異質性
先手をとったのはウィル。周囲にいる観客からはおお、と声が上がるほどの勢いで突撃を仕掛けてきた。
彼自身、後手に回った時点で負けると考えている……というより、相手の実力が圧倒的に上だからこそ、怖じ気づいても仕方がないという一種の開き直りの感情が透けて見えた。
この選択は、間違っていない。守勢に回って様子見、というのは決闘という舞台では不利になる……魔物や魔族との戦いでは情報が少ないためありかもしれないが、決闘というフォーマットではむしろ自分の力に相手へ押しつける……そんなやり方が、有効な場合が多い。
ウィルはそれを理解しているのか不明だが、少なくとも正解を選び取ったのは間違いない――彼は剣の間合いに俺を入れた瞬間、一閃した。
その動きはよどみなど一切なく、洗練されている……魔物を狩る戦士として活動していたという話だが、対人戦においても十二分にその力を発揮できている。緊張していると先ほど語ったが、動きにそんな様子は一片たりとも感じられない。これは間違いなく、体に剣術が染みついている……数え切れないほどの戦歴に裏打ちされた力を持っている。
動き自体に隙もなく、最短距離で俺に仕掛けた……それに対し俺は剣をかざし、まずはウィルの剣を受けた。
甲高い金属音が周囲に響く。俺と彼は一時せめぎ合いとなり、刃越しに視線を合わせた。
ウィルの表情は固いが、それでも剣から伝わってくる動きに無駄な力は入っていない……歴戦の戦士。俺の頭にはそんな言葉が浮かんだ。
少しの間俺達は拮抗していたが、こちらが剣を少し逸らして受け流す。次いで反撃を転じた。俺の剣戟が一瞬でウィルを狙う。
だが彼はそれを後退し回避。斬撃を紙一重でよけると、即座に足を前に出して反撃に転じる。
後退、前進の動きにも隙は見られない……戦い続けられたのは、技術に裏打ちされた確かな能力を持っているから。俺は短時間ながら彼と剣を交わしたことによって、理解する。
そこから、幾度となく剣を交わす。ウィルが仕掛けた刃を弾くと俺は即座に反撃。だが彼も軌道を読んで応じ、俺の剣を受け流しながら即座に反撃を行う。
それがめまぐるしいほどの速度で繰り広げられることで、観客からは歓声が上がった。勇者トキヤを前にウィルは互角……そんな風に彼らは捉えているかもしれない。
俺自身も彼が持つ技術を目の当たりにしてすごいと内心で感嘆の声を上げる……技量面としては相当なレベル。ただこれは戦歴を考えれば当然の話だ。俺は魔王を倒したとはいえ、その活動歴は五年に満たない。一方でウィルは十年、魔物と戦い続けていた。その経験の差は、非常に大きいはずだ。
そう考えた時、ウィルは俺の剣を大きく弾き後退した。距離を置いた俺達はこれまでの攻防とは一転、間合いから外れ互いの出方を窺うような状況に。
「……当然の話だが」
やがてウィルが語り出す。
「余裕がまだまだありそうだな」
「そう見えるか?」
「剣術のみを用いて対抗している……その剣の力は使わないのか?」
「……この剣に備わっているのは、魔を滅する力だ」
ウィルの問い掛けに対し俺は答え始める。
「魔物や魔族相手に大きく攻撃力が跳ね上がる……のはいいんだが、それ以外の存在に対しては相性が悪くてね」
「人間相手では効果がないと?」
「多少なりとも効き目はあるよ。魔王に傷を負わせた力を人間相手に使えば、圧倒できる可能性はある……が、残念ながら思ったほどの威力は出せない」
ここで俺は肩をすくめ、
「俺は勇者として魔王に挑み、倒すことができたわけだが……残念ながら魔力はまあ、人並みだ。俺がこの世界に召喚された理由も、魔力量が多いとかではなく、俺が今握るこういった剣を自在に扱えるような特殊な質だったため……もっと魔力量が多ければ、力によるごり押しであなたにも勝てたかもしれないが」
「……なるほど、な」
合点がいったようにウィルは呟く。
「無理な魔力消費をして窮地に立つ可能性を考えると、まずは相手の力に応じて戦う方が良いと」
「そういうこと。魔王との戦いなら、他の人の支援とかがあってもっと潤沢に魔力を使えるんだが、この決闘の場ではそれも無理だからな……幻滅したか?」
「いや、逆に強い畏怖を抱いた」
と、ウィルは俺の質問に対し称賛するような感想を発した。
「魔力の質……それが特殊なのは、魔王さえも滅ぼす剣を持つことから正解だろう……だが、魔力量は人並み。それが逆に魔王を討てたという事実の異質性を高めているように思える」
「そんな大層な話じゃないと思うけどな……でもまあ、だからといって人間相手には一般的な戦士とそう変わらない……というわけでもない」
俺は呼吸を整える。この辺りで、決着をつけるべく動くとしよう。
「勇者として……魔王を討った勇者の力を、しかと見せようじゃないか――」




