エルフの野望
「――ここです」
林の中、メルが言うと俺と討伐隊の面々は立ち止まった。
真正面に岩壁が見えるが、そこには小屋はない……隠蔽魔法が付与されているらしいが、俺が目を凝らしても何も感じられない。
エルフが施した魔法である以上、隠蔽は機能しているということで間違いはない……同胞に露見しないよう仕込んだものである以上、例え勇者で魔王を倒した俺でも、見破るのは困難……魔法技術は人間より上のエルフだからできる所業だ。
ファグ達の隠蔽は完璧だったはずだが、それを見破れる存在……上司であるメルがいたことで、全てが破綻した。彼女は支援に特化した能力を持っているため、派手さはなく最前線で戦う俺や他の仲間達と比べれば評価されにくかったが……魔王に挑み、勝利した存在であるのは間違いない。
その能力を、ファグ達も見誤っていた……それが今回の騒動における最大の落ち度だった、という話なのだろう。
「……もう一度、手順を説明します」
メルは立ち止まり、魔法準備を始めながら語り始める。
「既に隠れ家の包囲は進んでおり、タイミングを見計らいトキヤ達が突撃し、魔族とファグ達を討伐します。突入と同時に結界を構築し、逃がさないよう処置しますが……」
「相手は十年前の戦争で生き抜いたエルフと魔族だ。何があってもおかしくないな」
俺の言葉にメルは首肯し、
「先陣を切るのはトキヤ、頼みます」
「任せろ……一緒に戦ってくれる方々は、援護ということでいいのか?」
「支援しつつ、魔法などを用いてこちらも攻撃を」
男性エルフが声を上げる。そこで俺は、
「わかった。今回事前に連携などの確認もできていないから、そちらはそちらで動いてくれて構わない。もし危険だと思ったらすぐに下がってくれ」
「トキヤ殿は……」
「何かあっても俺は殿として動く……十年前や二十年前、魔王に挑んだ時と比べれば腕も落ちているが、そのくらいはなんとかなると思う」
俺は言いながら剣を抜く……林の中、張り詰めた空気が漂い緊張感が体を包む。
不確定要素が非常に多い戦い……ではあるが、俺はそんな戦いも多く経験してきた。特に十年前の戦争では、様々な状況で戦闘を余儀なくされたし、死ぬかと思った窮地もたくさんあった。それと比べれば、味方が多数いる今は非常に楽だ。
パフォーマンスは落ちているが、これまでの戦いで魔力強化を駆使すれば十分戦えることはわかっている。長時間は無理でも、ファグ達と戦闘する時間くらいなら、全盛期にある程度寄せることだってできるはず。
残る懸念は、ファグ達が持っているかもしれない俺への対策だが……これについては、仮に何かしてきても問題ないよう注意を払う――
「メル、いつでもいける」
「わかりました」
返事と共に彼女は準備を進めていく……もしこの段階でファグ達が気付いているなら、まずいことになるが……林の中や岩壁近くは見かけの上では穏やかで、静寂に満ちている。
俺は一度剣を強く握りしめる。そこでメルが「準備が整いました」と告げ、
「私の合図と共に突入を」
俺は頷く――そして、
「作戦、開始!」
メルの号令と共に、俺はエルフ達と林の中を駆け、岩壁の前へと辿り着く。
すると、これまで見えていなかった猟師小屋が目の前に現れた。それと同時に感じられる三つの気配……昼間、密談していたファグとシェルデというエルフ。さらに、負の感情を想起させる、この夜が似合う漆黒の気配……間違いなく、魔族だ。
三者は小屋の中にいたが、俺達が突撃したことで状況に気付いたらしい――建物の奥で物音が聞こえた。
「展開します」
俺と共に小屋の前まで到達した男性エルフの一人が声を上げると、彼らは小屋を取り囲むように布陣する。そこで、小屋の扉が開く。真正面で俺は剣を構え見据えていると、小屋の中を照らす明かりを受け、逆光の状態となったファグが一番最初に出てきた。
「……なぜ、ここがわかった?」
「そちらに落ち度があったとするなら、警戒が足らなかった……それに尽きるというだけの話だ」
俺が応じると、ファグが首を横に向ける。林の中にいるメルにも気付いたらしい。
「……そうか、残念だ」
「その様子だと、メルにも危害を加える心づもりだな?」
問いながら一歩前に出る。ファグは再び俺に首を向け、魔力を発する。小屋の中に存在する明かりによって逆光となっており、表情は見えないが――
「……お前は、メルを族長にするつもりだったんじゃないのか?」
「そのつもりだったし、今もそのつもりでいる」
「全てが露見した状態でも、か?」
「俺の背後には魔族がいる……魔王は世界の支配を目指したが上手くいかなかった。だが」
魔力が膨れ上がる。完全な臨戦態勢であり、シェルデというエルフもまた同様に魔力を発し戦闘準備に入った。
「俺達ならば、できる……まずはオルミアだ。全てを支配するべく、思い通りの世界を描かせてもらう」
「……増長して、メルを傀儡としてオルミアを支配、ってところか。どんな風にねじ曲がった考えに至ってそんな結論を導き出したかわからないが……」
俺は刀身に魔力を叩き込みながら、宣言する。
「ならここで思い知らせてやるよ。そんな野望は、たった一人の勇者に打ち砕かれるってことを」
直後、メルがファグ達の逃走を防ぐ結界を構築した瞬間――戦闘が始まった。




