を崩すのが命取りだと分かっているし、対応策くらいは持っているさ」
「……そう」
ヘレナは答えるとさらに魔力を高める……すぐに次の戦術は理解できた。
すなわち――神族としての力をフル活用し、圧倒的なパワーによって勝利する。
彼女はおそらく俺の戦いぶりから、今の出力で戦っても受け流されるだけだと考えたのだろう。彼女としては他を圧倒するだけの力を用いていたが、それでも足らない……ならば、さらなる力によって――
「覚悟はいい?」
「ああ、いつでも」
――応じた瞬間、彼女が迫ってきた。瞬きをする時間さえなく、この攻防で決着をつけるという意思を、ありありと見せていた。
それに対し俺は――まず彼女の斬撃を、防ぎいなした。確かに彼女の剣は閃光のごとき勢いを持つが、その軌道を読めていれば事前に防ぐために準備はできる。
俺は容易く受け流したのを見てヘレナは目を見開き――追撃を仕掛けた。上段からの振り降ろしで、本来なら剣を掲げ振り下ろす時間を要するため隙が僅かでも生じるはずなのだが、彼女の剣はあまりに速すぎて隙なんてものは存在しなかった。
彼女の速度に応じることができるのは、魔族でもそう多くはないかもしれない――そんな風に思いながら、俺は彼女の剣を再度受け流す。刃を受け、滑らせて横へと逃れる。ヘレナはさらに驚きつつ、
「――このっ!」
すぐに剣を引き戻し今度はすくい上げるような剣戟。だが俺は事前に剣の軌道を見極めて後方に一歩下がることでかわした。
するとヘレナは足を前に出した。かわされてはいるが、まだ速度を上げられる――そんな考えを俺は読み取る。実際、足を前に出しながら追撃を仕掛ける彼女は、これまでよりもさらに速度が増していた。
だが、俺は――次にヘレナが放つのは、魔力の流れから横一文字の斬撃。豪快に振りかぶる動作すら彼女の速度では隙がほぼ見当たらない。
――それと共に、俺は彼女の姿を見て一つ確信を抱く。それと共に俺は瞬間的に剣へ魔力を叩き込み、彼女に対抗するべく剣を放った。




