決闘
「戦士ウィル、いくつか質問をしても?」
「ああ」
「あなたがフリューレ王国で活動していたというのは、簡潔でありながら色々な情報が書き込まれたこの地図を読めばわかります……問題はこの情報の真偽ですが」
「今この場で真実かどうかをはっきり証明する手段はないな。一応、何が起こったかなどに関する自分のメモ書きを参考にしているが、正直文字が汚くて読めないかもしれん」
「それ、見せて頂くことは可能ですか?」
問いにウィルは黙って懐を探り、手帳のような物を差し出した。それを受け取ったメルは、パラパラとめくり始め、
「なるほど……戦士として転戦するために、魔物に関する情報を集めていたと」
「魔物を狩るのが食い扶持だったからな」
「確かに、ここに記載されている内容を踏まえると……ええ、信用に値できる情報であるのは間違いなさそうですね」
メルは手帳をウィルへ返却。そこで改めて地図を見て、
「……ふむ、トキヤはどう思いますか?」
――情報の価値はメルの方がよくわかっているはずだ。そこで俺に話を向けるということは、
「……ああ、フリューレ王国内での立ち回りを大きく変えることができそうだな」
「……では」
期待するような目を向けるウィルに対し俺は言った。
「なら決闘を受けようじゃないか……とりあえず、町の外でいいか?」
というわけで、俺とウィルは剣を交えることになった……それは郊外でやって、終わった後に旅を再開という予定だったのだが――
「うおおおっ! 勇者トキヤの戦いが観れるとは!」
「相手の戦士はどこまでやれるんだ? あっさり負けるのは勘弁してくれよ!」
……と、なぜか観客が多数。俺達をぐるりと囲むように見物客が押し寄せていた。
郊外とはいえ町からそう離れていないので、俺達が決闘するのを知っていればこうなってもおかしくなかったが、その保証はどこにもなかった。ではなぜ町の人が押し寄せるくらいの状況になったかというと、
「前日にメルが宣言したからな……ウィルが俺達にとって価値のあるものを持ってくるかはわからなかったが、その低い可能性にかけて決闘する場所に当たりをつけていたな」
「……こうなることは想定していましたけど、正直戦士ウィルがああいった情報を持ってくるとは思っていなかったので……」
メルがちょっと後悔を含んだ雰囲気で口を開く。
「もし次回があるのなら、穏当なやり方を考えましょう……」
「まあそうだな……でも、俺としては悪くない。人に見られながら戦うという感覚は久しぶりだ。これに慣れておいても損はない」
――十年前の戦争では人に見られるなんてことを気にする余裕はなかったが、二十年前、魔王討伐の旅ではこうして囲まれて決闘、なんてことが幾度かあった。
そうした戦いは魔物と戦っている時とは明らかに違っていた。相手が魔物から人間に変わるため戦術を変える必要性があるというのは当然だがそれ以外……観衆がいて戦う、というのは視線が気になるという意味合いでも精神的に違っていた。
そして今後、この旅では似たような事例が起きてもおかしくはない……今のうちに慣れておくのも良い。
「すまない、なんだか大事になっているな」
そしてウィルは申し訳なさそう。そんな彼に俺は肩をすくめ、
「これもいい経験になるさ……メルが認めるくらいの情報を持ってきたんだ。このくらいの礼はしないと。ただ、そっちは大丈夫か? 魔物との戦いで食べていたとしたら、こうした状況には慣れていないんじゃないか?」
「少し、戸惑っている。だが相手は勇者トキヤだ」
ウィルは剣を抜く。
「正直、あなたと相対している時点で極限まで緊張している……観衆がいようが、もうあまり関係がない」
「緊張のあまり、剣がすっぽ抜けて終わり、なんてのは勘弁してくれよ」
俺も彼と同様に剣を抜く。思考は戦闘モードに入る。
「メル、決闘のルールとかはあるか?」
「そうですね……双方がヒートアップすれば、大怪我をする危険性もあります。もしまずいと私が判断したら、強制的に介入して試合を中断させます」
「審判はメルか?」
「他にやれる人はいませんからね」
メルは俺とウィルの間に立つ。
「制限時間などもない一本勝負です……お互い、後悔がないように」
「ああ」
「……善処する」
俺の軽い返事に対し、ウィルは表情も固い。大丈夫かな、などと思いつつ目の前の戦士について考察する。
――年齢的にピークを過ぎてしまった。とはいえ、つい先日まで魔物と戦っていたということは、現役の戦士かつ、結構な戦歴のある人物だろう。
十年前の戦争に参戦していたのであれば、相当な技量の持ち主かもしれない……俺を前にして謙遜しているが、その技量についてはどうなのか、少し興味がある。
剣を少し強く握る。相手がどうであれ……こうした形で戦う以上、全力だ。
「では――始め!」
メルは宣言と同時に後退。俺とウィルとの間に障害はなくなり――決闘が始まった。




