戦士が提供したもの
「……うーん、いささか無茶が過ぎる気がするけど」
翌日、俺は昨日ウィルと出会った酒場でメルと話をしていた。時刻は朝。酒場ではあるけど朝と昼、この店は食事を出しているため、俺達は朝食をとっている。
「ウィルは十年以上活動していたけど普通の戦士だ。提示した条件を満たすのは難しいと思うけど」
「そのくらいでなければ、忙しすぎてまともに対応できなくなりますよ」
メルはドライに応じる……まあ確かにそれはそうなんだけど。
条件――勇者トキヤに要求する場合の条件とは、すなわち俺達に有益なものを提供すること。それは物でもいいし情報でもいい。とにかく勇者トキヤに個人的な頼みをする場合は、そういった条件が必要だとメルは提示した。
「ウィルさんについては、相談を受けたということでトキヤは役割を果たしています」
「……そうかなあ」
「絆されるのも気をつけてくださいね……そうやって甘いと足下を掬われる場合だってあるのですから」
……政治的な何かが今のところなさそうだし、俺を害するような輩が出る危険性は低いかもしれないが……まあ、何が起こるかわからないからな。
「うん、肝に銘じておくよ」
「そうですね……さて、本来ならあと少しで国境なのでフリューレ王国へ入るべく出発するのですが……」
本来はその予定だ。しかし、実際は酒場で朝食をとっている。
「今日ここで食事をするのはトキヤが朝提案しましたが……ウィルさん待ちですか?」
「昼くらいまでは待とうかと」
ウィルには昨日「明日の昼くらいには出発する」と伝えてある。タイムリミットがあるわけだが、彼は「わかった」と応じて姿を消した。
果たして丸一日もないくらいの時間で、彼は俺達が認めるような何かを持ってこれるか。
「……メル、ウィルが条件を満たすものを提供できるかは、難しいと考えているか?」
「私はそう思っています。普通の戦士で手に入る物は、私達で容易に手に入るかと」
うん、そうかもしれない……とはいえ、やってみなければわからない。
条件を提示されたウィルの態度としては、難易度が高いと考えたようだが、さりとて不可能だと思っているわけではなさそうだった。
と、ここで酒場の扉が開いてウィルが姿を現した。彼は俺達が座るテーブルを見つけると一直線に進んでくる。
「情報を持ってきた」
「ああ、それじゃあ内容を端的に」
俺が言うと、彼は懐から何かを取り出した。次いでそれを俺に渡してくる。
受け取って確認すると、それはどうやら色々な情報が記された地図。ただしジェノン王国ではなく、俺達が向かう予定のフリューレ王国に関する地図だ。しかもどうやら裏面にも何やら色々と記載している。
――地図というのは、国の地形などを明確に記した物であれば、軍事機密となっている。そのため、世間に広まっている物は非常に簡素なもので、精々ここに森や山があって名称は――という程度の情報しかない。
ウィルが渡したのはそうした大雑把な地図ではあるのだが、色々と書き込みがされている。それを簡単に確認した後、俺はメルへ地図を渡しつつ彼へ尋ねた。
「この地図、元々持っていた物ではないな?」
「ああ、朝方購入して知っている情報を書き込んだ」
メルは地図を眺めている……熟読、という言葉が似合うほどであり、彼女の表情からも、この地図が価値のある物であることを示している。
「俺は元々、フリューレ王国で活動していた。ジェノン王国は郷里で、仕事である程度区切りが付いたため、数日前に戻ってきた」
「俺達がフリューレ王国へ向かっているから、その国の情報が有益だと感じたか」
「ああ……勇者トキヤは昨日、調査をすると言っていた。魔王に関する調査であるなら、魔物や魔族と遭遇する可能性があるし、そうした場所を調べるだろう」
俺は彼の言葉に内心で同意する。魔王について調べるのであれば、当然魔物が発生している場所に首を突っ込むなどすることになる……地図には魔物が多く発生していた場所や、裏面にフリューレ王国内で起こってた大規模討伐の内容が簡潔に書かれている。
「二人はフリューレ王国に辿り着いたのであれば、まずやることは情報集めだろう。具体的に言えば、魔物の発生場所や魔族に関する情報……勇者トキヤであればあっさりと手に入るかもしれない情報だが、多少なりとも足を使う必要がある。それを少しでも省略できる、というのは多少なりとも有益ではないか?」
確かに、と俺は内心同意する。別に時間制限があるわけではないのだが、かといって情報集めからやるとなったら骨が折れるのは事実。
それを大きく省略することができる……ただこれは過去の情報ではあるため、フリューレ王国に入った際に現在の情報にアップデートする必要があるけど。
さて、問題はこれの価値についてだが……沈黙していると、メルが地図を見ながら口を開いた。




